小さな竹やぶだが、手入れが行き届きタケノコがいっぱい
直径1mの大きな平釜を真っ赤な炎で焚き上げる 濛々と湯気をたてて煮えたぎるタケノコ
久しぶりに誘いを受けて、新緑萌える里山を訪れた。まだ練習が足りていないウグイスさんの声をさらっと聞き流しながら目指す竹やぶへ。
9時を少し回ってはいたが、高校以来の長き良き友は既に地下足袋を泥んこにしてタケノコを20本ばかり掘っていた。
すぐに鍬を借りて斜面を掘り起こす。彼が3本を軽く掘る間にようやく四苦八苦で1本をゲット。腰が悲鳴を上げる。なんせ久しぶりの斜面堀である。
かつては年に1回のお楽しみ「やぶの中のクラス会」と呼んで、高校時代の仲間男子5人女子5人が食料を買い込み、掘ったタケノコを茹で上げる時間がBBQタイムに変わる、やぶの中の大宴会を繰り広げて来た。コロナで3年連続中断するうちに体調不如意が続出。結局最後に残ったのは二人だけに。
せっかくの浅緑の里山で美味しい空気を吸いながら、男二人が会話をするのも芸がないねぇと思ってカミさんを同伴させた。「あそこにフキが生えてるから採って帰りんさい」とか「お母さんにワラビを食べさせよう」などと近くを散策しワラビをどっさり。おまけに超大玉の里いももどっさり。
今回もまた親元に里帰りした以上のいっぱいのお土産をクルマに積み込んでホクホクの帰宅とあいなった。
ちょうどお昼を挟むので軽い弁当と、彼がこよなく愛するワンカップを差し入れた。タケノコが大きな平釜の中でグラグラ煮え立つの確認したら、嬉しそうにワンカップを手に昔話に花が咲く。「この年まで元気に生かせてもらったのだから言うことなし」と先ずは自分の元気に感謝。「ワシは大きな悩みもなくこの年まで来た、昭和と言ういい時代を楽しませてもらった」と、いいとこのぼんぼんらしく素直で優しいところが彼の持ち味でもある。生まれも生き方も少し違ってはいるが、世の中に感謝して生きているところは全く同じである。
少なくなって行くばかりの同級生、そんな中でも近くにいて、互いに夫婦同士で話ができる貴重な友。まだまだ里山をしっかり守って、また1年先の新緑を楽しみにしたいと願っている。
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