パンデミックを収束させる救世主となるのか。新型コロナウイルスのワクチン接種が英国に続き米国でも始まります。日本も年度内の開始を目指しています。初の実用化となるmRNAワクチン。未知の不安、副作用への心配から陸上女子1万メートルの代表に内定した新谷仁美選手(32)は「正直、受けたくないと思っている」と打ち明けています。1990年代からコロナウイルスを研究している東京農工大の水谷哲也教授(ウイルス学)に聞きました。【中嶋文明】

新型コロナワクチンの比較                  新型コロナワクチンの比較

新型コロナワクチンの副作用

   新型コロナワクチンの副作用

英国、米国で接種が始まったファイザーのワクチン             英国、米国で接種が始まったファイザーのワクチン

 -2月にワクチン開発が始まって、10カ月で接種開始です。ワクチンが認可されるまで麻疹(はしか)は9年、ポリオ(小児まひ)は20年、子宮頸(けい)がん(ヒトパピローマウイルス)は25年かかったと聞きました。早過ぎませんか

 水谷教授(以下水谷) 異例です。開発着手から承認まで10年ぐらい、少なくとも数年は要するのが一般的です、コロナでは2002年11月に発生したSARSのとき、実験レベルではワクチンはできたんですが、03年7月には終息していますから、作っても売れないとメーカーは乗り出さなかった。今回は最初から売れると踏んでいるから(笑い)。全世界の6割に行き渡らせると、すごい金額になるはずです。

 -ファイザーは1回2000円で2回接種だから、4000円×78億人×6割で18兆7200億円です。有効性についてファイザーは95%、モデルナは94・1%と発表しました。インフルエンザのワクチンは30~60%と言いますね。高くて驚きました

 水谷 インフルは型別で、A型にはHとNの組み合わせでH1N1からH16N9まで144種類の亜型があります。ワクチンは流行しそうなものを予測して作られますが、組み合わせがいっぱいあるから効かないものもある。新型コロナは単一型なんです。だから効きはいいと思います。

 -デンマークのミンク農場で変異したウイルスが見つかり、12人が感染したというニュースがありました。変異しても大丈夫ですか

 水谷 ワクチンを接種すると中和抗体ができてウイルスをブロックするわけです。抗体は1カ所だけでなく数カ所にできますから、(変異で)1つが効かなくなっても他のものは効く。だからあまり神経質に捉えない方がいいと思います。変異しすぎると、ウイルスも困るんですよ。ウイルスが細胞表面のレセプター(受容体)にくっつくところが重要で、ここが仮にむちゃくちゃ変異すると、くっつけなくなってしまう。ウイルスが変異するのは当たり前です。でもあまりにも変異し過ぎると、ウイルスが感染できなくなってしまう。100年後とかには、もっと変異しているかも分からないけれど、数年ぐらいならほどほどの変異だからワクチンは効くと考えていいと思います。新型コロナが単一の型であるというのは重要なんです。

 -mRNAワクチンは初めての実用化です。治験の期間が短いし、半年後、1年後にどうなるのか分かっていません。外国の世論調査を見ると、フランス国民の59%、アメリカ国民の40%が「接種したくない」と答えています。副作用を心配している人は多いと思うのですが

 水谷 理論的にいうと、大きな副作用はないと思います。mRNAワクチンというのは基本的にはmRNAだけなので。

 -ウイルスを投与するわけではないから

 水谷 そう。ワクチンとしてはむしろ安全じゃないかなと思う。ファイザーとモデルナは3万~4万人の規模で治験をして、それが止まっていないということは悪くはないと思います。 

 -加藤勝信官房長官が「俺は打たねーよ」と漏らしたという話が週刊誌に出て話題になりました。会見では「さまざまな情報を勘案して適切に判断していきたい」と話していましたが

 水谷 妊婦さんが打ちたくないというのは分かるんです。小さな子どもを持つ親が自分の子には少しでも副作用を出したくないという気持ちも分かるんですが、その他の成人が何を心配しているのか分からないんですよ。事故が起これば治験はストップします。冷静に考えれば、恐れるようなことはないんじゃないかと思うんですけど。

-ファイザーは来年末までに6億5000万人分、モデルナは2億5000万~5億人分を製造する予定です。今後、さまざまなワクチンが出てくるとしても、世界の6~7割(47億~54億人)に行き渡って集団免疫ができるまでパンデミックは続きますか

 水谷 そうです。自国の感染を抑えながら外からは入れないということが続くと思います。どうしても開発した国やお金のある先進国が優先になりますから、途上国、貧しい国にどうワクチンを普及させるか、解決しなければいけない問題です。

 -東京オリンピック(五輪)・パラリンピックはワクチンがまだ十分でない段階での開催です。選手や関係者のワクチン費用は国際オリンピック委員会(IOC)が負担するとバッハ会長は言っていますが、観客はどうですか。政府は外国人の観客に対して入国後14日間の待機をなくして、交通機関の利用も制限しない方向で検討していますが

 水谷 海外渡航時のワクチン証明として狂犬病がありますが、有効で重要です。ワクチン証明は考えていいと思います。

 ◆mRNAワクチン 

 タンパク質の設計図となるmRNA(mはメッセンジャー、RNAはリボ核酸)を使って、体の中にウイルスと同じ配列のタンパク質を人工的に合成し、免疫反応を起こす。ウイルスを培養し、不活化(感染性をなくすこと)して投与する従来のワクチンと違って、ウイルスは使わない。コロナウイルスの表面にあるスパイクタンパク質の配列が分かれば作成でき、開発スピードが早い。モデルナは2月末には治験用ワクチンを出荷している。ただ、壊れやすいため、保管には超低温の冷凍設備が必要。

 ■審査簡略化へ

 ファイザーは近く厚労省に使用許可を申請する予定です。海外で開発されたワクチンは国内でも治験され、安全性、有効性を確かめて承認されるまで普通、数年かかりますが、今回は海外のデータを参考に審査を簡略化する「特別承認」が適用される見通しです。厚労省は本年度中の接種開始を目指しています。

 政府はファイザーから1億2000万回分(6000万人分)、モデルナから5000万回分(2500万人分)、アストラゼネカから1億2000万回分の供給を受ける契約を結んでいます。改正予防接種法が成立し、接種費用はすべて国の負担。無料で受けられます。国民はワクチンを接種する努力義務がありますが、強制ではありません。

 厚労省は零下70度で保管できる冷凍庫を3000台確保しましたが、保管の難しさから接種できる施設は限定され、集団接種も行われそうです。

 ◆中嶋文明(なかじま・ふみあき)

 81年入社。ワクチンといえば、今は小中学生も希望者が医療機関に行って受けますが、昔は保健室に並び、注射器は使い回しの集団接種でした。使い回しが終わったのは88年です。ワクチンの思い出から年代が分かることは多くて、種痘の廃止は76年。夏場は右の二の腕に痕があるかないかで40代後半か前半か分かります。