つづき
それでは、マスコミが、投票忌避の国民意識を形成していることを示す記事を紹介してみます。以下の記事です。朝日はどのような視点で、この記事を掲載したか、です。それは、朝日のその他の選挙記事を見ると判ります!それも引き続き検証していきます。
まず、有権者の声をあげながら、愛国者の邪論の意見を書いてみます。
1.市内の道路は整備されず、渋滞ばかり。政治家は暮らしを良くすると言っても変わらず、「自分たちの声は届かない」という無力感で選挙から足が遠のいた。
愛国者の邪論
八街市の街づくりはどうなっているのでしょうか?自治会は?こうした日常のドブ板から住民参加が実現していないと意識は変わりません。参政権の一つとしての選挙権の行使は難しいと思います。政治家依存ではなく、「政治家を使う」「政治家に声を届ける」という考え方に立たなければ、永遠に世の中は変わらないでしょう。それにしても「無力感」に陥っているのは、この人の政治的体験もありますが、全国的に行われている国民の政治的体験が伝わっていないことも問題です。勿論政党が、ドブ板政治をバカにするおではなく、住民とともに腐ったドブ板を新しいものに変えていく運動をどれだけやっているか、そこに草の根の意味があります。
2.「入れたからって何してくれる」と言うが、「行かなきゃ変わんない」とも思い始めている。
愛国者の邪論
ここでも「他力本願」的思考が見られます。そうではなく、入れたら、監視するのです。公約どおりのことをやっているか!やっていなかったら追及し辞めさせれば良いのです。或いは次男選挙で落すのです。主人公は住民です。観客ではありません。観客的民主主義は擬似民主主義、偽・エセ民主主義です。これは偽りの世論調査と政局報道に終始して政治が変わるかののようにはめ込んできたマスコミに大きな責任があります。
3.低投票率の理由については「よく分からない。風土と言えばそれまでですが」と市選管の担当者
愛国者の邪論
選管の担当者の問題ではありません。風土の問題ではないでしょうし、有名人や高校生が選挙に行ってくださいと呼びかけるとかの問題ではなく、自分の一票はどのように政治を変えていくか、「実感を持っていないと、投票には行かないでしょう。イロイロ理由をつけて。行かなくても済んでしまう日常があります。自分の日常と政治がリンクできない思考回路が染み付いているのです。でも生活には不満はあるのです。しかし、その不満は政治を変えていってこそ、変えていけるなどとは、思ってもいません。そのような政治的体験がないからです。
それは学校生活か染み付いてしまった体験的意識です、学校では生徒会などがあっても、部活があっても、クラスがあっても、自分たちで作り上げて運営しているというようなものではなく、また受験競争の渦中に貶められているではありませんか?さらに言えば、先生が決めて先生の指示に従って、「校則」に沿って学生生活が行われているからです。君が代・日の丸問題が好例です。先生たちでさえも、自主的思考が剥奪されているではありませんか!大学生にしても然りです。就職活動の際のリクルートスタイルは好例です。
4.日本航空の子会社で正社員として働いていたが、経営悪化で配置転換となり、辞めた。今の職場に来て約1年半。まだ正社員にはなれない。テレビが参院選を採り上げていれば、何となく見てはいる。「でも、雇用は会社の問題という気がして、政治と結びつかない。怒りはない。どうせ変わんないし」
愛国者の邪論
日本航空の解雇問題でたたかっている労働者とどのような関係をもっているか、判りませんが、恐らく、そのような情報は届いてはいないのでしょう?正社員になれない問題は、日本航空の問題であると同時に日経連の日本的経営の原点という問題、それを具体化した自公政権と協力した共産党を除いた「野党」の存在があります。まさに政治的問題です。
しかし、この日経連の方針とそれを受けた自公と野党の動き容認した?マスコミにどれだけの問題を迫っていけるか、全くの想定外でしょう。だからこそ、「どうせ変わんないし」となるのです。日経連の方針に対して、共産党に反対することと労使協調を目的に結成された連合の態度と全労連の対応の違いもあります、こうして労働運動と政党政治まで視野に入れて考えないような思考回路がつくられて日本の政治が展開されているのです。この連合が、原発企業の労働組合として何をやってきたか、具体的に報道されていれば、原発事故や復興や廃炉など、それらの事態はもっと変わったことでしょう!
