食草園に植えたキジョランは木々の梢で葉を展開させているから食痕は見えても幼虫の姿は確認できない。葉裏に居るので双眼鏡を携行すれば確認は出来るかもしれないのだが「そこまでして」やる気持ちは無いのだった。いきおい直ぐに葉裏を捜せる場所で幼虫を観察する事になるのだがこの日、S先生とSさん、小生の三人で立ち寄ったキジョランの葉裏には生存している幼虫は皆無だった。
1月中頃、見回った時は15mmほどに育った3頭のアサギマダラの幼虫がいたのだが今回2頭は姿が見えず残りの1頭は頭部を下に垂れて葉裏にくっついていた。
既に生きている個体では無くS先生曰く「蜘蛛に吸汁されている」との状態だったのだ。今期、このような姿で絶命していた個体は数頭あり、残りは全て姿を消している。捕食者全てが冬眠している訳もなく餌の少なくなる冬期は捕食者と言えど血眼で飢えを満たさねば春まで生存できまい。
まっこと残念な結果ではあるけれど何とかキジョランの葉数を増やしてリスクを減少させたいものであるが気難しいキジョランの事、付き合いは長いけれど一回たりとも気を許してはくれていない。されど日本男子たるもの、去る事はせずキジョランがニッコリ微笑むまで精神誠意取り組む所存なのだが、経験値から推定すればそれまでに小生の蝋燭は燃え尽きるかもかも・・・。まあ小生、ネギこそ背負ってはいないがフイールドの良き鴨なのであった。
1月中頃、見回った時は15mmほどに育った3頭のアサギマダラの幼虫がいたのだが今回2頭は姿が見えず残りの1頭は頭部を下に垂れて葉裏にくっついていた。
既に生きている個体では無くS先生曰く「蜘蛛に吸汁されている」との状態だったのだ。今期、このような姿で絶命していた個体は数頭あり、残りは全て姿を消している。捕食者全てが冬眠している訳もなく餌の少なくなる冬期は捕食者と言えど血眼で飢えを満たさねば春まで生存できまい。
まっこと残念な結果ではあるけれど何とかキジョランの葉数を増やしてリスクを減少させたいものであるが気難しいキジョランの事、付き合いは長いけれど一回たりとも気を許してはくれていない。されど日本男子たるもの、去る事はせずキジョランがニッコリ微笑むまで精神誠意取り組む所存なのだが、経験値から推定すればそれまでに小生の蝋燭は燃え尽きるかもかも・・・。まあ小生、ネギこそ背負ってはいないがフイールドの良き鴨なのであった。
