こんなに虚しく哀しい気持ちで、私は、8月6日を迎えたことはありません。
広島の市民の頭上に、人類初の原爆が投下されて77年目。
ロシアのウクライナ蹂躙は5ヶ月を超えて、尚、続いています。
台湾の周りに、武器を投げ込む中国の演習とやらは、日本を巻き込んでも構わないつもりで、行われています。
どちらも、人種や文化が違う相手ではなく、お互いに通じる言葉を、その深い機微に触れるニュアンスで使える相手なのに。
言葉ではなく、武器をぶつけて、生命をとっていこうとしているように、見えています。
第二次世界大戦の虚しさを、世界は学んだはずで。一生懸命、平和への道、国家に蹂躙されない個人の選択肢を拡げる道を、あゆんできた時間だったはずなのに。
いま、その努力は灰燼に帰そうとし、戦略核をつかうよと、脅す隣国をもつ日本にされようとしています。
理想が死に行くように見える今日。
やはり、負けてはならないと、己を奮い立たせます。
誰かを憎むのではなく。
人類の未来の幸せを守るために、私は平和を願って、声をあげます。
ノー・モア・ヒロシマ!
ノー・モア・ナガサキ! 殺さないで!
No more Hiroshima!!
No more Nagasaki!
Not killing, please.
2022年8月6日、過労死予備群 謹書