あたくしには妹がいる
けれど生身の体で現実に会ったことはない
ずっと あたくしは一人だった
座敷に廊下 雨戸の向こうの庭
あたくしの世界は そこまでだった
世話をしてくれる老女はいたましげに あたくしを見るばかり
あたくしは夢の中で 女の子をよく見た
いつか昼間でも その女の子を見ることができるようになった
世話をしてくれる老女は 少しずつ一緒にいてくれる時間が長くなり あたくしに色々教えてくれ始めた
字を書くこと 読むこと 縫い物
食べる物を作ること
花を育てる 野菜を植える
身支度の方法
鏡に写る姿を見て あたくしは 自分が夢の中に出てくる少女と似ている いえそっくりなことを知った
あたくしの世話をしてくれる老女は名前をきぬと言った
外の世界のこと 普通の暮らしをする人々のことを きぬは教えてくれた
やがて堰を切ったように きぬが知る限りのことを教えてくれた
あたくしが人間になれたのは 人間でいられたのは きぬのおかげだった
でなければ 淘汰される異形になり果てていただろう
きぬもまたあたくしと同じ双子で きぬの姉妹も幽閉され育った
きぬはこうしたことを止めたいと思っていたのだと言う
ただ あたくしのように隔離されて育つ者は 悪い方へ流れる者がいる
負の力
簡単に「化け物」と呼ばれている
彼らは一族を恨み呪った
無理もないのだが
元は同じ者達は 守る側と呪う側に分かれる
厄介なのは 呪う側が力強く 守る側も取り込まれてしまうこと
きぬは言った
「マツエ様を呪ってはいけません」
同じに生まれてきて両親の傍で暮らす姉妹
あたくしはマツエを妹と呼ぶことにした
あたくしには名前も戸籍もない
生まれなかった人間として この場所へ送られた
一族は双子を畜生腹として嫌った
幽閉された子供は 何か能力見せなければ 巫女となる
天変地異がある時は 人柱になる
一族の繁栄の役に立つように
本家 分家 そのようにして続いてきたのだと
いつの間にか 穢れに怯えるようになった
呪いが一族を死に導く
マツエは女学校を出ると 人身御供のように 随分年上の有力者の後妻になることが決まっていた
普通に育った人間も 何らかの形で犠牲を払う
それは普通じゃない
本家の真太郎は 分家のマツエが好きで 二人で土地を離れる
約束ごとは破られた
あたくしにも分かった
何か禍々しい黒いものが 大きな力が二人を追おうとするのが
あたくしは それらを止めようとしてみた
あたくしに力があるのなら 妹を守る為に それらと戦えるだろうか
一族に仇なす何か
昔からのー
あたくしは妹を通して世界を見ていた
きぬは あたくしに一族の守り手となって欲しかったのだ
きぬの姉が預言したから
それでも あたくしが不憫だったと きぬは言った
だから どうせなら 自分が出来ることを 知る限りのことを教えよう
それらをもって あたくしが自分の判断で生き方を選べばよいと
きぬは死んで あたくしに何かが きぬから流れてきた
きぬの中に眠っていた きぬの姉妹の思いも
あたくしはマツエと真太郎と その子供たちを守ろうとした
生身が その場に居合わせずにはー 伸ばしたこの手は届かないーその先へ
攻撃が来た
あたくしだけの力では
守りきれなかった
闇が手を伸ばして来る