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東熊野街道は、土倉正三郎翁が計画して明治20年に完成した。
現在の国道169号線の原型となり、吉野と熊野を結び、様々な歴史を育んできました。
そんな古の街道の一端を訪ねようと思って吉野の山ん中へ 行ってきました。
場所は、奈良県吉野郡吉野町樫尾、国道169号線の宮滝大橋を渡ってすぐに左へ入り ~ 山の中へ入って行く ~ ~ ~ 川上村との境界あたりで五社トンネルの少し北、短い中山トンネルか?の上へ登って行く感じです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7f/b5/697fd413ece5a3b523527a3d47bbe41f.jpg)
宮滝大橋南詰の道標、これのすぐ先を左折して山の中へ向かう
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/46/66/694592c9118dfd967ca60f5e23896ead.jpg)
小石・枯れ枝・落ち葉の道をトロトロと走る
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/06/38/2603c0fbe72b9fc729f8e9f58da0edf4.jpg)
こんな切り通しを過ぎたら
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/36/74/3ba8c8ecfc010588ffb77f7280131027.jpg)
50Cmほどの自然石の道標
右 さん上 くまの
左 〇〇〇 いせ〇 と書いてある、 〇はくずし文字で分からない
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/65/8f/fa1c53c70dff1c114ef7a633e7e2ec00.jpg)
道標はこの前にある
左は、川上村樫尾地区の水道施設、右は何か? 立派な石碑
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4f/9b/267cc685b20e119a811ee6a52b5814d9.jpg)
背丈以上もありそうな石碑です
「 さん上 くまの 」 方面へ=右へ向かって歩く
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/40/d3/d58efa5bafe041f566a72caa67e38c0a.jpg)
立派な石積みの擁壁
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/47/94/9f0706badcbb4d65af1e9fcdf1fca6b6.jpg)
一応 コンクリ舗装の路面だが、枯れ小枝・落ち葉・小砕石が段々増えてくる
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4d/bf/53fd5b9b96be5ec6731a180a1b1e19fc.jpg)
左は山腹、右は杉林の深い谷
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/30/10/2797d3362c06cecf39bebedaa311a28a.jpg)
山腹の、こんなのがアチコチに現れる
自然石の道標から30分余歩いたら、少し規模の大きい樫尾地区の水道施設、その後ろに滝が流れ落ちている
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/22/6f/5f221a9a8b05233175efe6b95482409f.jpg)
蝉の滝 落差10mほど、超清流である
地元の人に話によれば、松尾芭蕉がここを訪ねてるが、句を詠んでないのか? 句の石碑も何もない
さらに山奥へ向かって歩く
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/70/d6/a29a4e62880ebcc336cb1e8660153e56.jpg)
山の斜面に巨大な石が鎮座?
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/34/2f/c31f4f64a832f36b670247fdb79ef2cb.jpg)
岩の間を縫って清流が流れる
もう少し奥まで歩くが、古の街道らしき痕跡は見当たらない、自然石の道標から70分程歩いたが、どうも古の街道じゃない感じだ、引き返す
引き返す途中で、山仕事をしてる人がいてたので、尋ねたら、やっぱり間違ってた、今まで歩いてたのは単なる林道だった!
蝉の滝のことも、この人に聞いてわかったのだ
東熊野街道は、この山の稜線を通ってるとのこと、
自然石の道標からすぐの所を山の中へ入って稜線を通るのが 「 東熊野街道 」 とのこと、 来た道を引き返す
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/26/7ddb0bbabe63f11723b58b6d9d374fa3.jpg)
ここが古の東熊野街道入口
自然石の道標、立派な石碑のすぐ右が、入口だった、
10分程歩いてみた、彼落ち葉・枯れ小枝が満載で、ほとんど歩いた痕跡は無い
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/02/f3/6c56f37a5ddaca12fd2896d2d57c623f.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/78/bd/6bdfb88ff99773c61f4c490bdecfebe5.jpg)
古の東熊野街道はこんな杉林の中を稜線に向かって登ってゆく
3時間弱、吉野の山の中を徘徊 して、本日分の体力はほとんど使ってしまった、
「 古の東熊野街道 」 の入口は分かった、また元気な時に歩きに来よう、・・・ と 引き返す。
駐車地へ戻って ~ 宮滝大橋南詰へ向けて林道を下る、国道の下に廃屋らしきのが見えた、国道からは見えないが、林道から下に見える
建物は2軒、いづれも見捨てられてからかなりの年月が経ってるようだ
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/38/be/2e957fd9fb80c7bac69b3ac82f483ab5.jpg)
この家は捨てられて? からかなりの年月だろう、朽ちて傾いて屋根には苔や枯れ落ち葉が積もってる
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/05/b7/9244805db695395bb0f73b46c44b96d3.jpg)
この家はまだ朽ちてないが、住んでる形跡は全くない、間もなく朽ちてゆくのだろう
現在の国道169号線ができるまでは、東熊野街道へ通じる入口だったろうに、今は捨てられて、ただ朽ちてゆくのに任せるだけ・・・ 移り行く時代の趨勢はいかんともし難いものです・・・
