小学校低学年の頃、種子島の自宅近くの山で工事が始まった。
地表から斜め下に穴が掘られ、入口から外にレールが100mくらい敷かれて、掘削した土をトロッコで運搬していた。
石炭の採掘であった。
父が若いとき、この近くで石炭の採掘が行われ、そこが火事になって何日か燃えたそうだ。
この付近には、石炭の層があるらしかった。
私は、土工がトロッコを押して土を運搬する作業を眺めた。
休日には友達と、作業員のいない工事現場へ行き、トロッコに乗ったり押したりして遊んだ。
トロッコは、子供の力でも動かすことが出来た。
ある日、一人で工事現場へ行ったことがある。
坑は、暗い口を開けており、入口には柵もなかった。
今なら、安全管理上、考えられないことだが、当時は杜撰だったのだ。
私は、斜め下に掘られた暗い坑に入っていった。
龍の口から、体内に入っていくような感じだった。
しばらく進むと水が溜まっており、それ以上進めなかった。
工事現場には、黒い石炭があったが、それは軟らかい泥炭質のもので、子供の目にも燃えそうにないものだった。
品質が悪いということで、やがて石炭採掘工事は中止されてしまった。
芥川龍之介の「トロッコ」を読んだのは、中学生のときだった。
これを読んだとき、自分の体験と似ているのに驚いた。
「トロッコ」は、良平が土工とトロッコに乗って遠くまで行き、たった一人で帰らなければならない不安な心情を綴ったものだ。
そこのところは私の体験と異なるが、土工がトロッコを押す作業を眺めるところ、自分でも動かしてみるところは同じだった。
何より、トロッコに興味を抱く少年の心理が共通していた。
今、石炭採掘現場は荒れた山野になっており、当時の痕跡を見つけることは難しい。