玄冬時代

日常の中で思いつくことを気の向くままに書いてみました。

市井の近現代史(1)

2023-05-16 18:10:24 | 近現代史

終活の機会に捨てようと思っていた、いわゆるアカデミックから離れた本の一群からこの圀の歩んできた軍國化を観てみたい。

語弊があると不味いので、著者がいわゆる大学の学者ではなく、若しくは歴史学とは一線を画した他分野が専門である学者という意味で、大括りだが「市井の~」とした。

不消化な処もあるが、解った処から適当に書いていきたい。

まず、三根生久大『日本の敗北』徳間書店の第4章にページには次のことが書かれていた。

この本は2002年の発行である。著者は2020年に日本の自衛隊が米中戦争の先兵となることを予言していた。2002年と云えば日韓サッカーワールド大会の年ではなかったのか。この時にこの本を出版した勇気に敬意を払うと共に、著者は1926年生まれ、陸軍士官学校在校中に終戦を迎えた、と略歴にある。存命かどうかはわからぬが、…。

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ザ・テンダー・バー

2023-05-15 11:46:33 | 映画

「僕を育ててくれたテンダー・バー」というのが日本の原題だそうだ。小説家の自叙伝物である。監督がジョージ・クルーニ、主演はベン・アフレック、公開2021年。原作はJ・R・モーリンガー『The Tender Bar』だ。

コロナやウクライナと暗く鬱陶しい近頃にあって、スッキリとした自伝的な成功物語を期待したが、この映画は作家としての出発で物語が終わってしまった。

劇中の「上層の中流下」と云った表現が面白かった。本人が努力して良い大学(エール大学)に行っても、決して上層にはなれず、中流の下が精々であるかも。その中流下の階層の女性の両親から主人公の青年は品定めを受けて落第となったのか、結局遊ばれて捨てられる。

見方を変えれば、アメリカも、貧乏な若者が努力して上層に這い上がったとしても、せいぜい中流の下と相場が決まっているような。つまりはこの圀の灰汁が浮き出た既得権層が依然と上層に居座る現状を、そのままアメリカ的にも置き替えられると感じた。

つまりはアメリカもこの圀も真の上層階級の姿は見れない。上層らしい中流の下の階層はよく目にすることであるが、そこですら並大抵の努力では行き着くことができない。ほとんど違和感を感じないで映画を見ていたが、この圀もアメリカ占領後70年余も経てば、自ずから51番目の州のように似て来たのではないだろうか。

せめて9回も振られた女性が何故主人公を振ったか、その真の、又は嘘でも良いから、その理由なり結末を描いて物語の終わりとして欲しいものだ。その物足りなさが残った。

 

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縁故の資本主義

2023-05-13 16:53:59 | ぼやき

安倍という政治家が逝って、俗に言われている「縁故資本主義」が少しでも変わるかと思いました。

英語ではCrony Capitalismとか、明確な経済用語なのか根拠は調べていませんが、ネットでこの言葉を知りました。Crony(=悪友)という意味が加計学園を連想させます。基本の意味として、政治家や官僚の私的や縁故の関係で恣意的に政治や経済が動くことと捉えています。

安倍政権以降、とくに森友・加計事件で「縁故」が取沙汰された。「桜を見る会」も山口県の選挙民が特別に大勢で招待されているならば、縁故で、かつ公費の悪用であった。

しかし、これらが明確な形で、つまり「遠山の金さん」的に庶民の鬱憤が晴らされただろうか。

籠池夫妻が日本会議の縁故関係から滑って、庶民として検察行政の末端で処遇されたに過ぎない。

亡くなられた赤木さんのご遺族の疑問は晴れたのだろうか?この事件の真実の公表すら公費1億を国民・国会の同意も得ずに財務省官僚どもは支出をし、逃亡した。

安倍さんが居なくなっても変わらない。ということは、「縁故資本主義」は官僚どもが専らに司っていたのではないだろうか。では、何の為に、…。

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変な一日でした

2023-05-11 16:02:45 | 散歩

コロナで籠っていたので、数年ぶりに学生時代の友達と会った。町田という、一応東京の飛び地だが、都会に行った。とにかく人が多いのには驚いたし、コロナ前に戻った感じだった。

食事の後で街をフラフラ歩いた時に「こんな爺さんが二人で町を歩いていいのかね」と云う。まあ、二人とも若作りなのだ。「誰も気にしてねえよ」「そうか、もう石ころだからな」と云って、目の前にカフェと思しき店に入った。そこに入って驚いたことは、30席ぐらいあったが男が誰も居なかった。

爺さんは場違いで断られるかとも思った。最も爺は男と云えるかどうかわからないが。

平日昼時にカフェに入る男はいないのか、…。一寸小ジャレタ店だが、下北沢や渋谷辺りにはいくらでもある。

帰り小田急線に乗ると、横も前の席もすべて、爺さんも婆さんも、スマホ片手で指を動かしている。この圀の電車の中の異様な光景だ。気持ち悪くなってシルバーシートに逃げた。

眼の前には一目でわかるアジア系の外人夫婦が幼児を連れてスマホをやっていた。何語を話すかと耳を澄ますと、一応日本語だった。彼らは日本人に成りたいのかなあ?

でも幼児の顔は明らかに中国人の顔をしていたんだが、…。

何だかこれがコロナ後の日常なのかもしれませんが、疲れた一日でした。

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国家の成功体験

2023-05-10 17:37:53 | 雑感

人は小さな成功体験を積み重ねて成長していく。国家も同じで、この圀はつい最近に高度成長期の象徴というべき東京オリンピックの再現を、柳の下の泥鰌のように安易に夢見た。結果はコロナ・パンデミックで散々なもので終わったというか、競技以外には何をやったのかも定かではない。

競技以外に、あるいは場外競技のように、汚職、談合といった汚辱にまみれた欲望の祭典であったことが一年後に判明した。

もう一つの象徴的な出来事は、この圀の首長が天皇の宸襟を無視したことであった。

自民党という既得権保守党の欲望を優先させたのか、オリンピック関係者の裏の実行契約に迫られたのか、どちらか判らない。これを問題としなかった世上云われる岩盤右翼の存在が怪しまれるが、メディアも問題化を無視、回避をした。

どうであれ、傍目からは、考えるに値しない程の人間の欲の臭さだった。

新たな成功を求めず、過去の成功にしがみ付いて、自由主義圏GDP第二位の過去の幻影を追い求めるこの圀のあり様は、次の大阪万博でどんな審判が下されるのだろうか。

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