鹿児島の自然と食

鹿児島の豊かな自然(風景、植物等)、食べ物、史跡を紹介します。

南薩遠望

2007-10-31 | 風景
日置市東市来町湯田の、日置広域農道から南を写したものです。


向こう側の薄い陸地が、薩摩半島の南になります。
中央やや右よりの一番高い山が、南薩の霊峰、金峰山です。
向こうの陸地と手前の陸地の間にあるのが東シナ海です。

薩摩半島の西海岸は、大きく湾曲していますが、湾というほどではなく、湾の名前も付いていません。
ここから見る東シナ海は、湾か湖のように見えます。
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明楽寺の石橋他

2007-10-30 | 石橋
鹿児島市内から、県道永吉入佐鹿児島線を永吉に向かうと、指宿スカイラインをくぐり、すぐ左に明楽寺があります。


明楽寺の前にある石橋。
お寺は石橋を渡ってすぐ左です。
お寺と石橋の組み合わせはよく似合います。


下流から見た石橋。お寺は左側です。
名前は特に付いていません。通称お寺の石橋です。
 橋長:11.6m
 幅員:3.15m
 架設年代:不詳
川は永田川です。


お寺の入り口に仁王像があります。
これは、近くの妙楽寺という寺にあったもので、製作は江戸中期とされています。
廃仏毀釈で妙楽寺が壊され、ここに設置したものです。
右側にもう1体あります。


明楽寺。
庭にイチョウの大木があります。


イチョウの大木。

ついでに、近くにある石橋をもう一つ訪ねました。
場所は鹿児島市山田町で、中山小学校から中山ICに向かうと、かごしまふれあいスポーツランドの入り口があり、これを過ぎてすぐ右にあります。


下流から見た第1山之田橋。
 橋長:8.85m
 幅員:3.15m
 架設年代:大正14年頃
川は、永田川の支流の山之田川です。

今回のように、石橋、史跡(仁王像)、古木がまとまってあると、カテゴリーをどれにしようか迷いますが、石橋が2つあるので石橋としました。
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散策

2007-10-29 | 風景
さわやかな秋晴れの下、自宅の近くを散策しました。


自宅の近くから眺めた桜島。
シラス台地にさえぎられて上しか見えません。


台地から降りて、川に沿って散策しました。
鹿児島市郊外の川は、シラス台地を削って流れています。
左の白いのが、シラスが露出しているところ。


鹿児島の低地は、全山紅葉することはありません。
でも、山肌に点在する紅葉で秋を感じることはできます。

途中で出会った植物たち・・・


金平糖のようなミゾソバ。


ゲンノショウコ
下痢止め剤となり、確かに効くことから「現の証拠」


ヤブミョウガは、藍紫色の丸い実を付けていた。


ドングリ

どんぐりの童謡は、よく間違って
 どんぐりころころ どんぐりこ
と歌われますが、本当は どんぶりこ なんですよね。
どんぐりの子ではなく、どんぶりこと池にはまったということ。
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中郷上池・下池

2007-10-28 | 水辺の風景
これまでダム湖をいくつか紹介しましたが、江戸時代のため池、中郷上池と下池を訪ねました。
場所は薩摩川内市中郷で、川内市街地から国道267号線をさつま町に向かうと、中郷というバス停があり、ここを左折してすぐです。
2つの大きなため池が、上下流に隣接してあります。
水系は、川内川の右岸に注ぐ小さな川です。


上流にある中郷上池。
築造は元禄12(1699)年です。
堤の大きさは、延長218m、高さ6m、上幅18m、下幅45mといいますから、現代のダムと比べても遜色のない大きさです。
当時の土木技術を結集した土木構造物です。
堤の上には桜が植えてありますから春はきれいでしょう。


すぐ下流にある中郷下池。
ため池の大きさは上池と同じくらいです。
築造は寛文6(1666)年と、上池より33年古いものです。

2つのため池とも、秋の日を浴びて豊かな水を蓄えていました。
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イセエビ

2007-10-27 | 食べ物
鹿児島のイセエビは、種子島や屋久島などでも捕れますが、本土では肝付町内之浦が有名です。
内之浦では、イセエビ祭りというのをやっていて、市価より安く売られていたり、イセエビ料理が提供されています。


食べ方は、写真のように塩茹でにして、そのままあるいはポン酢などを付けて食べるのが一般的ですが、新鮮なものは刺身にするとプリプリした食感があり、また豪快に丸ごと味噌汁に入れて食べる食べ方もあります。
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秋景色

2007-10-26 | 風景
一年で一番さわやかな、そして穏やかな秋日和が続いています。
そんな秋の風景を切り取ってみました。


柿の実

民家の前に立つ柿の古木。
赤い花を咲かせたような柿の実がたわわに・・・
日本の原風景です。


秋の流域

一筋の川
流域に広がる田園風景
刈り取りが終わった田んぼ
稲わらを干している田んぼ
掛け干しをしている田んぼ
刈り残している田んぼ
集落からは煙が立ち昇る
どこにでも見られる山里の風景


