トロルお爺の”Satoyaman”林住記

生物生産緑地にて里山栗栄太が記す尻まくりワールド戯作帳

氷近族の季節

2018-01-28 | 遊び子は
 最強寒波だとかで確かに寒い。この日の最低気温はマイナス3℃台だったがフールドの寒さはそれほど低くは感じなかった。とは言え先日融けた氷盤は大人が乗っても再び大丈夫な厚さになった。
 こんな日は自宅室内の方が寒く感じる。炬燵に潜っていても禿げ頭が寒い。せっせと薬を塗った事でようやく癒えた耳の霜焼けが再発し始め耳たぶが固くなってきた。またせっせと薬を塗らねばならない。

 それはともかく、この時期は氷目当ての来客が増える。先日は顔見知りの母子2組が早朝からフイールドに入り帰るところで出くわした。この寒さを当て込んでおチビちゃんと前の日に仕掛けをして置いたのだそうな。
 持っていたバケツを掲げるので覗くと氷の中に枯葉や木の実が閉じ込められている。台所の冷凍庫内に置いても出来る遊びだが「おいた」の方が圧倒的に楽しいし健康的である。ママも大変だなあが実感。

 先日、林内整備中に手ごろな根っ子を見つけたから池の沈木に使用と取りに入った帰り道、泥水池にNPOの活動で母子グループが入っていた。お目当ては氷なのだが、下に降り林道から見ていても氷盤に乗る親もいなければ乗せようとする親もいない。おチビちゃんも手は出すものの足までは出さない。総じて遊び方もおとなしくなっている。

 何時も思うのだが全員アウトドアグッツで身を包んでいる。お洒落と言えばお洒落なのだろうが、車をおりて数分の距離での活動である。小生の少年期は何時もお下がりで身を包んでいる着た切り雀だった。「雀百まで踊り忘れず」の諺通り、作業着は繕いつつ着ている。周りを見ても小生くらいだと認識はしているが捨てられない。
 まあ、普段現金収入などない米作農家ではそれが普通であったものの、豊かになったと思える一方で金が無ければその日から窮し自給自足さえ断たれた今の社会ははたして豊かなのだろうかとも思う。
 今、寝室PC周りは3℃だ。子ども時代、吹雪の夜は朝起きれば戸の隙間から雪が枕元まで入っている様な農家の作り、縁側を挟んでも座敷のガラスは氷の結晶で花盛りの日々だったから、室内3℃でも驚かないけれど、さすがに冷たく指が固まる。ひざ掛けを下半身に巻き半纏を羽織ればしのげるが手袋していてはキーは打てない。

 写真を眺めていて気が付いた。池に日差しが戻っている。お日様は春に向かって駆け足していると思うと嬉しい気分だ。郷里雪国の春は川明け、底雪崩、雪道に滲みてきた泥水で知った。凍み渡りを利用して猫柳を採りに行くのも少年期早春の楽しみだった。