ドアを閉め もたれて遠ざかる足音を聞く
聞こえているつもりになる
エレベーターに乗った
車は待たせていたのだろうか
それとも電話で呼んだか
使ったグラスを洗い シャワーを浴びて
真っ暗い部屋のソファーに座る
と声がした
「あんさん アホやなぁ」
懐かしくさえ感じる謎の仏像センセンちゃんの声だった
「アンタが出たら余計揉めて纏まるもんもぶっ壊れるってナナちゃんが言うから
ずうっと我慢してたんや
けど 纏まるように見えへんしな
見るにみかねたわ
さっきも期待したのに
なんで押しが弱いんやろ
こう押し倒してやな
一気に」
ここでセンセンちゃんは言葉を切った
「つまりは ずっと見てたーと」
相手が仏像でも 見られるのは 嫌だぞ
あんなことや こんなことしてるのを
「しやけどホンマ後ろ向きやなぁ 他の男とは付き合うてないて まりいはんも言わはったやないかいな
もっとマトモに ぶち当たってみては どないだ」
黙っていると センセンちゃんは どんどん言葉を重ねる
「うじうじ片思いしてるんが 黙って見てるんが 優しさやあらへんのでっせ
きちんとケジメつけなはれ
人生限りがあるんでっせ
ぼやぼやっとしてたら あかんがな」
身振り手振りも賑やかにパワーアップしたように見えるセンセンちゃん
「元気だ・・・」思わず呟く
「お腹は空いてますけどな
夜食には蕎麦 うどんもええなぁ」
明け方近く うどんすする仏像
シュールだ
暫く会わなかったから センセンちゃんの一挙一動がとても新鮮で不気味だった
当たって砕けろか
確かに確かに ここんとこ いじけていたかもしれない
センセンちゃんは飲んで食べて飲んで食べる
「お供えくらいはしてくれへんと マンゴーとかメロンとか 季節の果実酒とか ワインも宜しいなぁ」
「起きといてや これ飲み終わったら真剣な話あるさかいになぁ」
だがしかしセンセンちゃんはー寝た
待っているこちらの事も考えずー
このいい加減さ
誰かに似ている
仏像に布団が必要かどうか分からないが かけてやる
暫く眠る気になれず 明けてくる窓の外を眺めていた
恋・・・
まりいは優しい
好きだーと言われたら相手を好きにならないといけないと思い込むようなところがある
「そう 実はわたしも好きなの
付き合いましょうか」
学生時代のまりいとは どうだっただろう
なんとなく一緒にいて恋人同士になった
まりいが「見合いした 結婚するから」と言うまでは
俺は映画「卒業」のダスティン・ホフマンにはなれなかった
まりい まりい
強気のマドンナ
毒舌のプリンセス
百万本の薔薇は贈れないが
君に相応しい深紅の薔薇を花屋で探そう
愛しているよーとカードを添えて
ああ 新しい携帯の番号も入れておこう
花屋で選んだ薔薇の花束を面倒だけど時間差で届けてくれるように頼んだ
俺は まりいの家の前で花屋が配達するのを眺めてた
ー愛しているよー
ーずっと好きだったー
ーただ 君が好きなんだー
ー愛してる 愛してる まりいー
続いて届けられる花束には それぞれカードを添えた
ー さあ どうする まりい?
ー駄目なら 一言「大嫌い」それでいい
君の前から完全に姿を消すよ
準備はできてるー
電話がかかってきた
「何よ 何よ これ 今 何処よ バカ ツマコ」
半分 涙声だ
「君の家の前にいる」
ほどなく玄関の扉が開き
まりいが駆けてくる
「ば ばか 馬鹿たれ」
「なんで なんで オカマになったりゲイ・バーのママになったり
他のコと付き合ったりするのよ
そりゃドレス似合うけど」
「言われてみれば 幾らまりいが物好きでも こんなアタシを好きになれるはずなかったんだわ
ごめん 今の忘れて
なかったことにして」
くるりと背中を向ける
その背中に飛び蹴りが入った
「何故ここで オネエ言葉になるのよ
遊ぶなツマコ
ツマコなんて ツマコなんて」
ドンドン背中を殴られる
「キスが違う ツマコみたいなキスは誰もしてくれない
いつもいつも結婚がうまくいかないのはツマコのせいなんだから
他の男はダメなの 全然 ぜんぜん
ツマコみたいには
ツマコがいいの」
力いっぱい どつかれて背中が痛い
なのに笑いがこみあげる
叩かれながらまりいに言う
「ねえ まりい 男の趣味最悪だ」
バン!今度は頭を殴られた
長生きできないかもしれない
「何度も諦めた 他の男と付き合っても ツマコとは違うの」
「まりいを幸福にできる自信がなかった
今もないけどね」
「バッカね 一緒にシアワセになるんじゃない」
と まりいが言う