セイタカアワダチソウ

休耕田に侵入する厄介者のセイタカアワダチソウ。
否応なく日本の風景に溶け込んでいます。
後ろの丸い山は、薩摩川内市樋脇町のシンボル、丸山。
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天保山砲台跡

2007-10-25 | 史跡
甲突川河口右岸の天保山公園に砲台跡があります。
河口の平坦地なのに山の名がついているのは、河口に堆積する土砂を掘削してこの付近に積んだためだというのは、「甲突川源流を訪ねて」で述べました。


公園の小高いところにある天保山砲台跡。

1862年、江戸から薩摩に帰る島津久光の行列を、神奈川県生麦で英国人リチャードソンらが横切り、無礼を働いたとして惨殺されました(生麦事件)。
英国の補償要求を薩摩が拒否したため、翌1863年、英国艦隊が錦江湾に入ってきました。
6月、この砲台から大砲が発射され、薩英戦争の火蓋が切って落とされました。
薩摩は、城下の一部と近代工場群「集成館」を消失しました。
この戦争で西洋の実力を知った薩摩は、以後西洋の技術を導入し、明治維新へと突き進んでいくのです。
明治維新の要因となった史跡です。


公園の一角にある、調所広郷(ずしょひろさと、俗称、笑左衛門)の像。

明治維新の要因といえば、この人も忘れることはできません。
島津重豪によって、一介の茶坊主から家老に抜擢され、財政改革を命じられます。
密貿易、奄美の黒糖の専売、商人からの借金の踏み倒し等により、500万両の借金を返済し、50万両を備蓄しました。
この金が薩摩の明治維新の原動力となるのです。
調所は幕府から密貿易の責任を負わされ、自害します。


公園の一角にある共月亭。

この中国式の建物は、中国湖南省長沙市との友好都市を記念して1985年に完成したものです。
共月亭とは、長沙と鹿児島の両方で共に同じ月を見るという意味で名付けられたものです。
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上原橋

2007-10-24 | 石橋
10月16~18日に掲載した「甲突川源流を訪ねて」から、上原橋と天保山公園を、カテゴリーを変えて少し詳しく紹介します。

まずは上原橋。
上原橋は鹿児島市小山田町にあります。
国道3号線を鹿児島から川内方向に行くと、国道328号線との交差点があり、その一つ手前の信号を右折するとすぐあります。
正面に小山田小学校があり、通学路になっています。
甲突川本流にただ一つ残る石橋です(支流にはまだまだ多く残っている)。


上流から眺めた上原橋。右が国道3号線、左が小山田小学校。
階段で河床付近まで降りることができます。
 橋長:12.9m
 幅員:4.61m
 壁石積み方:布積
 支間数:1連
 架設年代:大正13年


上原橋近景。
大正13年と、比較的新しいこともあって(といっても80年以上たっているが)まだまだしっかりした石橋です。


橋の上から上流を望む。
この付近の甲突川は、幅が狭く瀬になっています。

平成5年の鹿児島豪雨でも流失しなかったのは、河床よりやや高いところの岩盤に基礎があってしっかりしていることと、流水断面が大きいことによるものと考えられます。
上原橋の少し下流の甲突川は、平成5年に大きく決壊しました。
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秋太郎

2007-10-23 | 食べ物
秋太郎とはバショウカジキのことです。
この季節に獲れるので、秋太郎の愛称で呼ばれます。
主な漁場は、笠沙沖や甑島などの東シナ海です。
店頭に秋太郎が並ぶようになりました。


食べ方は刺身が一般的でしょう。
写真のように、マグロより薄い赤身の刺身で、味はマグロに勝るとも劣らない美味です。
この他に、ステーキや照り焼きにしてもおいしいそうです。
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高座神社のナギ、イチイガシ

2007-10-22 | 巨樹・古木
高座(たかくら)神社は、霧島市国分川原にあります。
国分の町(第一工大の北)から、県道北永野田小浜線を東に約2.5km行くと、右にあります。
道路脇に看板が出ています。

この神社の社叢(森)は、鹿児島県指定の文化財になっています。
境内にナギとイチイガシの巨木があります。


高座神社。
左の木がイチイガシ。


イチイガシ(ブナ科)。
 樹高35m、幹周り5.75m、樹齢300~500年。
昨日紹介した飯富神社のイチイガシが高さ30mですから、それより5m高いです。
鹿児島県で最大のイチイガシです。


イチイガシの根元。


イチイガシの上部。
1本の木で境内全体を覆い、森を形成しています。


ナギ(マキ科)
 樹高25m、幹周り4.34m、樹齢800~1000年。
イチイガシがあまりに大きいため、近くにあってやや見劣りがしますが、ナギとしては日本一大きな木です。
鉄骨に支えられています。 


ナギの根元。


ナギの葉と実。

1つの神社の境内に、日本一と県下一の木がある・・・
一見の価値のある神社です。
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