以下の社説を読み、気づいたことがありましたので、記事にしました。
琉球 砂川事件漏えい 司法の独立放棄は今に続く 2013年4月10日
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-205125-storytopic-11.html
裁判の公正さを保つため、司法権はあらゆる権力の干渉を排し、独立していなければならない。議会、政府などから圧力があっても一切、判断を左右されず、裁判官は独立してその職権を行使する。司法権の独立は近代国家で制度的に確立しているはずだ。…(略)…60年の安保条約改定を控え、米側は強まる反対世論に神経をとがらせ、最高裁ができるだけ早く基地の存在を合憲とする判決を下すよう、圧力をかけていた。 「法の番人」であるはずの最高裁の長官が、米国による司法介入を許す隙を見せ、裁判の当事者よりも前に公判期日を漏らし、評議の秘密を自ら破っていた。 田中長官のあまりに卑屈な対米従属姿勢は、沖縄県民の基本的人権と平穏な暮らしを脅かす米軍基地のありようの源流の一つであり、今に続く現在進行形の問題だ。 嘉手納、普天間の両基地をめぐる爆音訴訟で、裁判所は安保条約に基づいて駐留する米軍機の運用を制限できないとする「第三者行為論」を盾に、米軍基地の運用に口を挟もうとしない。米兵事件の起訴率の低さも歴然としている。 基地被害に苦しむ住民の救済に背を向けた司法の姿は、その独立を放棄した当時の最高裁の姿勢と64年の時を超えて結び付いている。対米従属の闇の深さに暗然とする。(引用ここまで)
沖縄の米軍基地の負担軽減問題が、どのように扱われてきたか、この砂川事件の裁判にみる憲法の番人である最高裁長官の「卑屈な対米従属姿勢」問題をとおして、見えてくる問題があります。
それは、「主権回復」記念式典に関する以下の記事にみる日米軍事同盟の歴史認識の問題です。概略を掲載しておきます。
神奈川 主権回復の日 沖縄の歴史学ぶ機会に 2013年4月10日
http://news.kanaloco.jp/editorial/article/1304100001/
政府は沖縄の存在をどう認識しているのだろうか。はたして日本の大切な一部と思っているのだろうか。28日に開こうとしている「主権回復の日」の記念式典を前に、こんな疑念を抱かざるを得ない。……同条約が発効した日が、国家としての独立の節目であることは事実だ。しかし、日本に米軍が駐留することなどを定めた日米安保条約も同時に発効した。結果として沖縄は米軍の統治下に置かれた。…(略)…国内に歴史認識の違いが厳然として存在する現状から目をそらしてはなるまい。 沖縄に負担を強いながら平和を享受している沖縄県外の国民にとっても、この日を祝うべきではないのでは、というためらいはあろう。…(略)…現在も、米軍のオスプレイ飛行訓練の強行や普天間飛行場の移転問題など、日米安保体制のひずみを押し付けられている。 言い換えれば、沖縄県は日米関係の負の部分の多くを担わされてきたといえよう。4・28を、米国による占領や沖縄の犠牲を伴った「主権回復」の歴史をあらためて学ぶ日と位置づけてはどうだろうか。 菅義偉官房長官は、式典への沖縄側の反発に対して「誤解されている」などと発言した。だが沖縄の苦難の歴史に光を当て、認識を深めるという姿勢を抜きにしては、県民感情は収まらないだろう。(引用ここまで)
「対米従属の闇の深さ」「日米安保体制のひずみ」の「歴史をあらためて学ぶ日として位置づける」ことそのものは間違いではないでしょう。しかし、日本で一番米軍基地の多い沖縄と二番目に多い神奈川の新聞の社説が、「日米安保体制」の「対米従属」と最高裁長官の「卑屈な対米従属姿勢」について、どのように改めていくか、ジャーナリズム精神をどのように発揮していくか、憲法の基本的人権思想に基づく新聞のあり方はどうなのか、鋭く問われているように思います。
それは、北朝鮮の「威嚇」を口実にした日米軍事同盟深化論と憲法改悪をセットに考えていけばいくほど、鋭く問われてくる問題と思います。
しかし、以下の社説の正当性を否定するものではありませんが、それにしても現段階において、自民党の「脅威」を口実にした改憲の理由と手続きをセットに捉えたうえで、自民党安倍政権など、改憲勢力の「邪道」について、明確な批判的主張はなされているでしょうか?そのことを新聞・テレビ作成者の皆さんに訴えておきます。
憲法改正の発議 「3分の2」緩和は邪道の極み 2013年03月21日(木)
http://www.ehime-np.co.jp/rensai/shasetsu/ren017201303217214.html
最後に、以下の論文について、紹介しておきます。
この論文を読めば読むほど、日本のマスコミのジャーナリズム精神の欠如ぶりを指摘強調しないわけにはいきません。敢えて強調しておきます。
日米安保条約が、日本国の国家主権を否定し、さらには、国民主権をも否定して米軍駐留を合憲として、国民を分断し、さらにはソ連・中国・北朝鮮の脅威を口実に、抑止力として、正当化してきたこと、そのことで、どれだけの国民が被害を受けてきたか、さらに言えば、どれだけのベトナム・インドシナと、アフガン・イラクの民衆が殺され、傷つけられてきたか、歴史の審判は、日本国民のみならず、国際社会における米軍犯罪として、日米軍事同盟を指弾していかなければならないでしょう。
