GITANESが傍らにあると手書き作業も進むのだが。
それとは無関係に・・・。
文字を書くのが好きという訳ではないのに、手書きの頻度がどんどん増えてきた。
そもそもスケジュールは手帳に記入というスタイルは学生の頃から変わっていない。
会社でどうしてもグループウェアに予定を入力する必要があるので
そこはそれなりにルールを守っているが、手帳にはそれを転記するし
プライベートの予定やメモは全て手書きで記入する。
関係のある部門の業績は、本来ならデータで送られてきて
いろいろな方法で蓄積されていくにも関わらず、ノートに定規で罫線を引いて
そこに手書きで記録している。
年賀状のあて名書きも手書きを続けているが、これは
「パソコンでどうやって印字するのかわからない」からでもある。
何かを書き留めるという行為は一日の内でも数えるのが面倒なほどの頻度であるが
スマホを利用することもパソコンなどの機器を使用することもない。
全て手書きである。
だからどうしたということもないんだが、
私は死ぬまで手書き派であるだろう。
自分の書いた文字を見ていやーな気分になることの方が多いのだが
手書き文字には正体不明の吸引力があって、私は多分それに憑りつかれているのだろう。
まったく合理的ではないような気はしている。
あ、合理的なのが嫌いなのかもしれない。
人間誰しも、自分が不合理なことぐらい知っているのだからなあ。
| Trackback ( 0 )
|