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夢見るババアの雑談室

たまに読んだ本や観た映画やドラマの感想も入ります
ほぼ身辺雑記です

「霧道谷にて」-3-悟

2009-03-31 15:18:43 | 自作の小説

琴子が息を呑む間に老婆は思いのほか早い動きで家へ入ってしまった

だが その声を聞きつけて 隣の家から顔を見せたのは・・・有沢聡一・・・・

「琴子」

「お兄ちゃん お兄ちゃん」

子供に帰ったかのように琴子は泣いて飛びつく

妹を受け止めると聡一は 二人を家の中へ招き入れた

聡一の話によれば・・・

聡一が訪ねてきた時 村の呪いばあさん(琴子に帰れと言った人物)と はるみの妹と名乗る女性により はるみのお産は済んでいた

しかし はるみはお産が終わってからも眠り続け・・・・時折目覚めるも 完全に起きることはない

場所が場所だけに聡一は はるみの傍らから離れられず 村には電話もなく 聡一の携帯も   

電波をキャッチできなかった

産まれてきた子供は男の子で はるみの妹と名乗る女性が あれこれ世話を焼き傍らから離さないそうだ

はるみと子供を連れて村から脱出したくても・・・一人では動きがとれず

隣の呪い婆さんは有沢を見張っているようでもあった

「そんな・・・・」

「こんな閉鎖的な村がまだ存在したんですね」俺も げんなりした

脱出は案外難しそうだと判った為である

ここまでこの事にのめりこんだのは・・・兄の聡一を心配する琴子が もろ好みのタイプであったため・・・なのは否定できない

しかも轢き逃げにも 胡散臭いものを感じていた

車は盗難車 運転手の指紋も残ってなかった

事故はタイミングよすぎる

今回は妨害は無かったが 安心はできない

この集落のたたずまいは余りに何かこう不気味だ

俺は あの轢き逃げ事故に責任を感じている

だからこうして送ってきた

無事に兄の聡一にも会えたんだから ここで帰ってもいいのだ

仕事としては

だが ここに琴子を置き去りにしては 寝覚めが悪すぎる

ここ霧道谷には何かがある

間違いなく

ここから出るまで 琴子から目を離すまい

ぞっとするような美女が入ってきたのは その時だった

くちなしの花びら色の肌 桃の花の唇 高貴にして しかし何か禍々しい・・・・・

美女は腕に小さな男の子を抱いていた

「香夜美(かやみ)さん 妹の琴子と友人の倉元悟さん」

聡一は俺を探偵と紹介しないほうがいいと思ったらしい こちらを見て 「倉元さん 琴子 こちらは はるみの妹の香夜美さんだ 随分世話になっている」

香夜美は軽く頭を下げながら 腕の中の子供を聡一に渡した

「姉のほうこそ 随分お世話になりました 親戚を訪ねた帰り 行方不明になってしまって・・・ああ姉の本当の名は 輝世野(きよの)と言います」

案外まともな挨拶をする

「ここは男手がないものですから ついつい甘えてしまって」と続ける

俺と琴子の間柄をはかるような視線を投げた

聡一は子供に「ほらお父さんの妹だ 前に話しただろう」

「琴子おばちゃんよ お名前は?」

「本当に猫の目みたいだ ぼくの名前は 陽一です」

「猫の目?」首を傾げる琴子に 聡一が説明する 「大きくてまるで猫の目みたいなんだーって説明しといた」

奥に行った香夜美がお茶を注いで戻ってくる

「遠いから大変でしたでしょう? なかなか皆さんここへは辿り着けないものですのに お義兄様といい 感心します」

何かひやりとするものが その言葉には含まれていた

香夜美は同じ家で暮らしているのではなく もう少し下った海に近い場所に母親と暮らす家があるらしい

はるみはこちらに着いてすぐ産気づいたので 産婆でもある呪いの老婆の隣家を与えられたのだと

「隣の部屋に布団を広げておきます 少しはましになるでしょうから」香夜美が言うと琴子も手伝いに立つ

「いや力仕事は俺が 琴子さんは 積もる話がお兄さんとあるだろう」

香夜美に言われるままに押入れから布団を出し並べる

「倉元さんは優しいのですね」

「琴子さんは病み上がりでね 轢き逃げにあって大怪我したのが やっと動けるようになったばかしなんだ

まあ 運転手代わりにね」

