【社説①】:3・11から12年 リアルな感覚で防災を
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:【社説①】:3・11から12年 リアルな感覚で防災を
専用のゴーグルを着用した子どもたちから驚きの声が上がりました。教室前の見慣れた廊下が、みるみる白煙に包まれたからです。視界はさえぎられ、歩くことができません。
しゃがむと煙が薄くなることに気付いた子が姿勢を低くして、前に進みます=写真(上)。
「3・11」を前に、東京都三鷹市立高山小学校で五年生の百八十人ほどが参加した防災訓練のひとこまです。ゴーグルには板宮朋基神奈川歯科大教授(画像処理学)が開発した拡張現実(AR)のアプリが使われています。ゴーグル越しの風景に、充満した煙の映像が重なり、火災に直面したような体験ができるのです。
高山小では毎月、避難訓練をします。全員が避難し、無事を確認するまで当初は五分近くかかりますが、訓練を重ねると三分半に短縮できるそうです。吉村達之校長はさらにAR訓練を四年前から始めた理由を「よりリアルな感覚をもってほしいから」と語ります。
いずれ来るとされる南海トラフ地震や首都直下地震に向け、われわれに求められるのは、まさにこの点です。現実に起こり得ると考え、平時から、いかに想像力を働かせ、備えられるか。東日本大震災や阪神大震災では津波や建物倒壊のほか、各地で火災が発生しました。火災の犠牲者の多くは煙を吸い込んだことによる中毒や窒息死です。煙は炎より速い秒速三〜五メートルで上昇し室内に充満します。
◆走って逃げられない
AR訓練を終えた子どもたちは「周りが何も見えなかった」「口をふさぐためのハンカチを常備するべきだ」などの感想を口々に。煙からは走って逃げられないことを実感として学んだようです。
浸水訓練もありました。校庭にタブレット端末をかざすと、自分たちの胸まで水につかった映像が見られます。わが身に迫る漂流物の現実感に悲鳴も上がりました。
さて、ここからが本番です。会議室に場所を移した子どもたちに先生は問いました。登下校時や外出時、就寝時に地震が来たら、どんな行動をとるべきですか。「怖さ」を体感した子どもたちの目はいつにもまして真剣です。
話し合いの輪に「みたかSCサポートネット」のメンバーが加わり、助言していました。東日本大震災時、三鷹でも震度5弱の揺れがありました。師橋千晴代表理事によると、ちょうど保護者会の日で、児童を先に帰していました。親は皆、心配でならなかったと言います。その体験からサポートネットを立ち上げ、地域や学校で防災訓練や防災教室のコーディネーター役を担っています。
小学校低学年なら、いかに自分の命を守るか、高学年や中学生になると、地域の担い手としての自覚を持ち、「共助」の視点を育めるよう、支えるそうです。防災・減災は地域や社会全体で取り組んでこそ、より真価を発揮します。
高山小の訓練に協力した一般社団法人、拡張現実防災普及(ARB、東京)は板宮教授の弟、晶大さんが立ち上げました。これまでに学校や施設、地域など三百カ所でARなどを使った煙や消火、浸水、地震体験を実施しています。
NTTの子会社などは、さらに現実性を高められないかと、人の分身(アバター)がネット上の仮想空間(メタバース)で災害を疑似体験し、いざという時の対応を学べる取り組みを始めます。
東日本大震災の発生から今日で十二年。あの日は、最近街中でめっきり減った公衆電話=写真(下)=に長蛇の列ができました。携帯や一般の固定電話には通信制限がかかったり、停電もあったからです。公衆電話は通信制限の対象外ですし、停電時にも使えます。
◆見直される公衆電話
時の流れは速いものですね。考えてみると高山小の子どもたちは東日本大震災時、生まれていません。各種の調査によると、公衆電話を一度でも使ったことがある小学生は十人中一人か二人にとどまります。皆さんのお子さんやお孫さんは公衆電話の使い方を知っていますか。ちなみにNTTのホームページからは、バーチャルで公衆電話のかけ方が学べますし、わが街のどこに公衆電話があるかを調べることも可能です。
(高山小の訓練の様子をこちらから見ることができます)
元稿:東京新聞社 朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【社説】 2023年03月11日 07:52:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。
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