Credidimus Caritati 私たちは天主の愛を信じた

2024年から贖いの業の2000周年(33 - 2033)のノベナの年(2024-2033)が始まります

Rorate Cæli 天よ、露を滴らせ、雲よ、義人を降らせよ

2009年12月08日 | グレゴリオ聖歌
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 待降節の有名なグレゴリオ聖歌、ロラテ・チェリをご紹介します。

 ラテン語と日本語との対訳は次にあります。RORATE CAELI 対訳

Rorate Cæli desuper, et nubes pluant justum.

 ここで繰り返される、「Rorate caeli desuper, et nubes pluant justum.」という言葉は、イザヤの45:8から来ています。

"Roráte, cæli, désuper, et nubes pluant justum ;
aperiátur terra, et gérminet Salvatórem, et justítia oriátur simul : ego Dóminus creávi eum.

「天よ、露を滴らせ、雲よ、義人を降らせよ。
 地よ開きて救い主を生えさせよ、同時に正義が昇らんことを、主なる私がそれを創った。」

「露」は、新鮮ですがすがしく、昼の熱を感じさせないところから、肉欲の炎の無い童貞女の懐妊が暗示されています。

「雲」は、旧約では天主の現存と天主の聖寵のシンボルです。御托身の時には、聖霊が雲のように聖母マリアを覆った。聖ルカはこう記しています。「聖霊があなたにくだり、いと高きものの影があなたを覆うのです。」

生きる水を与えるキリスト、義人なるキリストが、人類未踏の大地なる聖母マリアから生まれるのです。キリストは同時に正義の太陽です。

天よ、露を滴らせ、雲よ、義人を降らせよ。

 イザヤの預言の有名な40章は、こう始まります。キリストの到来を待望していた旧約の人々は、この預言を黙想していました。


Consolámini, consolámini, pópule meus,
dicit Deus vester.
2 Loquímini ad cor Jerúsalem,
et advocáte eam,
quóniam compléta est malítia ejus,
dimíssa est iníquitas illíus :
suscépit de manu Dómini duplícia
pro ómnibus peccátis suis.


「慰められよ、慰められよ、私の民よ」と
あなたたちの主は言われる。

「エルサレムの心にこう言え、エルサレムの弁護をせよ、
何故なら、その苦しみは終わったからだ、その邪悪は赦されたからだ、
エルサレムはその全ての罪のために主の手から二重の罰を受けおえた。」


 そして、次にこうあります。


3 Vox clamántis in desérto :
Paráte viam Dómini,
rectas fácite in solitúdine sémitas Dei nostri.
4 Omnis vallis exaltábitur,
et omnis mons et collis humiliábitur,
et erunt prava in dirécta,
et áspera in vias planas :
5 et revelábitur glória Dómini,
et vidébit omnis caro páriter
quod os Dómini locútum est.

 砂漠に叫ぶものの声
「主の道を整えよ、私たちの天主の小道を荒れ野で真っ直ぐにせよ。
 全ての谷は高くなり、全ての山と丘は低くされる、
 凹凸の地は平らになり、道の険しいところは平野となる。
 そして主の栄光が見られるだろう、そして全ての人間は
 等しく主の口が語ったことを見るだろう。」


6 Vox dicéntis : Clama.
Et dixi : Quid clamábo ?
Omnis caro fœnum,
et omnis glória ejus quasi flos agri.
7 Exsiccátum est fœnum, et cécidit flos,
quia spíritus Dómini sufflávit in eo.
Vere fœnum est pópulus :
8 exsiccátum est fœnum, et cécidit flos ;
verbum autem Dómini nostri manet in ætérnum.
9 Super montem excélsum ascénde,
tu qui evangelízas Sion ;
exálta in fortitúdine vocem tuam,
qui evangelízas Jerúsalem :
exálta, noli timére.
Dic civitátibus Juda :
Ecce Deus vester :

