水持先生の顧問日誌

我が部の顧問、水持先生による日誌です。

笑ってこらえて

2013年06月13日 | 日々のあれこれ

 テレビ番組を録画して観るという技を最近を身につけたので、「笑ってこらえて」の吹奏楽の旅をみてみた。
 とりあげられていた大阪桐蔭高校は、部員数が186人。全員が経験者で、多くの部員が、関西一円から吹奏楽部に入るために時間をかけて通ってくるという。
 顧問の先生が、「6月にオーディションを行う、上級生が優先されるわけではない、一昨年は(去年は三出休み)15人の一年生が選ばれた、しっかりがんばろう」と話すミーティングシーンが最後のうつっていた。
 186人中の55人。一見厳しい選抜のように見えるが、大阪桐蔭の野球部は、きっと100人以上の部員から25人(だっけ?)のベンチ入りメンバーが選ばれるはずだ。
 サッカーやバスケットの例と比べても、吹奏楽はレギュラーに選ばれる率が高い部活だ。
 ていうか、55人の部員がそろわない学校の方が多いから。
 何年か前、人数制限が50人から55人に増えたときには、吹奏楽連盟をうらめしく思ったものだ。
 いったい、どれだけの学校を想定して規約を変えているのかと。
 その知らせを聞いたとき、自分は始め耳を信じなかった。
 それは夢にちがいないと考えた。
 夢の中で、これは夢だぞと知っているような夢を、自分はそれまでに見たことがあったから。
 どうしても夢でないと悟らねばならなかったとき、自分は茫然とした。
 部員が100人いてさえ、きちっと50人編成のバンドを組むことの難しさを思い知らされていたから。
 そして、その時は部員数が減っていた。
 2、3年生をあわせても50人に満たないし、経験者が入部してくるのは多くて数名。
 年によってはゼロ名だ。
 自分は懼れた。
 全く、どんなことでも起こり得るのだと思うて、深く懼れた。
 しかし、なぜこんなことになったのだろう。
 わからぬ。全く何事も我々にはわからぬ。
 理由もわからずに押しつけられたものをおとなしく受け取って、理由もわからずに生きてゆくのが、我々生き物のさだめだ。
 自分は一瞬B編成に出場することを思うた。
 しかし、課題曲が発表される頃には、自然とそれを購入し音出しをしていた。
 部員たちもAに出ることを前提して活動していた。
 やるしかない。
 人数が減ったからしばらくB部門に出ていた男子高校もある。
 今年Aにもどるという噂も聞いたが、負けるわけにはいかぬ。
 負けるはずがない。
 人は自分を倨傲だ、尊大だと言うかも知れない。
 しかし、厳しい状況のなかでへこたれずAに出場し続けてきた自負はある。
 進んで師について、指揮を学び、音楽を学んできた。
 親しくしてくださる先生と酒をくみかわし、貴重な話をうかがってきた。
 己の珠にあらざることを知るがゆえに、羞恥心を捨てて、人と交わってきた。
 さしあたり、オーディションなしでAメンバーに入ることになっている2,3年生の個をどこまで伸ばせるか。
 1年生を何人入れることができるか。
 道は険しいが、歩いていくしかない。
 思うに希望とは、もともとあるものも言えぬし、ないものとも言えない。
 もともと地上には道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。
 迷わず行けよ、行けば、わかるさ。
 練習を終えて見上げた空に月がかかっている。
 自分は、覚えず、月を仰いで、二声三声咆哮する。
 遠くから蛙の鳴き声が聞こえる。
 ヤオコーのお総菜はもう半額になっているだろうか。

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6月13日

2013年06月13日 | 学年だよりなど

 学年だより「箱入り息子の恋」

 天雫(あまのしずく)健太郎は恋に落ちた。
 健太郎は、彼女いない歴35年、生まれてこの方一度も女性と交際したことがなく、生涯独身を通すことを心に決め、勤務先の市役所と自宅との往復で淡々と毎日を過ごしている。
 いくつになっても女っけ一つないどころか、友達もいるように見えない健太郎を、何とかしたい、普通に結婚して子どもをつくってという暮らしをさせたいと、健太郎の両親は思い悩んでいた。
 二人は、親同士が子どもの見合い相手を探す「代理婚活の会」に参加して、ある女性とのアポをとることに成功した。
 見合いをしぶる健太郎だったが、父に渡された写真を見て驚いた。彼女を知っていたからだ。
 しばらく前のこと、市役所の前で雨宿りをしている女性がいた。なぜかずっと見つめ続けられて健太郎も目を離せなくなり、彼女が傘をもっていないことに気付くと、自分の傘を無理矢理わたして、ずぶぬれで帰った日を思い出した。まさか、あの人と … 。
 当日、両親とともに緊張して座っていると、彼女が両親とともに現れた。
「お忙しいところ、ありがとうございます」「こちらこそご連絡いただきまして … 」
 今井晃と名乗った先方の父親が、娘を席に導いている。か細い声で「大丈夫だから」とささやいた彼女は、ゆっくりとイスの背もたれを触って位置を確かめているが、視線はまったく別の方向を向いていた。
 目が … 、見えてないのか?
「実は、事前にお伝えしておりませんでしたが、娘は八歳の時に視力が落ちる病気にかかり、今は全く見えていません。」
 健太郎は、困惑しながらも、心を奪われていた。
 一方、菜穂子の父今井晃は、今回の見合いには最初から反対だった。
 健太郎の出身大学、今の勤務先での地位、35年間ずっと親元で暮らしてきたという男。
 資料を見て会うまでの相手ではないと考えていたが、妻の強い勧めでしぶしぶ来ていたのだ。
 だから挨拶が終わっても、ずっとうつむきがちで、自分から積極的に話そうとしない健太郎を見て、つい本音が口をついてしまう。
「君には、うちの娘を一生面倒みていけるとは思えない。ボランティアの経験でもあるのか、ないだろう。」あなた、やめてくださいという妻の静止も聞かず、父親は話し続ける。
「大体13年間も勤めてて一回も昇進していないとはどういうことだ。人生を諦めているからだよ。そんなあまったれた男に娘をまかせられない」「失礼でしょ!」と健太郎の母が席を立つ。
 しかし、何の反論もできない健太郎の視線が、菜穂子をとらえる。
 その大きな瞳には悲しみをたたえ、彼女はただじっと耐えているように見えた。
 そうか、こんな機会は今までもあったのだ。自分のことを思うあまり父親が周囲といさかいをおこし、でも自分ではそれをどうすることもできず、感情を消す努力をしてきたのではないか。
 そんな彼女の苦しみを僕は理解できる。自分を消してやりすごさねばならない悲しみが、僕にはわかる。そう感じた健太郎は、自然と口を開いていた。
 「菜穂子さん自身のお気持ちはどうなんですか?」

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