「老人タイムス」私説

昭和の一ケタ世代も高齢になりました。この世代が現在の世相をどう見て、考えているかーそのひとり言。

         歌は世につれ、世は歌につれ

2008-08-22 05:27:18 | Weblog
月に二回、区の住区センター(集会所)で開かれる”みんなで歌おう”の会に出て
大声あげ叙情歌や小学校唱歌を歌っている。軽い体操から始まって発声練習を
して約2時間、20数曲歌いまくる。会費はタダなのに参加者は女性4人、男性2
人だけ。その男性のうち1人が交通事故で欠席したため、僕一人が男声。この年
になっても緊張するものだ。

先日は平成の叙情歌を歌った。「涙そうそう」「さとうきび畑」「花」「未来へ」などメロ
ディは聞いたことがあるが、歌ったことはない。譜面をみながら小さな声でついて
いったが恥ずかしい。無理もない。「なだ」が「涙」の意味であるのを初めて知ったぐ
らいなのだからだ。「愛唱名歌」(野ばら社)という歌の本を使っているが、なかなか
よく出来ている。

でも昭和1ケタの少数派の意見を述べさせてもらえば、僕らが子供の頃流行して
いた軍歌が一曲も載っていない。逆に言えば、あの時代の歌は後世に残す歌はな
い。あるいは残してはいけない歌なのかも知れない。だが、僕らの世代にとっては
「海征かば」や「愛国行進曲」「空の神兵」などは一生忘れられない歌だ。

意外だったのは「愛唱名歌」に載っている歌の中で昭和16年、17年の歌が多いこと
だ。「森の水車」「花火」「たなばたさま」「うみ」「里の秋」(16年)「山の歌」「スキー」
「若葉」「田植」(17年)。さすが戦争が激化した18年、19年の歌はない。軍歌一色の
時代だ。敗戦直前には”出て来いミニッツ、マッカサー、出てくりゃ地獄へ逆落とし”と
いう歌さえあった。

歌は世につれ、世は歌につれである。出来るだけ皆が歌えるよい歌を後世に残した
いものだ。