 言うものの声「叫べ」
 私は言った。「何を叫ぼう?」
 全ての肉は草、全ての肉の栄光は畑の花のようだ。
 草は枯れた、花は萎れた、何故なら主の息吹がそれに吹きかかったからだ。
 民は実に草である。
 草は枯れた、花は萎れた、
 しかし私たちの主の御言葉は永遠に留まる。
 高い山の上に上れ、シオンに良い便りをもたらすあなたよ、
 力強さにおいてあなたの声を上げよ、エルサレムに良い便りをもたらすものよ、
 声を上げよ、恐れるな、ユダの町々に言え、
 あなたたちの天主を見よ、と。


 平らにならされた道を通って伝令が来ます。伝令は王の到来を告げます。
王ご自身が、天主ご自身が来られる、と。


10 ecce Dóminus Deus in fortitúdine véniet,
et bráchium ejus dominábitur :
ecce merces ejus cum eo,
et opus illíus coram illo.
11 Sicut pastor gregem suum pascet,
in bráchio suo congregábit agnos,
et in sinu suo levábit ;
fœtas ipse portábit.

見よ、天主なる主は力において来たり給うだろう、
その腕は支配するだろう、
見よ、天主とともにその報いがある、
主の御業は主の御前にある。
主は、牧者のように、群れを養い給うだろう、
その腕において子羊たちを集めるだろう、
その懐において主は高めるだろう、
主ご自身が母羊を抱き運ぶだろう。


「慰められよ、慰められよ、私の民よ、
エルサレムの心にこう言え、エルサレムの弁護をせよ、
何故なら、その苦しみは終わったからだ、その邪悪は赦されたからだ、
エルサレムはその全ての罪のために主の手から二重の罰を受けおえた。」

「天よ、露を滴らせ、雲よ、義人を降らせよ。地よ開きて救い主を生えさせよ、同時に正義が昇らんことを。」


 旧約の義人たちはこの言葉を黙想していたのです。それがロラテ・チェリの歌にも現れています。

 そこで、ルカの言葉が光り輝くのです。

ティベリオ・チェザル在位の第十五年目、
ポンツィオ・ピラトがユダヤの総督、
ヘロデがガリラヤ分国王、
その兄弟フィリッポがイトゥラヤとトラコニティス分国王、
リザニアがアビレネ分国王、
アンナとカヤファが大司祭だったとき、
荒れ野で、ザカリアの子ヨハネの上に、
天主のみことばがくだった。
そこでヨハネは、ヨルダンの全地方に行き、
罪のゆるしのためのくいあらための洗礼を教えた。
それは、預言者イザヤのことばの書に、
「"主の道を準備し、その小道を正しくせよ。
すべての谷はうめられ、山と丘とはみなならされ、
曲りくねった道はまっすぐに、でこぼこ道は平らにされ、
人はみな天主の救いを見るであろう"と荒れ野に叫ぶ声がする」
と書かれているとおりである。


「慰められよ、慰められよ、私の民よ、
エルサレムの心にこう言え、エルサレムの弁護をせよ、
何故なら、その苦しみは終わったからだ、その邪悪は赦されたからだ、
エルサレムはその全ての罪のために主の手から二重の罰を受けおえた。」

「天よ、露を滴らせ、雲よ、義人を降らせよ。地よ開きて救い主を生えさせよ、同時に正義が昇らんことを。」


愛する兄弟姉妹の皆様の上に天主様の祝福が豊かにありますように!
天主様の祝福が豊かにありますように!

天主の聖母の御保護によりすがり奉る Sub Tuum praesidiium

2009年12月08日 | カトリックとは
アヴェ・マリア!

