鹿児島の自然と食

鹿児島の豊かな自然(風景、植物等)、食べ物、史跡を紹介します。

コバノタツナミ他

2008-02-29 | 植物
奄美大島で見かけた花です。


コバノタツナミ(小葉の立浪)シソ科
高さ10~20cm程度。
道端に普通に咲いている花ですが、よく見ると変わった形をしたきれいな花です。
名前の由来は、花の形が波頭に似ているためで、そういわれると波の形に見えます。
きれいなネーミングです。


カッコウアザミ(キク科)
熱帯アメリカ原産の帰化植物で、畑や道端に雑草として侵入しています。
花は径1cm程度と小さく、アザミに似ていますが、葉にアザミのようなとげはありません。


タチツボスミレ(立ち坪菫)スミレ科
野山に普通に見られるスミレです。
花の色は、青紫や赤紫などがあります。


クサイチゴ(草苺)バラ科
里山周辺の藪地に生える、草のイチゴです。
実は赤く熟し、食べられます。

奄美大島には、一足早く春が来ていました。
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手広海岸

2008-02-28 | 水辺の風景
奄美大島には風光明媚な海岸がたくさんありますが、手広海岸もその一つです。
奄美大島の北に位置する龍郷町の海岸で、太平洋に面しています。
奄美大島紬村の近くにあり、国道58号線に看板が出ているので、これに従って行くと着きます。


手広海岸。
東を眺めたもので、笠利町の明神崎方向を見たものです。
大きく湾曲した砂浜に、所々岩が露出しています。
向こうには、ばしゃ山や赤尾木の海水浴場があります。


南西方向を眺めたもの。
この手広海岸はリゾート地になっており、別荘が何軒か建っています。

海岸の砂地に、ハマダイコンの花が咲いていました。

ハマダイコン(浜大根) アブラナ科

ハマダイコンは、大根が野生化したもので、高さ20cm足らずです。
根は太くならず、食用にはなりません。
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秋目のアコウ

2008-02-26 | 巨樹・古木
昨日紹介した鑑真記念館から国道を少し下ると、秋目の集落があります。
秋目小学校跡地に行く坂道に、秋目のアコウと呼ばれるアコウの大木があります。
鹿児島にアコウの銘木・古木はたくさんありますが、大きさや風格からこのアコウはトップクラスに入るでしょう。


秋目のアコウの全容。
 幹周り:8.8m
 樹高:18m
 樹齢:1000年
枝が大きく張り、気根があちこちに伸びて絡み合い、独特の形状をしたアコウの木です。
千年の樹齢と思えないほど樹勢も盛んです。


根元。


反対から見た根元。
左の木と気根でつながっており、トンネルになっています。


アコウの木から坂道を上ったところにある秋目小学校跡地。
現在、廃校となっており、校舎も残っていません。
かつて、秋目小学校の子供たちはアコウのトンネルをくぐって通ったのでしょう。
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鑑真上陸記念碑

2008-02-25 | 史跡
唐の高僧であった鑑真は、日本に仏教を広めるため遣唐船で渡航を試みましたが5回も失敗し、盲目になりながらも、753年、6回目の渡航でやっと日本に上陸することができました。
その第一歩を踏んだのが、南さつま市坊津町の秋目浦です。
ここに鑑真記念館と、上陸記念碑があります。


秋目浦。
波穏やかな湾が広がる。


湾を見下ろすところにある、鑑真記念館。
鑑真の渡航や業績に関する資料が展示されています。


記念館の庭にある鑑真上陸記念碑。


記念館の中にある鑑真の像。

鑑真は、この後奈良に入り、唐招提寺を創建して、我が国の仏教は言うに及ばず、産業・建築・医薬・文化に大きな貢献をしたのです。
763年、行年76歳で亡くなっています。

鑑真記念館
 開館時間:9:30~16:30
 入館料:大人200円 小人100円
 休館日:月曜日
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県民教育文化研究所

2008-02-24 | 史跡
今でこそ、鹿児島市の中心地は天文館や鹿児島中央駅付近ですが、かつての中心地は鹿児島駅前に近い春日町や大竜町付近でした。
この付近に史跡が多いことからもわかります。
江戸時代、上級武士の屋敷もこの付近にありました。
篤姫の今和泉家の屋敷が、大竜小学校の隣にあったことは、1月29日紹介しました。
この付近を散策していたら、篤姫の屋敷から大竜小学校を挟んで反対側にも、立派なお屋敷があることに気づきました。


春日町の、大竜小学校東隣にあるお屋敷。
風格のある石垣が続いています。
篤姫の屋敷はこの向こう側になります。

門のところには、「鹿児島県民教育文化研究所」という、いかめしい名前の看板が立っています。

門が開いていたので、失礼して中に入り、写真を撮らせていただきました。
由緒ありそうな立派なお屋敷が建っています。
かつて誰かの屋敷だったのが(誰の屋敷だったか、調べたがわかりませんでした)、公共施設になり、主に教育関係の施設として使用されてきたようです。


庭も広く植栽も豊かで、左下には石橋(桁橋)まであります。
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大乗院橋

2008-02-23 | 石橋
昨日紹介した春日神社から北に少し行くと、稲荷町に清水中学校があります。


清水中学校。
背後の山は、清水城という古いお城の跡です。
一度登ったことがありますが、古い石垣が残っています。
ただし、整備されておらず、道も悪いです。

その下の、清水中学校の場所は、島津氏の祈願所であった大乗院というお寺の跡です。
廃仏毀釈で、真っ先に廃寺となりました。


清水中学校の校門の横にある梵字を刻んだ石塔。


大乗院の正門を仁王堂といい、その近くに湧水があり、これを仁王堂の水といいました。
これは、清水町の清水小学校の角にある仁王堂の水です。
お茶や酒に適した湧水で、清水町の名はこれに由来しています。
現在、市の上水道水源になっています(赤い祠の右が水源施設)。