憲法を擁護しようとする日本国民は、昨今の情勢を踏まえると、そのような視点と歴史認識が、鋭く試されているような気がします。沖縄と神奈川の新聞が基地問題を通して憲法擁護・日米軍同盟廃棄・日米平和友好条約の締結へと、その舵を大きく切り替えていくことを訴えたいと思います。
末浪靖司「アメリカが求める九条改憲の深層」(『前衛』2013年5月号)より抜粋
…一九五二年二月一八日の第一二回非公式会談で岡崎は「日本政府は憲法九条を最終的に改定することを考えているが、それは政府が次の総選挙で勝利し、世論が受け入れてはじめてできることだ」(一九五二年二月一八日、会話覚書、参加者:ラスク、岡崎、西村条約局長ら、極秘)とのべ、九条改憲が実現するまでは密約にすることを要求した。その結果、行政協定第二四条には「敵対行為または敵対行為の急迫した脅威が生じた場合」に「必要な共同措置をとる」と明記された。「必要な共同措置」が日本軍隊を米軍司令官の指揮下におく統一司令部をつくる秘密の約束、すなわち密約であることは、一九五二年七月二四日付マーフィー駐日大使の国務省あて極秘公電により確認された。
岡崎が憲法違反と言われるから密約にしてくれとラスクに泣きついた日米統合司令部は、いま日米共同作戦を取り決めた安保条約第五条のもとで急速に進められている米軍・自衛隊軍事一体化の、占領下における原型ともいうべきものである。
「九条改憲が安保改定の前提」
…安保改定では、米軍が海外の戦闘作戦行動に出撃するための基地提供とともに、日本防衛以外の目的でも、日本が米軍を支援することが問題になった。当然、九条改憲がその前提になる。岸信介は一九五八年一〇月一四日、アメリカのNBC放送に「日本が自由世界の防衛に十分な役割を果たすために、憲法から戦争放棄条項を除去すべき時がきた」と言明した。安保改定後、衆参両院で三分の二以上の議席を確保し、九条改憲を強行するハラだった。…
一九五八年三月二二日、ロバートソン極東担当国務次官補からダレス国務長官へ、覚書、極秘、主題:日米安保条約改定
考慮すべきもう一つの要素は、この安保条約改定草案に、日本国憲法の改定が進展するのに応じて、日本が追加的な軍事的義務を負うことを容認するとまで書くことができるかどうかということである。これは、例えばSEATO協定の表現を手本とすることにより可能となる。そのもとで日本は憲法上の手続きにもとづいて共通の危険に対して行動することを約束するだろう。
一九五八年七月一日、太平洋軍司令官から海軍作戦部長へ、主題:日米安保条約改定、極秘。五八年七月三一日、日米安保約改定に関する海軍作戦部長の統合参謀本部への覚書、極秘
日本は憲法上の手続きに従って、自由アジアヘの侵略に対する集団的安全保障軍事行動に参加するために軍隊派遣の準備をすることに原則的に同意すること(日本国憲法が改定されるまでは、そうした行動が日本当局により合法とは見なされないだろうが)。
…米軍文書のいう「集団的安全保障軍事行動」とは、ここでは、日本に対する攻撃はなくても、日本軍が米軍を防衛して参戦する集団的自衛権の行使と同じ意味で使われている。筆者は太平洋軍司令部文書の調査を重視したが、米公文書館の専門家によると、国防総省の段階で抜かれているものが多いという。
「[憲法に従って]と明記した理由」
現行安保条約は、第三条で「武力攻撃に抵抗するそれぞれの能力」を発展させるとして軍事力増強義務を、第五条で「共通の危険に対処するよう行動する」として日米共同作戦義務を明記している。日米政府とも、これらが憲法九条と両立しないことを承知で現行安保条約に明記したのである。…
「最高裁判決もアメリカ製」
一九五九年一二月二八日、最高裁大法廷は全員一致で、「外国の軍隊は、たとえそれがわが国に駐留するとしても、ここ[憲法第九条第二項]にいう戦力には該当しないと解すべきである」との理由で、米軍駐留は「違憲無効であることが一見極めて明白であるとは、とうてい認められない」と判決した。(安保条約第三条に基づく行政協定に伴う刑事特別法違反被告事件・最高裁判所刑事判例集第一三巻第一三号三一三三頁)
実は、最高裁判決の米軍駐留「合憲」判決のこの理由は、米国務省で一九五〇年三月三日にハワード国務長官特別補佐官が考え出したアメリカ製だった。筆者は米公文書館に保管されている大量のハワード文書を精査することによって、そのことをつきとめた。
米国務省は日本をアジアにおける冷戦戦略の拠点にするために、米軍駐留の「合憲」化に精力的に取り組み、パワードは国務省や国防総省の幹部らと多くの議論を積み上げた後に、一九五〇年三月三日にその“理論”をつくりあげた。国務省もまた、くしくも同じ三月三日に田中耕太郎が最高裁長官に就任したその日から彼をマークし、言動を調査し、あらゆる機会を利用してパイプをつくっていた。
マッカーサーは最高裁判決当日午後六時の国務長官あて秘密公電の末尾にコメントをつけて、「日本の防衛力の引き続く発展にとっても極めて重要である」とのべた。さらに、判決の翌一七日午後六時の秘密公電では「田中最高裁長官の手腕と政治的資質」を最大限の表現で称賛した。安保条約・米軍駐留「合憲」化による対米貢献を称えたのである。
米軍駐留を合憲とした最高裁判決は、いまも最高裁判例として生き、下級審を拘束している。最高裁長官とアメリカ大使の密談から生まれたものであっても、それは最高裁判例として国民を支配している。…(引用ここまで)