愛する兄弟姉妹の皆様、

 聖母マリア無原罪の御宿りの大祝日のお慶びを申し上げます。
 この栄えある天主の聖母、終生童貞なる聖マリアの祝日において「終業の祈」として有名なお祈りをご紹介します。

天主の聖母の御保護によりすがり奉る。
いと尊く祝せられ給う童貞、
必要なる時に呼ばわるを軽んじ給わず、
かえってすべての危うきより、
常にわれらを救い給え。アーメン。



 この祈りは、原文はギリシア語です。太古から存在していたことが確認されています。
 そこからいろいろな言葉に翻訳されました。シリア語、シロ・カルデア語、アルメニア語などです。

 私たちが今、確認できる証拠としては、3世紀のものと考えられているパピルスがあります。これはエジプトのアレクサンドリアで発見され1938年に初めて発表されました。これには次のような文字がギリシア語で書かれています。




[...]πὸ[...]
εὐσπλ[...]
καταφε[...]
Θεοτόκετ[...]
ἱκεσίαςμὴπαρ
ίδῃςἐνπεριστάσει[...]
ἀλλἐκκινδύνων
[...]ρωσαιἡμᾶς
μόνη[...]
[...]ηεὐλογημένη[...]

 これを、復元すると次のようになると考えられています。

πὸ τὴν σὴν
εὐσπλαγχνίαν,
καταφεύγομεν,
Θεοτόκε. Τὰς ἡμῶν
ἱκεσίας,
μὴ παρίδῃς ἐν περιστάσει,
ἀλλ᾽ ἐκ κινδύνων

λύτρωσαι ἡμᾶς,
μόνη
Ἁγνή,
μόνη εὐλογημένη.

 これを翻訳すると、次の通りです。

御身の憐れみの下に
我らは寄りすがり奉る、
天主の御母よ
我らの祈りを
困難なるときに軽んじ給わず、
かえって、危うきより

我らを救い給え
唯一聖にして、
一祝せられたる方よ

 これが、ラテン典礼では次のようにラテン語に訳されました。

Sub tuum praesidium confugimus,
Sancta Dei Genetrix.
Nostras deprecationes ne despicias
in necessitatibus,
sed a periculis cunctis
libera nos semper,
Virgo gloriosa et benedicta.


 ミラノのアンブロジオ典礼では次のように訳されました。(ギリシア語のより逐語訳のようになっています。)

Sub tuam misericordiam
confugimus, Dei Genitrix
nostram deprecationem ne inducas in tentationem
sed de periculo libera nos
sola casta et benedicta


 これが日本語に次のように訳されたわけです。

天主の聖母の御保護によりすがり奉る。
いと尊く祝せられ給う童貞、
必要なる時に呼ばわるを軽んじ給わず、
かえってすべての危うきより、
常にわれらを救い給え。アーメン。


 グレゴリオ聖歌では、次の動画のように歌います。



(次のは、ローマ典礼式というよりは、ベネディクト会式と思われます。)



天主の聖母、終生童貞なる聖マリアが、日本において、世界において、全ての方々から正しく知られ、愛されますように!

天主の聖母、終生童貞なる聖マリアよ、我らのために祈り給え!

愛する兄弟姉妹の皆様の上に天主様の祝福が豊かにありますように!
トマス小野田圭志神父(聖ピオ十世会司祭)


聖ピオ十世会創立者ルフェーブル大司教の伝記 14.4.1.スータンの着用

2009年12月08日 | ルフェーブル大司教の伝記
第14章 総長 防御の最後の試み
IV. 修道生活と使徒職


スータンの着用

 修道生活に関する総長の最初の立場は、修道的で司祭的な衣服の着用というとても実践的なことに焦点を絞った。“石頭”ではなかったルフェーブル大司教は、しばしば完全に対照的に、フェーブル大司教はスータンでも “聖職服” でも、もしもただ単に十字架を一つ人目につくように聖職服に取り付け、どこへ行ってもカトリック司祭の印として周囲に分かってもらえる限り「どちらにも異存はない」とタルディニ枢機卿に書き送り、さらにブッサール(Bussard)神父に述べた。

