冒頭部分の授業。
~ 隴西の李徴は博学才穎、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、心性、狷介、自ら恃むところすこぶる厚く、賎吏に甘んずるを潔しとしなかった。 ~
Q 冒頭文の役割は? A主人公(主役)を登場させる。
Q 「李徴」のスペックは? A博学才穎 性、狷介、自ら恃むところすこぶる厚く
Q どの程度「博学才穎」なのか。 A「若くして名を虎榜に連ね」るほど。
説明:「虎榜」とは、科挙の合格者を張り出す掲示板です。まもなく世界史で習いますが、科挙とは古代中国の官吏登用試験です。今の日本で言うと国家公務員試験ということになりますが、国家公務員の一種合格よりもはるかに厳しい試験だとイメージしてください。何年もかけて莫大な量の文献を暗記して合格を目指します。生涯チャレンジし続ける人もいるくらいです。李徴は「若くして」受かったというだけで、大変優秀な人物であることがわかります。
Q「天保の末年」とはどんな年代か? A「玄宗治世の最後の年」
説明:これもまもなく習いますが、唐代の有名な皇帝、玄宗の時代です。「開元の治」とよばれる善政で唐を栄えさせた反面、楊貴妃と出会ってから政治を顧みなくなり、世が乱れ「安史の乱」をまねいた人物です。
Q「いつ」の話かはなぜ大事なのか。 A小説の「設定」となるから。
説明:「いつ」の話かは、作者の創作です。作者の意図により設けられたドラマの舞台です。たとえば「1945年夏」と書いてあったら、どんな時代かイメージわくでしょ? え? わかないの。じゃ「2011年の夏、仙台でぼくたちは出会った」と書いてあったら、今の日本人にはなんらかのイメージが前提になるよね。これはわかるね。 だからね、先生「あまちゃん」を録画して見てるんだけど、いま2009年の東北が舞台なのね。これからどういう展開になるんだろ、能年玲奈ちゃんの人生どうなるんだろ、彼女が明るく楽しくもの悲しく青春時代を謳歌する姿を見ればみるほど、彼女が笑えば笑うほど、このごろは泣けてしまうのです。
Q「江南尉」とはどの程度の役職か。 Aそれほど上ではない。「賤吏」とある。
Q 李徴は大変な秀才でありながら、地方の下級役人にしかなれなかったのは、なぜだろう。
説明:これは直接は書いてないから、類推してみよう。国のトップが政治を顧みないとき、国家の統制状況はどうなるか。役人の世界にかぎりませんが、高い地位につけるのはどういう人か。今の日本で考えても近づけるかもしれない。最も人気のある業界に就職したいと思ったら、何が必要ですか。本人の実力だけではどうにもならない要素も働くことがあるのはイメージできるよね。まして古代中国のお話です。科挙に受かったとしても、賄賂もコネもなしに中央の役人に取り立てられるのは難しかったようです。
だから、この冒頭の一文は、李徴は頭はちょーいいけど、性格がねじれてるから世の中をうまく渡っていけなかったんだ、と単純に読み取ってはいけません。
~ いくばくもなく官を退いた後は、故山、虢略に帰臥し、人と交わりを絶って、ひたすら詩作にふけった。下吏となって長くひざを俗悪な大官の前に屈するよりは、詩家としての名を死後百年に遺そうとしたのである。しかし、文名は容易に揚がらず、生活は日を追うて苦しくなる。李徴はようやく焦燥にかられてきた。このころからその容貌も峭刻となり、肉落ち骨秀で、眼光のみいたずらに炯々として、かつて進士に登第したころの豊頬の美少年のおもかげは、いずこに求めようもない。数年の後、貧窮に堪えず、妻子の衣食のためについに節を屈して、再び東へ赴き、一地方官吏の職を奉ずることになった。一方、これは、己の詩業に半ば絶望したためでもある。かつての同輩はすでにはるか高位に進み、彼が昔、鈍物として歯牙にもかけなかったその連中の下命を拝さねばならぬことが、往年の峻才李徴の自尊心をいかに傷つけたかは、想像に難くない。彼は怏々として楽しまず、狂悖の性はいよいよ抑え難くなった。一年の後、公用で旅に出、汝水のほとりに宿ったとき、ついに発狂した。ある夜半、急に顔色を変えて寝床から起き上がると、何かわけのわからぬことを叫びつつそのまま下に飛び下りて、闇の中へ駆け出した。彼は二度と戻ってこなかった。付近の山野を捜索しても、なんの手がかりもない。その後李徴がどうなったかを知る者は、だれもなかった。 ~
Q「いくばくもなく官を退いた」理由を60字以内で述べよ。
A 自尊心の強い李徴にとって下級役人の生活は堪えがたいものであり、自分の才能を信じ、詩家として名をなそうと決意したから。
Q その後の李徴の人生を整理せよ。
Q 李徴の心情を表すことばに線を引いておきなさい。
Q 李徴は世の中をどういう視線で見ていますか。端的に言ってプラスかマイナスか。 A マイナス。
Q それがわかる表現は? A 人と交わりを絶って 俗悪な大官 鈍物として歯牙にもかけなかったその連中
説明:実は小説の主人公というのは、基本的に世の中をマイナス視線で見ているのです。プラス思考の主人公の小説って読みたい? そういう人もいるでしょう。そういう人は読まなくていい人なんだよ。人間てなんらかの屈託をかかえて生きてるものだけど、それを書くのが小説なのです。