~ 「なんで東進で、特に東大目指すような子たちだと、ま、100点とは言わないですけど高得点が出るかっていうと、彼らは周囲の大人たちに大事にされて、ずーっと拾ってもらってきている子たちだから、そういう子たちがあとちょっとほしいっていう部分に、放り込めばいいから … だから僕の授業っていうのは、今まで彼らを見守ってきた大人と僕との合作なんですよ」(林修先生) ~
日曜夜のなんとかという番組で、「不良」たちとの授業を終えたあとの、林修先生の言葉を聞いて、この先生って、メジャーになっても全然エラそうになってなくてかっこいいなと思った。
てか、そうなってしまうような人はきっとブレークできないのだ。
本校の生徒さんたちをご覧になった方から、よくあいさつしますねとか、がんばってますねとか言ってもらえ、先生方のご指導がいいとほめてもらえることも時々ある。
でも、高校に入って身につけることなど、ほんのわずかだ。
「あとちょっと」という部分にうまく放り込んであげて、うまくはまった時には良い感じにのびていくのだろう。
「合作」ということ自体おこがましいとさえ思う。
林先生が「国語の授業」をやっていたパートは先週も今週も観られなかった。
ネットで検索したら、その部分も書き起こしてくださってるページがあって、センター試験の評論をまず授業しようとしたのがわかる。
さすがにこれはむちゃだろう。林先生をもってしても。
何年の問題だっけ、「書くことの衰退」。これはけっこういい問題だけど、たとえば進学校とよばれる高校でも、高1の教室にもっていって解説しようとしたなら、心を閉ざす子は山ほどいるから。
ただ、閉ざし方の表し方は異なる。
不良のみなさん(この言い方ていねいすぎるかな?)のように露骨につまんなそうにしたりとか、やってらんねえと言って教室を出て行ったりはしない。しないけど、閉ざし方のレベルはけっこう深かったりするからね。若い先生だとこのへんはきっと見えないレベルだけどね(なんて、おれも実はけっこうやる方なんだよ的付け足ししてみた)。
さて、野球の抽選会があって組み合わせが決まったので、やっとコンクール前の日程をつめていける。
1回戦は武蔵越生高校さん。春は大変苦戦した末に勝たせていただいた記憶がある。
吹部の方でも、昨秋の音楽座ミュージカルコンサートでご一緒させていただいたり、コンクールでは前後で演奏したり、ご縁のある学校さんだ。あつい夏が近づいてきた。