鹿児島の自然と食

鹿児島の豊かな自然(風景、植物等)、食べ物、史跡を紹介します。

髪結いの亭主

2013-06-04 | エッセイ

就職したばかりの頃、所用があって東京へ行き、用事を済ませてから高校時代の友人Nに会った。Nは

「いとこがいるから遊びに行こう」

と言い、一緒に新宿まで行った。

いとこというのは、二十歳くらいの美容師さんで、目鼻立ちのはっきりした美人だった。

彼女の職場近くの喫茶店で雑談をしたが、Nが突然

「よかったら、あんた達、付き合わないか」

と言った。

思いがけない話に、私は驚いた。

彼女は、おそらくNから聞いていたのだろう。驚いた様子もなく、恥ずかしそうにしているだけだった。

私は、他に何と言っていいかわからず

「手紙のやり取りから始めましょう」

と言った。

当時、私は滋賀県に住んでおり、アパートには電話もなかった。

 

すぐに彼女から手紙が来た。それには

「お別れするとき、あなたの姿が見えなくなるまでずっと見ていました」

とか

「就職が東京だったらよかったのにね。そしたらいつでも会えたのに」

とか、書いてあった。

私はすぐに返事を書いた。

だが、当時の私は、就職したばかりで何かとあわただしかった。

手紙は間遠くなり、一度も会うことなく、彼女との間は自然消滅した。

 

その後何十年かして、Nが出張で鹿児島へ来たとき、天文館で飲みながら彼女の近況を話してくれたが、それは驚くものだった。

多くの店を抱える美容院チェーンの社長をしているというのだ。

私は、彼女の成功を祝福しつつ

「自分があの時もっと熱心で、彼女と結婚ということにでもなっていたら、髪結いの亭主で今頃は左うちわだったかも」

と思ったり

「そんな大物の女なら、私など尻に敷かれて、一生頭が上がらなかったに違いない」

と思ったりして、複雑な心境だった。

コメント (6)
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