ロシアのウクライナ侵略の残酷さは今までの歴史とは何だったのかを考えさせられる。数世紀前の痛ましく愚かな事件は、過去の走馬灯ではなく、今も変わらず繰り返されている現実のものであることを抉り出している。そんな背景を探るべく、大塚英志『大東亜共栄圏のクールジャパン/「協働」する文化工作』(集英社新書、2022.3)を読んでみた。
ロシアのプロパガンダの巧みさに舌を巻いてしまうが、戦前の日本はそれを凌ぐ戦略があった。偶然にも、本書が刊行された直前にロシアのウクライナ侵略があったのも時機にかなった出版となった。ロシアは占領地での選挙や国籍などのロシア化を強行したが、それは日本が朝鮮・台湾・南洋で強要した[皇民化]のほうがきめ細かで「内実」も優れている。
ロシアは軍隊や諜報機関のトップダウンが特徴だが、日本は軍隊とマスコミ・一般人をも巻き込んだ官民の「協働」戦略が優れていた。戦争推進は庶民もマスコミも一体化だった。そうした事実はすっかり風化して現在がある。本書では「のらくら」の田河水泡をはじめとする漫画家集団によるプロパガンダや東宝などが主導する偽装映画づくり、南洋向けに「桃太郎」を利用したアニメによる宣撫工作などを告発している。
戦時下の文化工作の特徴は、①多様なメディアを駆使していること ②内地向けと外地向けの2種類がある ③官民あげて翼賛会主導のもと参加型「協働」作業であること、としている。
引用されている写真・図版などの資料収集の豊富さが著者が主張する貴重な傍証にもなっているが、新書本では小さくて読みにくかったのが残念。戦前の資料収集には膨大な時間と労力がかったことは十分伝わってくる。現代にはびこる「同調圧力」のルーツにもこうした文化工作が縦横に人間関係にも浸透していったことがわかる。
著者は語る。「ぼくは戦後から現在に至る生活や政治や文化のあり方が、戦時下を基調としていて、その表層をお色直し、コーティングしてきた戦後民主主義が衰退して剥離することで、戦時下の様相が復興したと考える」と。つまり、現在の日本のストレス症候群のルーツは戦前からだった。自由民権運動や反戦運動はロシアと同じように力で圧殺されたが、戦後は目に見えない形で民主主義の芽を刈り取っていく過程でもあった。「ほんとうのこと」は同調圧力で知られないようになった。
沖縄に核を保有していた事実も公文書を改ざんしていても、その隠ぺい行為で政権がかわることはない。日大理事長の独裁・脱税事件があっても学生運動すらおきない。わけなく殺人事件を起こすイライラの正体。そういう事態をスルーできる空気を作ってきたものとは何か、それを著者は告発しているとも言える。現在でも頻繁に強調されている「協働」とは、大政翼賛会にルーツがある。大東亜共栄圏はプーチンが描く大ロシアと酷似している。 (画像はペレストロイカ時代のソ連)