「ここは何故か男の子が生まれなくて・・・陽一ちゃんは随分久しぶりに生まれた男の子なんです」

話してみれば普通だが・・・美人すぎるから・・・妙に思ったのだろうか

その後 香夜美と琴子で食事を作り 隣家の呪いの婆さんの家にも香夜美は琴子と連れて作った食事を運んだ

「年いって変わり者だから 何か勘違いして失礼なことを言ったみたい ごめんなさいね」と香夜美は如才ない

香夜美の母親は 体調よくなくて横になっているそうだ

「陽一ちゃんの成長が嬉しいらしいの 琴子さんにも連絡入れるべきだったのだけど なかなか手が回らなくて 心配されたでしょう?ごめんなさいね 

こんな田舎で暮らしているものだから 気が回らなくて」

夕食が終わりしばらくすると香夜美は自分の暮らす家へ帰っていった


「霧道谷にて」ー2ー 琴子

2009-03-31 14:28:25 | 自作の小説

三年前 兄はいなくなった妻を捜しに行き戻らなかった

私は勤める保育園の園長先生に紹介された 不敵にも警察署の横で開業している探偵事務所に仕事を依頼した

三十代半ばらしい探偵は思いのほか親切ですぐに動いてくれた
倉元悟(くらもと さとる)

「悟ってないけど さとるです」が自己紹介の言葉だった

探偵の調査によれば間違いなく兄の聡一は霧道谷の何処かで行方不明になっているのだ

私は保育園の園長先生に事情を話し 代理の保母が確保できてから 霧道谷へ向かうことにした

けれど 駅へ向かう道で私はひき逃げにあった

半年の入院 リハビリ 苛々しながら治療

あれこれの問題片付けて再び霧道谷を目指すまでに三年もかかってしまった

親切な探偵さんは一緒に行ってくれると言う

正直 助かった 長時間の運転に自信が無かったから

ー霧道谷は妙な所ですーと倉元探偵が言う

電話すら無いのだと その集落は いまだ自給自足で暮らしているようなのだと

その集落の出身者に会った者がいない

その地名を口にした人間は いつの間にか行方不明になっていると

ざわざわと緑が揺れる 緑が包む

深い谷の上を車が通れる橋と 葛橋が百メートルばかり離れ平行してかかっている

ざわざわと緑が波打ち歌う

道の両側の緑の山壁はトンネルのよう

崖の遥か下は海 狭く頼りない道は坂の途中まで
その途中の僅かな原っぱに車を停め 歩いて坂を上りきると 寄り添うように家が建つ

入り口に年齢の読めない老婆が立ち こちらを睨んでいた

「よそ者に用は無い はよう帰らんね」


「霧道谷にて」ー1ー 聡一

2009-03-31 14:28:10 | 自作の小説

ピンチヒッターで身重の妻を残して半年間の単身赴任 明日の帰国に備え荷物を詰め直していた夜 妹の琴子からの電話が入った

「お兄さん はるみさんがいなくなってしまったの」

俺 有沢聡一と琴子の両親は 外出先で利用したエレベーターが老朽化していた為の事故で五年ばかし前に亡くなっていて 妻はるかの様子を見てくれるよう妹に頼んでいた

それというのも 妻のはるみは記憶喪失

はるみという名前すら有沢がつけたものだ

はるみは三年前 海岸沿いの国道をふらふら歩いていた

墓参り帰りに車で通りかかった妹と俺は すぐさま病院へ運んだ

しかしその女性は名前も年齢も何一つ思い出せなかった

病院もいつまでも置いてはくれず
いきがかり上 琴子と二人暮らす家に引き取った

事情を知ると隣のパン屋が 雇ってくれて その女性は 俺がつけたはるみと言う名前を随分喜んでくれた

最初に国道で拾った時から 一目惚れだったのだろう

一年後に思いきってプロポーズ

幸せだった

それがいなくなったとは どういうことなのか

焦っても飛行機は進まず
着陸するまでに人生が終わるんじゃないかと思った

空港に迎えに来ていた妹によれば 夜8時帰宅したら家はもぬけの殻であったのだと

琴子は近所の保育園で保母をしている

はるみの洋服少しと 生まれてくる子供に用意した品が無くなっているのだった

置き手紙もないというのが 信じられない

記憶が戻ったのだろうか

もし誰かが連れ戻しにきたとしたら

何か何処かに書き残していないだろうか

玄関の傘立ての中に一枚の紙が見つかった

H県花澄市霧道谷ー
それははるみの字だった

調べると随分な山奥の その場所にー俺は行くことにした