じーじー鳴くのはアブラゼミ
かなかな鳴くのはヒグラシ
それからツクツクボーシ ツクツクボーシと鳴くツクツクボウシ
草の中ではキリギリスが鳴いている
夏 子供の頃は どれも聞き分けられた
今は異界にいるように鳴き声を聞き分けられない
あれは 蝉の声か
奥では鳥も鳴いている
さすがにカラスの声は分かるが
麓に車を置き 半時間ばかし歩いて代々の墓に辿り着く
墓地の中央には泉があるが その水は 墓参り以外に使ってはいけない
決して飲んではいけない
生きながら亡者になってしまうのだと言う
生きながらの亡者が どういうものかは よく分からない
墓地の中の泉は死者のもの
盗んではいけないということか
死者の穢れが生きた人間に入ったら
昼だというのに 夏だというのに寒気がする
ぞくり ぞくり
禁忌
もしおかしたら どうなる
後悔するに違いない好奇心
泉の澄んだ水
それは うまそうだ
招くように光っている
鳥だか虫だかの鳴き声がうるさい
ああ 喉が渇く
ひと口 どんな味がするのか ほんのひと口
ダメだ ひと口では足りない
もう少し
ああ 飲んでも平気じゃないか
普通に冷たく うまいぞ
この水は
ーダメだって言ったのにー
ーあんなに大声で注意したのにー
ー・・・に なってしまうってー
気がつくと 虫が寄ってきていた
泉に映るのは 蟋蟀
人としての形は失われ
ああ そうなのか
そうなってしまうのか
納得し
じきに
人であったことも 忘れた