トロルお爺の”Satoyaman”林住記

生物生産緑地にて里山栗栄太が記す尻まくりワールド戯作帳

作業始めはネザサ刈り

2018-01-03 | 今日は真面目に
 お正月と言っても帰省する訳でもないから休日並みの普段通り、さすがに元日は家にいたものの、一日炬燵の中で「夜は眠れないのか…」と思っていても良く眠れた。二日は箱根駅伝を炬燵の中から見始めたものの「これでは寝たきりになってしまいそう…」と思い直し作業に出かける。さすがに人っ子1人現れない。

 暮れに足場の悪いところだけ手鎌で刈り払った区域につながる椿の林床を刈り払い機を用いてネザサを刈った。昨年は2回ほど刈り払っているもののネザサの伸長は著しく既に2~3尺程度シュートを出している部分もあった。ほとんどは1尺程度なので刈り刃を滑らせながら芝刈り様の作業である。
 一帯はアズマネザサに席巻された区域なので刈り払いを止めれば一年を経ずして復活してしまう。「刈り払えど刈り払えどネザサ根絶ならずジッと株見る」なんて聞いたような短歌が、いいえ啖呵が出てくる。

 椿の林床を刈り払い、残りの燃料で平坦部のネザサも刈り払い作業始めは無事終了。昼近くになっても日陰の部分は霜で真っ白だった。
 三が日も明けぬに作業するなど義理も責任も無いのだけれど、この身しかない貧しい民としては「貧乏暇なし」と言う表現はもっともで、祖父母も父母もそうしていたように活きている証しは極楽常働そのものなのだ。
 まあ、働き蜂とか働きアリとか言われても、五体五感を活用せねばならぬブルー労働を厭う浮き世や国家に未来は無いし、ましてやブラック労働を容認蔓延させている社会では政が機能していない証拠である。

           初作業鼻のあたりはお水取り

  ➡   作業の支障になる椿の下枝も整姿した

                     ➡   やはりスッキリする