「桜を見る会」を巡り政治資金規正法違反の罪で略式起訴された安倍晋三前首相の配川博之公設第1秘書(61)は、農協に勤めていた青年期から晋三氏や父・故晋太郎元外相を支援してきた。「忠誠心が高く、安倍家のためなら何でもやる人」(元後援会幹部)。番頭役の「筆頭秘書」に上り詰めて地元・山口の実務を取り仕切り、金庫番でもあった。

 桜を見る会の地元参加者は当初数十人だったが、配川秘書の差配もあり、数百人規模に膨れあがった。ある事務所関係者は、普段から晋三氏とこまめに連絡を取っていたと証言し「夕食会の穴埋めを独断でできるだろうか」と首をかしげる。

 後援会関係者は「金銭問題で足をすくわれないよう、少人数の会合でも会費を取っていた。慎重な仕事ぶりで安倍夫妻も信頼していた」と話す。

 山口県の旧秋芳町(現美祢市)の出身。休日に実家の庭木を刈り込んだり、田んぼを手入れしたりする姿が見られる。近隣住民は「柔和な性格」と口をそろえるが「どちらが首相かと思うような態度を取ることもあった」と語る知人もいる。

 1978年に地元の高校卒業後、農協に就職した。中選挙区の時代。旧山口1区で晋太郎氏は故林義郎元蔵相と「一票を争う猛烈な選挙をしていた」(自民党国会議員)。配川秘書は若手支援グループの一員として、20代から晋太郎氏や後継と目されていた晋三氏の支持拡大に奔走した。当時を知る人は「誰よりも熱心だった」と振り返る。

 晋太郎氏は91年に死去。代替わり前後に晋三氏の秘書になり2002年ごろ筆頭格に。07年の首相辞任後は頻繁に山口で小さな集会を企画し、再登板に向けて支えた。

 19年参院選では広島入りし、晋三氏が後押しした参院議員河井案里被告(47=公選法違反罪で公判中)の陣営と行動を共にした。陣営関係者によると、晋三氏が広島市で応援演説した際、多くの聴衆が集まったのを見て、感極まって涙を流したと話していたという。(共同)

 元稿:日刊スポーツ社 主要ニュース 社会 【話題・東京地検・政治とカネ・安倍首相主催の「桜を見る会」を巡る一連の疑惑】  2020年12月24日  11:15:00  これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。