大乗院の前、現在の清水中学校の正門前の稲荷川に、甲突川五石橋と同じ岩永三五郎が架けた大乗院橋という石橋がありました。
しかし、昭和63年の洪水で流失しました。
これは、平成2年3月に完成した新大乗院橋で、下流から見たものです。
石橋の形をしていますが、コンクリート橋です。


流失した大乗院橋の石材を使用して、平成10年3月、近くの若松公園に、2分の1の石橋が復元されました。
これが移設大乗院橋です。
元の大乗院橋は、長さ14.5m、幅員4.2mで、アーチの丸みが強い美しい石橋でしたが、これもその面影を残しています。
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森有礼誕生地と春日神社

2008-02-22 | 史跡
昨日、鹿児島中央駅前の「若き薩摩の群像」を紹介しましたが、その像の中に初代文部大臣の森有礼(ありのり)がいます。
そこで、森有礼誕生地を訪ねました。


鹿児島市春日町にある、森有礼誕生地の碑。

森は、1847年、この地で生まれました。
17歳のとき、五代友厚らと共に派遣留学生に選ばれて渡欧し、帰国後は新政府の外交官として、清国やアメリカに駐在しました。
1885年、我が国最初の伊藤博文内閣に文部大臣として就任し、学校制度を整えました。

西洋文明の普及に努め、廃刀論、信仰の自由、男女同権、一夫一婦制、さらには「英語を国語に」という提言や、契約結婚の実行など、当時としてはきわめてハイカラな(悪くいえば西洋かぶれ?)思想の持ち主でした。
当時の日本はそんな彼を受け入れず、1889(明治22)年、憲法発布日の朝、官邸で刺殺されました。


森有礼誕生の碑から、道路を挟んだ反対側に春日神社があります。
奈良の春日大社を本社とする、鹿児島五社の一つです。
この付近はかつて海で、薩摩藩が琉球を攻めた際の軍港があった場所です。
稲荷川の河口に当たるこの付近は港町として栄えましたが、たび重なる洪水で土砂が堆積し、港は甲突川河口に移されました。


神社の境内にある、薩摩水軍軍港跡の碑。


境内にある、鹿児島市保存樹に指定されているクスノキ。
 幹周り:4.18m
 樹高:25.5m
 樹齢:180年
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若き薩摩の群像

2008-02-21 | 史跡
鹿児島市の史跡をいくつか紹介します。

鹿児島市に幕末や明治維新関連の史跡はたくさんありますが、最も人目に付くのがこの像でしょう。


鹿児島の表玄関、鹿児島中央駅前にある「若き薩摩の群像」。
後ろは、駅ビル、アミュプラザの屋上にある大観覧車。


前の写真の側面。

我が国が鎖国中だった1865年、薩摩藩は国禁を犯して、留学生を海外に渡航させました。
彼ら19名の像がこれです。
イギリス商人グラバーの手引きで、串木野から20日かけてシンガポールに着き、さらに66日かけてロンドンに着きました。
高層ビルや汽車など、見るもの全てが驚きの連続でした。

いつも見ている割には、誰がいるか考えませんでしたが、調べてみました。
主な顔ぶれです。
新納久修(団長、このとき34歳)
町田久成(初代帝国博物館長)
五代友厚(大阪の商工業の発展に尽力し、大阪商業講習所(現・大阪市立大学)を創設)
寺島宗則(医師、通訳、外交と多彩に活躍した)
森有礼(初代文部大臣)
畠山義成(東京開成学校(のち東京大学)初代学長)
村橋久成(北海道開拓につくし、日本で始めて本格的なビールの生産を始めた)
長沢鼎(最年少の13歳で渡航した。アメリカに渡り、ぶどう王と呼ばれた)

後の日本をリードした若きスチューデントパワーです。
像の作者は、昨年文化勲章を受章され、大久保利通像も制作した中村晋哉氏です。
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庭の花

2008-02-20 | 植物
ネタのないときの庭頼み・・・
というわけで、ブログネタに困ったら、身近なところで庭に出て自然を探してみます。


玄関の横に咲いている椿。
種類は岩根絞りと言います。
例年、1月に満開になりますが、今年は温暖化の影響か、1ヶ月遅れて咲きました。


名前の由来は、このきれいな絞り模様の花にあります。


同じ木に、絞りでない赤い花も咲いています。
掛け合わせて品種改良したとき、元の木の形質が残っているのでしょう。
岩根絞りによくあることか、この木に特徴的なことか、わかりません。
1本で2度楽しめる岩根絞りです。


しだれ梅。
我が家に春を告げる花です。
鳥が蜜を吸いに来ます。


水仙。
水仙は何種類か植えており、1月から花を咲かせています。
寒風に凛として咲く水仙です。
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永田川の滝

2008-02-18 | 水辺の風景
今回の川めぐりは、永田川です。
永田川は、鹿児島市春山を源流とし谷山を河口とする、鹿児島市第二の川(第一は甲突川)です。
その永田川にある滝を訪ねました。


この滝は、県道永吉入佐鹿児島線と皇徳寺台に行く道の三叉路から、700~800m上流に行ったところにあります。
滝は樹木に囲まれて外からは見えず、滝に行く道路もありません。
地元の一部の人しか知らないと思われます。
名前は特についていません。
高さは約8mです。
溶結凝灰岩からなる崖を落下しています。


前の滝から約100m上流に行くとこの滝があります。
(滝を登ったのではなく、道路を迂回して行きました。)
高さ約5mで2段になっています。
この滝も名前はありません。
滝つぼがあり、夏は子供の水浴び場所になっています。
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