バンビ・わーるど

プラダー・ウィリー症候群の息子「バンビ」を愛し、その成長を見守る母・suzuのつれづれ日記(&ときどき猫だより)

障害基礎年金の申請の話

2023年08月31日 | 親あるうちの子離れ支度
バンビは 4月に20歳になり
障害基礎年金受給の手続きを終え、無事初回の年金が振り込まれたところ。

将来に向けた生活資金の確保は
「親なきあと」の準備の中でも大きな課題で
これについては いずれ別にまとめようと考えているけど
今回は ざっくりと申請にまつわる話をー。


障害基礎年金について基本的なところは
日本年金機構のサイトなどを参考にしてもらえば良いかと思うけど

PWSは 染色体起因の先天的な知的障害なので
生まれた日が 初診日であり、障害認定日。
この辺り、身体や精神(発達障害含む)だと ”いつから” が問題になるけど
そこで悩む必要は(良きにつけ悪しきにつけ)なくて
20歳になったらもらえることになっている。

あと、よく 一般就労しているからもらえない と思ってる人いるけど
確かに収入があれば金額によって支給の制限は生じるけど
最低賃金✖時間 くらいの収入だとまったく問題ナシなんだよね。
日本はなんでも申請主義だから こっちから言わないと
向こうから ”もらえますよ” とは言ってくれないので
ちゃんと調べなきゃ…


で、もらうにあたっては 申請書の他に
医師による診断書 と
本人もしくは保護者による「病歴・就労状況申立書」の提出が必要になる。
(もしかしたら 人によっては他にも必要な書類があるかも)

このフォーマットは 年金機構のサイトからダウンロード可能。
Excelで入力ができるようになっているのでありがたい。

で、診断書は申請の3ケ月以前のものから有効になる。
うちは4月に申請、2月が直近の受診で
そこで受け取るには3ケ月ごとの受診だから その前の11月に
Dr.に年金申請につき診断書作成を依頼しておいた。
D大病院は書類の郵送はしてくれないので、直接取りに行かないとならない。
だからできるだけ受診の時に依頼したり受け取ったりができるように ってことで。

バンビは小学生の時から精神科を受診しているし
D大病院は PWSの患者さんも多数通院していてDr.も慣れているから
スムーズに事が運んだけど
このタイミングで医療に繋がれてないと 本当に大変。

私の知人(PWSではない人も含めて)も
学齢期は安定していて特に服薬も必要ないから 精神科にはかかってなくて
いざ年金申請になって病院探しで手こずった って人が
何人もいる。

まず、どこの病院に行ったらいいかわからないから探すの大変だし
(病院によっては 書いてくれないところもあるらしい)
予約もすぐ取れなかったりするし
初診ですぐ書いてくれるわけじゃないし
(大抵は数か月~半年くらいは通院しないとならないみたい
 そりゃ 初診ですぐは様子がわからないもんね)

だからね
【病院にはつながっておくべし】

PWSでも発達障害でも
学齢期問題なくても、思春期に入って爆発しちゃう例が少なからずあり
そうなってから探して通院させては 大変だから...
何にもなくても 小学校中~高学年くらいからは
かかりつけを持っておいた方がいいのよ。
そりゃ、忙しい中子ども連れて(仕事休んだり学校休ませたりもして)
長い時間待った挙句にほんの短い時間Dr.や心理士の先生と雑談して帰るのって
その時は無駄に思えるかもしれないけど
将来への布石と思ってやっておくべし。
少なくとも年金申請では確実にお世話になるから。

やはり知人で、安定しているお子さんだけに
本人が「自分には必要ない」と受診拒否してしまってる例もあるので
もう学齢期の早いうちから 習慣として組み込んじゃった方が良いと思う。

あ、あと診断書 結構お金かかります。
うちは 1万〇千円。
病院によっても多少違うみたいだけど
知人は大体8000円以上1万円台はかかってるみたい。

高いとは思うけど、診断書結構書くことあるから
Dr.の手間暇考えたらやむを得ないのかも…
(と思って諦めるしかない… 涙)

ちなみにD大病院にはフォーマットを持って依頼しに行ったけど
病院で持っているらしくDr.がパソコンで作成してくれた。


さて、もう1つの「病歴・就労状況申立書」
これは障害者になってから(つまりPWSは生まれてから)これまで
何ができず、何に困難を抱えて苦労してきたか を綴らなくてはならない。

育児の記録って 大抵いつ頃何ができたかを記録していることが多いけど
年金申請は真逆で、何歳で何ができなくて困っていたかを書くわけね。

これがねー、記憶力が良い人はいいんだろうけど
私みたいに右から左に忘れていっちゃう人間にとっては
いや、大変だったんだけど それ何歳の時だっけ? みたいになるから
【育児の困難を年代がわかるように記録しておくべし】
これもほんと大切。

