学年だより「箱入り息子の恋(3)」
「アマノさん、やりますよね、昼間っから、公園でどうどうとキスしてるなんて」
うあぁあ、見られてた … 「いや、あれは、その … 」
「で、ヤったんれすかぁ?」 「え?! … い、いや、あの … 」
「なぁーんら。ヤってないのか」 「なんなんですか! 一体!」
「もしかしてぇぇ … 童貞!?」 やめてくれぇえ。健太郎は心で叫んでいた。
同僚の女性職員から「ごはん行きましょう」と声をかけられ、二人で回転寿司に来ていた。もともと酒が呑めない健太郎をよそに、いつも香水ぷんぷんでスメルダというあだ名される船越加奈子は、すでに大ジョッキを数杯カラにしている。
「でも、よかったすね、彼女できて。なんで、あたしは … 。あぁあ、なんなの。アマノのくせに。生意気なんらよ! 好きな人をふりむかせるために、どんだけ苦労してるか知ってるんれすかぁ?もう一軒行くぞ。アマノ!」
しかし、健太郎のうかれた日々は長くは続かなかった。
二人で会っているところを、父親にみつかってしまったのだ。
「もう、二度と会うことは許さん!」父は強引に菜穂子を連れて行こうとする。
「菜穂子の気持ちも考えてやってください!」と叫ぶ母親。
四人がもみあっているうち、菜穂子は車道の方に押し出されていた。車のエンジン音が聞こえる。
「あぶない!」あわててかけより、菜穂子をよけさせた直後、健太郎の体はボンネットにのりあげ、道に叩きつけられていた。意識が遠ざかっていく。
命に別状はなかったものの、健太郎の親も、二度と息子をそんな目にあわせたくない、菜穂子とはつきあわせたくないという気持ちになっていた。
意識がもどり、からだの自由はもどった。菜穂子からの連絡はたえたままだった。
一ヶ月後、松葉杖をついて出勤した健太郎を、同僚たちは笑顔で迎えてくれる。
昼休み、スメルダが寄ってくる。「で、ヤッたの?」
「また、それですか」と健太郎。「彼女とは、別れたんです」
~ 「所詮、無理でした。こんな怪我もしちゃったし、障がいを持っている人との恋なんて、そう甘くないってことですね」
何言ってるんだ僕は。
「それでいいんだ?」
スメルダの言葉にドキリとする。
「いいも何も、向こうがもう逢わないって言ってるんだから、仕方ないです」
「それ、本人の口から聞いた?」
… 聞いてない。だけど、向こうからの連絡がないことが何よりの証拠じゃないか。
「アンタ、馬鹿だね。やっぱり。 … 彼女はね。アンタを怪我させてしまって申し訳ないからそう言ってるだけよ。逆の立場だったらって考えてみりゃわかりそうなもんじゃん。彼女の本当の気持ちを確かめもしないで、何、一人で悲劇ぶってんのよ」
何も言い返せない。
「もっとさぁ、無(ぶ)様(ざま)でいいじゃん」
無様 … 。
「私なら絶対、諦めないよ!」 (市井昌秀・今野早苗『箱入り息子の恋』ポプラ文庫) ~
健太郎は早退することを決意した。たしかめなきゃ。そして自分の思いを伝えなきゃ。健太郎はかけだしていた。映画では星野源が健太郎を、夏帆が菜穂子が演じている。いい作品です。