【ここで言う “聖職服” とは、背広にローマン・カラーを付けるという司祭服のこと】

 しかしながら1962年、チュールの司教を勤める間、大司教は南西フランス司教団の会議に出席し、多くの出席者同様、リショ(Richaud)枢機卿によって読み上げられたパリからの提議にあきれてしまった。その提議とは、“スータンを撤廃しよう”とし、その理由はスータンが“邪魔”と考えられるからで、それを司祭たちい少しずつ理解させるべきであるとうものだった。

 国際的な修道会総長として、大司教は旅行と、一般的にスータンの着用が通常の服装でなはいアングロ・サクソン系の諸国では聖職服の着用を認めていた。1962年6月、フランス司教団は聖職服着用に一般的な許可を与える事に決定した。その後、数ヶ月もたたないうちに司祭たちはこの許可の“はるか彼方に”行っていう事にルフェーブル大司教は気づいた。「多くの司教区で、聖職者であることを示す印となるものを全て放棄し」、一般服の着用にこの許可が誘導した事に気づいたのである。従って、聖霊司祭修道会士の中には一部これを全く無視するだろうということを十分知りつつも、大司教は“スータン着用に関して”修道会宛に回覧書簡を書くことを決意した。

 この書簡は、それがもつ深く霊的な議論ゆえに注目に値するものである。

「『“聖職服” は、最低限の明らかな印を伴って、天主に奉献された人であると識別する服装である。』しかし、キリストが「あなたたちはこの世のものではない(ヨハネ第15章19節)」とおっしゃったは修道者たち、また「ex hominibus assumpti、全ての人間の中から選ばれて(ヘブライ人第5章1節)」と仰った司祭たちにとって、あるいは、「あなたたちは私の証人となるであろう(使徒第1章8節)」、という聖主の聖言葉により世界に送られた使徒たちにとって、この最低限の外的印なるもので十分なのだろうか! 正に、世俗からの別離を果たし、私たちの聖主の証人にしてくれるながらスータンは、これらの二つの目的を私たちに達成させてくれる。」

 そこで総長は鋭く司教の権威をもって嘆いた。
「信徒の服装をすること、服装による外面的な証を消し去る事は、明らかに司祭職への信仰の欠落、隣人における修道者の意味の誤解、さらには、己の信念における臆病さと勇気の不足を表している。」

 これら三つの問題点を調査し、大司教は「政教分離し、非キリスト教化されたこの世に歩み寄ろうとする欲求」を告発し、「霊的事柄や天的な事柄に対する望みには霊魂が無関心であると思うことは、方々の霊魂をよく知らないことである」と証明し、「司祭たちは、スータンによって生きた説教になる」また「特に大都市において(目に見える)司祭の不在は、福音宣教の重大な退歩」である、と言明した。

 この書簡原文からの長い引用文は4月19日発行のル・モンド(Le Monde)紙と5月9日発行の リヴァロル(Rivarol)誌などによって公表された。書簡は広く知れ渡り、大司教はそれを印刷させ、数多くの司祭と信徒、そしてこの印刷を要求する各出版社に送った。5月9日、オッタヴィアーニ枢機卿は、ルフェーブル大司教に賛辞の手紙を送った。

 この立場がルフェーブル大司教にとって多くの友人だけではなく、多くの敵もまた生み出した事は加筆する必要はない。彼にとって重要な事とは、悪と戦い、聖パウロが勧告するように(ティモテオへの第2の手紙第4章1-2節)、よい折があろうとなかろうと真理を言うことだったである。

第14章 総長 防御の最後の試み
Ⅰ. 激戦を伴った選出

II. 掃除と改革



III. より優れた組織編成


--このブログを聖マリアの汚れなき御心に捧げます--

アヴェ・マリア・インマクラータ!
愛する兄弟姉妹の皆様をお待ちしております
【最新情報はこちら、年間予定一覧はこちらをご覧ください。】