ラジオ放送の寶生流「七騎落」を聴く。
石橋山の合戰に破れた源頼朝は、海路で安房へ逃れる途中、一行の“八人”が祖父為義や父義朝が敗走した時の人數と同じで縁起が惡いと、誰か一人を船から下ろすやう家来の土肥實平に命じ、實平が敵と苦澁の決斷との両方に迫られるなか、息子遠平が下船すると申し出る──
結果的には、頼朝方についた和田義盛の漕ぎ寄せた船に遠平が匿われてゐて父子は歡喜の再會を果たし、また頼朝方の軍勢は二十萬騎に膨れ上がりめでたしめでたし──
そのめでたしの件りが今回の放送で謠はれ、初心者向けゆゑに私も過去に謠ったことも舞ったことも記憶してゐるが、「七騎落」の本當の味はひは、味方の誰が船から下りるか、その生々しい駆け引きの描かれた前半にあると、私は思ふ。
初めに實平から指名された老体の岡崎義實といひ、その岡崎義實から切り返された土肥遠平といひ、まずは「主君への忠勤に励みたいから」を理由に澁ってみせるが、本心ではやはり自分の命が惜しいゆゑの言葉の裏返しに、私には聞こえてならない。
初心者向けの仕舞にもなってゐる實平の歡びの舞は、もちろん息子が助かった氣持ちも含まれてゐるわけで、そこには付き従ふ家来が七騎となってもなほ、験担ぎのためには希少な味方をも減らさうとする身勝手な主君より、血肉を分けた息子の命のはうが勝るとの本音の發露と考へれば、この曲はなかなか初心者向けではない。