このことは、限定社員問題にも当てはまる問題です。非正規労働者2千万人、この当事者たちが、以上述べてきた政治と労働運動のカラクリを知った時、どうなるか、です。
5.「子ども2人を連れて行くのも大変。何かが変わるとも思えない。そこまで生活が切迫していないのも事実」 政治不信が拍車をかける面もある。「政治家は責任を取らない。いっそ官僚に任せた方が無駄がなくていい」
愛国者の邪論
「生活が切迫していない」というのは大変良いことです。しかし、自分が切迫していなくても、切迫している人に対してどのような感情を抱くか、そのことも、忘れてはならないことではないでしょうか?東日本大震災で、今もって避難生活を余儀なくされている国民、「沖縄の基地被害に苦しめられている住民、高齢者の独居問題は、認知症問題、生活保護世帯の問題などなど、どのように考えるか、これは人間として当然のことではないでしょうか?
もし関係もないということであれば、また、これが現代日本の当たり前の姿としたならば、これこそ危機的状況と言えます。何故ならば、現在の政治の実態からすれば、いつ何時、自分のところに切迫してくるかという問題があるからです。これは「津波がやってくるとは、思ってもいなかった」感と同じです。
7.以前は投票を欠かさず、09年の衆院選は政権交代に期待して投票。だが、その後の混乱に失望し、昨年の衆院選は棄権した。 不況で正社員の職を失い、3年前から派遣社員として働く。1年半前、物価の安さにひかれて都内から移り住んだが、アベノミクスでじわりと物価が上がる。消費税より生活水準を上げるのが先と切に思う。21日に投票するか、まだ迷っている。「自分の意見が反映される実感があれば」
愛国者の邪論
「政権交代に期待」したという事実が問題です。何故「期待」したのでしょうか?そのことの意味をこそ問わなければなりません。民主党の政策とマスコミの役割、「その後の混乱」の関連です。この方は投票はしたが、その後の「混乱」を傍観していたということでしょうか?本来であれば、自分が支持した「政権」を守るために、行動すべきです。何故ならば、民主党の政策によって生活が改善できると「期待」したからです。
しかし、「混乱」は「期待」から「失望」「諦念」に転嫁してしまった!だから「棄権」!しかし、ここで「期待」を次の行動に繋げていかなければならなかったのです。「正社員」から無権利な「派遣社員」に「転落」してしまったからです。アベノミクシとの対決から変革か、容認か、となります。容認の道は、ワーキングプアの道です。
ところで、この「非正規社員」は、別の言い方をすれば「アルバイト」「フリーター」、昔風に言えば、「臨時工」「季節工」「期間工」「日雇い」です。無権利労働者の氾濫が、経済大国ニッポン、実は貧困大国ニッポンを支えているのです。これも国民が選択してきた政治の結果です。
しかし、そうであれば、別の選択をすれば良いのです。何もしないまま、今日の事態がつくりだされてきたのであれば、今度は自分の行動によって別の事態をつくりだせば良いのです。それ以外の選択があるでしょうか?2000万人の非正規労働者の団結・連帯の「一揆」・「選挙」・「選挙」運動です。
しかし、そう簡単には行きません。それはそれまでの政治的文化的経済的社会的体験、マスコミの振りまくイデオロギーが邪魔をしているからです。では、それらの「政治的体験」はどのようにすれば実現できるでしょうか?
