《社説①》:ウクライナ侵攻と世界 「暗黒時代」招かぬために
『漂流する日本の羅針盤を目指して』:《社説①》:ウクライナ侵攻と世界 「暗黒時代」招かぬために
世界は歴史の分岐点にある。大国が小国を力で支配する弱肉強食の時代に戻るか。どんな国も主権が尊重される共存共栄の道を進むか。ロシアによるウクライナ侵攻が突きつけている。
植民地獲得に列強がしのぎを削った20世紀の二つの大戦は、世界に甚大な被害をもたらした。大規模な空襲は都市を破壊し、罪のない大勢の市民の命を奪った。
戦後、教訓は生かされる。国際法の下に領土拡張主義を否定し、人道主義を尊び、協調主義を重んじる。私たちの時代をかたちづくる国際秩序である。
それを破壊しようとしているのがロシアのプーチン大統領だ。ウクライナの「解放」を名目に侵略し、人道を顧みず、核で威嚇し、国際社会の批判に耳を塞ぐ。
空爆で崩壊した病院、地下鉄の駅で肩寄せ合う避難民、民間人の大量殺りく……。大国による暴力がもたらした現実だ。
◆均衡破れた大国間関係
21世紀の今、これほど残忍な戦争が起きたのはなぜか。
ウクライナは歴史的にロシアと一体だと主張するプーチン氏が、米欧の勢力圏に入ることを力ずくで阻止しようとしたという。
だが、軍事作戦は失敗を繰り返し、米欧の結束を促した。武力の威圧だけで降伏させるのが当初の戦略だったという見方もある。自ら孤立を招き、政治的にも経済的にも苦境に立たされている。
ウクライナを支援するバイデン米大統領は「代償は高くつく」と警告し、経済制裁を持ち出して侵攻を思いとどまらせようとした。
その壁は容易に突破され、全面侵攻を許した。ウクライナが団結して抵抗する中、軍事支援は後手に回り、米国の指導力を疑う声すらあがった。
米露の誤算と失敗は、戦争予防の役割を果たしてきた大国間の均衡が破れ、重心を失った世界の現状を浮き彫りにした。
「ウクライナ後」は見通せない。しかし、危険な状況をそのままにしておくなら、待っているのは背筋が凍る光景だ。
各国が軍備を増強し、核兵器を持とうとする国が相次ぐ。陣地を広げる膨張主義が横行し、小国の主権は奪われる。不信と恐怖が支配する「暗黒時代」である。
強大な国々が群雄割拠する無秩序なジャングルに逆戻りすることはあってはならない。
安定した国際秩序を再構築するのは容易ではないだろう。それでも、いくつかの教訓から新たに取り組むべきことはある。
米国は冷戦後、自国の経済的利益を追求する一方、長引く対テロ戦争に国力を奪われ、世界を安定に導く戦略を欠いた。台頭する中国と復活するロシアのはざまで影響力は低下している。
とはいえ、グローバルな秩序を主導できる国は米国以外に見当たらない。日本などの同盟国や友好国が下支えする必要がある。
◆「協調の秩序」に向けて
本来、世界の安定を担うのは国連である。だが、その中核の安全保障理事会の機能不全は深刻だ。紛争解決に向けた仲介機能の強化や再発防止のためのルールづくりなどの改革が求められる。
多国間の地域的な枠組みの重要性も増すだろう。アジアにも欧州にも安全保障や経済を話し合う場が多くある。重層的に活用すれば、国連を補完する安定装置となるはずだ。
世界の分断はより深まった。大国の中国やインドはロシアを非難せず、米欧の経済制裁に距離を置く。国際規範を重視すると言いつつ実利を優先させている。
だからといって、ロシア側に押しやるのは賢明ではない。戦争の理不尽さを説き、米欧が主導する国際社会のシステムを再認識するよう説得すべきだ。
東南アジアや中東などの新興国や途上国の多くは中立的だ。侵攻を違法と思いつつも、対露制裁で経済が打撃を受けている。
安定した秩序の構築にはこうした国々が不可欠だという認識を大国は持っているだろうか。国際社会が結束して手を差し伸べることが協調を強める。
不信ではなく、信頼に基づく社会。緩やかなかたちでも協調を追求する社会。この目標に近付く努力なしには、安心して暮らせる世界は望めない。
ルールに基づく秩序は普遍的な条理である。戦後、この恩恵を受け、成長を遂げてきた日本が果たすべき責任は大きい。
元稿:毎日新聞社 東京朝刊 主要ニュース 社説・解説・コラム 【社説】 2022年04月30日 02:01:00 これは参考資料です。 転載等は各自で判断下さい。