【風向計】:誰のための医学界か 水俣支局長 河合 仁志
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【風向計】:誰のための医学界か 水俣支局長 河合 仁志
またしても亡霊のように顔を出してきた-。5月1日に公式確認から63年となる水俣病の患者、被害者支援に長く取り組んできた人々から、こんな声が漏れている。水俣病を取り巻く医学界のことだ。
水俣病を巡る国家賠償請求訴訟で被告の立場にある環境省の依頼を受け、日本神経学会が異例の「見解」を作成していた。発症までの期間を「数か月からせいぜい数年」とするなど、従来の国側主張を追認する内容だ。学会内にも異論があり、確定判決でも判断が割れているのに、「秘密裏に協議が進められ、科学的な根拠も示されていない」(会員)と批判が出ている。
学会は実際、現場の医師に意見を聴くこともなく、2017年秋に一部の会員でワーキンググループを組織した。まとめた「見解」は翌18年に環境省に伝達し、国は以降、これを複数の同種訴訟に証拠提出し、自らの正当性を裁判所に訴えている。
「現地を知らない人間が、医学的な根拠もなしに対社会的な考慮だけで示した」。今回の学会対応への批判ではない。1977年、当時の環境庁が新しい認定基準となる判断条件を示した際、患者団体のリーダーだった故川本輝夫さんが語った言葉だ。
今も受け継がれ、被害者側から「問題の根源」と指摘される認定基準は、環境庁が設置した認定検討会が策定した。メンバーは熊本、鹿児島、新潟各県の認定審査会委員と熊本大医学部の学識者ら15人(後に17人)。当初から川本さんらは「患者切り捨てにつながる」と問題視していた。
73年の患者と原因企業チッソの補償協定締結後、申請者が急増し、チッソの経営問題が浮上した。補償額の拡大を懸念する政府内から「認定基準を厳しくしろ」の声も上がっていた。公害研究の第一人者で大阪市立大の宮本憲一名誉教授(89)は「(政府は)患者が2千人までなら何とかなると考えていた節がある。『基準を変えたから大丈夫』と漏らした検討会メンバーもいた」と明かす。本来は患者を救う側の医師らが「政治経済的な圧力に屈した」とも。
認定基準は医学的なのか。40年来の問いに対する明確な答えと根拠が示されない限り、被害者側の「国が学会の権威を利用し、学会は御用学者の集まりに成り下がった」との批判は収まるまい。今回の「見解」に関し、日本神経学会はワーキンググループの陣容を明らかにしていない。
福岡高裁では8日、国がこの「見解」を最初に証拠提出した、国賠訴訟の被告側証人尋問が始まった。
=2019/03/09付 西日本新聞朝刊=
元稿:西日本新聞社 朝刊 主要ニュース オピニオン 【風向計】 2019年03月09日 10:58:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。