一つは、ドブ板改善運動です。二つは、マスコミを通して情報の共有化です。「情報の鎖国化」からの脱却です。既存のマスメディアからの脱却です。官邸前行動の教訓の普及です。既存のマスコミを凌駕する運動です。分断から連帯・団結の構築です。
そういう意味で、このブログ愛国者の邪論が少しでも貢献できればと思います。
最後に、以上の有権者の声から、判ることは何でしょうか?国民の意識を形成する最大の手段である新聞やテレビの果たしている役割です。ソ連・東欧社会の崩壊、ベルリンの壁崩壊などに、メディアがどのような役割を果たしたか?かつての大東亜戦争遂行に、メディアがどのような役割を果たしたか、を診れば、明瞭です。だからこそ、メディアの批判的検証が必要だと思うのです。国民的メディアをどのように構築するか、それも主権在民主義に基づいていることは周知の事実です。
投票日まで残された時間をどのように使って、安倍自公政権の過半数を阻止していくか、情報の交換のなかで、多くの有権者が投票所に足を運ぶことを願っています。これこそ憲法を活かすことではないかと思います。
衆院選、低投票率の2市を歩く 「変わらない」「生活切迫してない」 2013年7月16日11時37分
http://www.asahi.com/senkyo/senkyo2013/news/TKY201307160075.html
参院選への投票を呼びかけるため、ホームセンターを訪れた買い物客にティッシュなどを配る高校生=千葉県八街市、小玉重隆撮影
千葉県八街市と埼玉県八潮市の地図
【仲村和代】国政選挙の投票率は下がり、昨年末の衆院選の投票率は戦後最低の59・32%だった。参院選の投票日まで、あと5日。投票に行かないのは、なぜなのか。投票率が伸び悩む街を歩いた。
■千葉・八街
落花生の産地として知られる千葉県八街(やちまた)市。昨年衆院選の投票率は50・96%と首都圏で最低だった。 3連休初日の13日。市の選挙管理委員会は、投票を呼びかけるティッシュを大型商業施設で配ったが、受け取らない人も目立つ。 「昔は投票に行ってたけど」というのは、横田節子さん(66)。25年ほど前、都内から移り住んだ。人口は1・5倍に増えたが、市内の道路は整備されず、渋滞ばかり。政治家は暮らしを良くすると言っても変わらず、「自分たちの声は届かない」という無力感で選挙から足が遠のいた。 だが、町が発展しないまま、増税されるのは納得がいかない。夫(69)は「入れたからって何してくれる」と言うが、「行かなきゃ変わんない」とも思い始めている。 八街は明治期に開拓され、各地から人が集まった歴史はある。ただ、低投票率の理由については「よく分からない。風土と言えばそれまでですが」と市選管の担当者は言う。一番低かったのは農家の多い地区で、44・43%。地区役員の男性(61)は「地元の人が出なければ、投票を呼びかけることもない」という。 地元育ちの契約社員の男性(30)も投票にあまり行かない。 日本航空の子会社で正社員として働いていたが、経営悪化で配置転換となり、辞めた。今の職場に来て約1年半。まだ正社員にはなれない。テレビが参院選を採り上げていれば、何となく見てはいる。 「でも、雇用は会社の問題という気がして、政治と結びつかない。怒りはない。どうせ変わんないし」
■埼玉・八潮
同じ衆院選で、市区町村単位では埼玉県内最低の52・15%だった八潮市。隣は東京都足立区で、2005年につくばエクスプレスが開通。都心まで約20分となり、八潮駅周辺に新しいマンションが次々に建つ。 ショッピングセンターにいた主婦田口裕子さん(37)は若い頃に1度、投票したきりだ。「子ども2人を連れて行くのも大変。何かが変わるとも思えない。そこまで生活が切迫していないのも事実」 政治不信が拍車をかける面もある。 「政治家は責任を取らない。いっそ官僚に任せた方が無駄がなくていい」。駅前でバスを待っていた男性(38)は憤りを隠さない。 以前は投票を欠かさず、09年の衆院選は政権交代に期待して投票。だが、その後の混乱に失望し、昨年の衆院選は棄権した。 不況で正社員の職を失い、3年前から派遣社員として働く。1年半前、物価の安さにひかれて都内から移り住んだが、アベノミクスでじわりと物価が上がる。消費税より生活水準を上げるのが先と切に思う。 21日に投票するか、まだ迷っている。「自分の意見が反映される実感があれば」
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■投票機会生かして
〈山田真裕・関西学院大教授(政治過程論)の話〉多くの人は、自分の1票で結果が変わるという実感が持てないのかもしれない。でも、自公政権が衆参のねじれを解消すれば、重要な政策がどんどん動き出し、憲法改正をめぐる議論も本格化するだろう。ひとごとと思っていても、その結果は自分の将来を左右する。入れたい候補者がいなければ、白票という意思表示もできる。政治に関わる貴重な機会を生かしてほしい。(引用ここまで)
つづく