東熊野街道は、土倉正三郎翁が計画して明治20年に完成した。
現在の国道169号線の原型となり、吉野と熊野を結び、様々な歴史を育んできました。
そんな古の街道の一端を訪ねようと思って吉野の山ん中へ 行ってきました。
場所は、奈良県吉野郡吉野町樫尾、国道169号線の宮滝大橋を渡ってすぐに左へ入り ~ 山の中へ入って行く ~ ~ ~ 川上村との境界あたりで五社トンネルの少し北、短い中山トンネルか?の上へ登って行く感じです。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7f/b5/697fd413ece5a3b523527a3d47bbe41f.jpg)
宮滝大橋南詰の道標、これのすぐ先を左折して山の中へ向かう
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/46/66/694592c9118dfd967ca60f5e23896ead.jpg)
小石・枯れ枝・落ち葉の道をトロトロと走る
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/06/38/2603c0fbe72b9fc729f8e9f58da0edf4.jpg)
こんな切り通しを過ぎたら
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/36/74/3ba8c8ecfc010588ffb77f7280131027.jpg)
50Cmほどの自然石の道標
右 さん上 くまの
左 〇〇〇 いせ〇 と書いてある、 〇はくずし文字で分からない
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/65/8f/fa1c53c70dff1c114ef7a633e7e2ec00.jpg)
道標はこの前にある
左は、川上村樫尾地区の水道施設、右は何か? 立派な石碑
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4f/9b/267cc685b20e119a811ee6a52b5814d9.jpg)
背丈以上もありそうな石碑です
「 さん上 くまの 」 方面へ=右へ向かって歩く
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/40/d3/d58efa5bafe041f566a72caa67e38c0a.jpg)
立派な石積みの擁壁
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/47/94/9f0706badcbb4d65af1e9fcdf1fca6b6.jpg)
一応 コンクリ舗装の路面だが、枯れ小枝・落ち葉・小砕石が段々増えてくる
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4d/bf/53fd5b9b96be5ec6731a180a1b1e19fc.jpg)
左は山腹、右は杉林の深い谷
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/30/10/2797d3362c06cecf39bebedaa311a28a.jpg)
山腹の、こんなのがアチコチに現れる
自然石の道標から30分余歩いたら、少し規模の大きい樫尾地区の水道施設、その後ろに滝が流れ落ちている
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/22/6f/5f221a9a8b05233175efe6b95482409f.jpg)
蝉の滝 落差10mほど、超清流である
地元の人に話によれば、松尾芭蕉がここを訪ねてるが、句を詠んでないのか? 句の石碑も何もない
さらに山奥へ向かって歩く
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/70/d6/a29a4e62880ebcc336cb1e8660153e56.jpg)
山の斜面に巨大な石が鎮座?
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/34/2f/c31f4f64a832f36b670247fdb79ef2cb.jpg)
岩の間を縫って清流が流れる
もう少し奥まで歩くが、古の街道らしき痕跡は見当たらない、自然石の道標から70分程歩いたが、どうも古の街道じゃない感じだ、引き返す
引き返す途中で、山仕事をしてる人がいてたので、尋ねたら、やっぱり間違ってた、今まで歩いてたのは単なる林道だった!
蝉の滝のことも、この人に聞いてわかったのだ
東熊野街道は、この山の稜線を通ってるとのこと、
自然石の道標からすぐの所を山の中へ入って稜線を通るのが 「 東熊野街道 」 とのこと、 来た道を引き返す
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/74/26/7ddb0bbabe63f11723b58b6d9d374fa3.jpg)
ここが古の東熊野街道入口
自然石の道標、立派な石碑のすぐ右が、入口だった、
10分程歩いてみた、彼落ち葉・枯れ小枝が満載で、ほとんど歩いた痕跡は無い
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/02/f3/6c56f37a5ddaca12fd2896d2d57c623f.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/78/bd/6bdfb88ff99773c61f4c490bdecfebe5.jpg)
古の東熊野街道はこんな杉林の中を稜線に向かって登ってゆく
3時間弱、吉野の山の中を徘徊 して、本日分の体力はほとんど使ってしまった、
「 古の東熊野街道 」 の入口は分かった、また元気な時に歩きに来よう、・・・ と 引き返す。
駐車地へ戻って ~ 宮滝大橋南詰へ向けて林道を下る、国道の下に廃屋らしきのが見えた、国道からは見えないが、林道から下に見える
建物は2軒、いづれも見捨てられてからかなりの年月が経ってるようだ
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/38/be/2e957fd9fb80c7bac69b3ac82f483ab5.jpg)
この家は捨てられて? からかなりの年月だろう、朽ちて傾いて屋根には苔や枯れ落ち葉が積もってる
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/05/b7/9244805db695395bb0f73b46c44b96d3.jpg)
この家はまだ朽ちてないが、住んでる形跡は全くない、間もなく朽ちてゆくのだろう
現在の国道169号線ができるまでは、東熊野街道へ通じる入口だったろうに、今は捨てられて、ただ朽ちてゆくのに任せるだけ・・・ 移り行く時代の趨勢はいかんともし難いものです・・・