私にとってはこのブログがまさにそれで
あと入学や転校の際に作成したサポートブックやシートも役に立って
昔の私 グッジョプ! ってカンジ。

それらを紐解いて申立書のフォームにびっしり
うちの子 こんなにできないんです、大変なんです
だからお金が必要なんです! と書き記したわけ。

で、実は私は先にこの申立書を作っておいて
それをDr.に渡して 診断書を書いてもらったんだよね。
Dr.は診察記録を元に記載していくんだろうけど
これがあってとても助かる と言われた。

そう言えば 診断書には「重度の知的障害」とはっきり書いてあって
それ見たらちょっと はー、重度ね… と思うところはあったけど
そういう風にして確実に申請が通るように書いてくれたことはありがたかったかな。

まぁそうは言っても、常時介護が必要な程重度ではないので
障害基礎年金は2級 ということで無事支給決定されました。
月額66,250円なり。
(1級の方が重くて金額が多い)
申請から決定通知書が送られてくるまでに3ケ月くらいかかったけどね。
支給は偶数月だからさらに1ケ月以上後になったけど。
合わせて年金生活者支援給付金っていうのが2級だと月5,140円支給される。
つまり合わせて71.390円。

人によってはこの手続きを 社労士さんにお願いしたりもするみたいだけど
当然それだとお金がかかる。
さっきも書いたけど病気やけがによる中途障害だと
初診がいつかとかが問題になるので ややこしいのかもしれないけど
知的障害者は出生日が初診日だから、要領さえつかめば親が書けると思う。
今はネットでもいろいろ指南がされているので
そういうのを参考にするといいよね。


まぁ、そんなわけで障害基礎年金の申請自体は無事に済んだんだけど
問題は 月7万円ちょっとで将来バンビは暮らしていけるのか?
ってことなんだよね。
就労してそこそこのお給料がもらえればいいんだろうけど
PWSは若いうちはともかく一生そういう就労継続ができるのはレアで
やっぱり福祉就労で 月1~2万円、多くて3万円近く
くらいの収入で落ち着くんだろう。

そう思うと 10万円に満たない金額で将来グループホームとかで暮らして
やっていけるのか?
死なない程度に最低限の暮らしはできるかもしれないけど
余暇に回せるお金は?
親が生きているうちは 親がかりとして、親なきあとは?
生活保護を受給する?
でもさー、障害者みんながみんな生活保護を受給したら
国の財政がパンクしない?

てか、そもそも親はいくつまで生きて いつまで子どもにお金を出すのか…
(出せるのか…?)

そういうことが俄然気になってくるわけです。

なので 情報集めて、シミュレーションして、計画立てて
1つずつ実行に移してはいるけど まだまだ道半ば...
いやまだ2合目あたりをうろうろ?
そもそも世の中自体が「親なきあと」については まだまだ過渡期なのかも…

そんな「親なきあと」については 追々
うーん、また場を改めて? 経験を記録していこうとは思ってるけど
はてさてどうなることやら...
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夏の長野旅行

2023年08月12日 | 日々の出来事
 なんと2ケ月以上も放置しておりました…

この間ほんとに ほんとーにいろいろありまして…

でも まぁこのブログは私にとっては日記なので
とりあえず時系列に 書いていこうと思う。


で、毎年恒例 夏の旅行の話。

実は7月中旬にバンビが新型コロナ陽性になり
(1年ぶり2回目)
熱は大したことなかったけど 咳がなかなか抜けず
これは予定していた旅行もあわやキャンセルか… と思ったくらいだったけど
療養期間も過ぎ 咳もなんとか落ち着いて
いざ出発。

今年も長野に行って、宿はハーヴェスト蓼科アネックス。

初日はまず蓼科湖の目の前の「やまなみ」でおいしいお蕎麦をいただき
午後はまずリゾート内のパターゴルフをする予定。

だけどさすが東急リゾート 敷地が広い広い…
たどり着くまでに迷ってぐるぐるしちゃったけど
平日だったこともあり パターゴルフ場には他に誰もいなかった。

毎年言ってるけど、高原でも日なたは暑い


終わってから 私の行きたかった「バラクライングリッシュガーデン」へ
バラはもう終わっていたけど
緑の中を散歩して お茶して ホテルへチェックイン。

夜はリゾート内の「The Roof」でグリル料理。

これも平日だからか、お天気のせいか
お客さんはうちともう1組しかいなくてちょっと寂しいカンジだったけど
お料理は(特にお肉が)申し分なく美味しかった。


2日目は松本まで出て ショートコース。
標高750mくらいあるらしく アップダウンが結構キツくて
ハーフ回るだけでも 汗だくのバテバテ。
奥に見えるのが松本市街

緑が深いせいもあって 3人で何球ロストしたことか…
まぁ 他にお客さんもいないからのんびり回れたと言えばそうなんだけど
持参のお茶を飲み干して、途中自販機もないから水分も採れずに
本当にキツかった…
ゴルフ場の受付のおばさまがくれた自家製の梅干しで何とか疲労回復 w

お昼は 長野の郷土料理(馬刺しとか鶏の山賊焼きとか)を堪能して
オットのお楽しみ・松本城観光へ。

このお城も昔ながらの狭くて急な階段を上り下りしなくちゃならなくて
それはそれは大変だったけど…

バンビの鞄にヘルプマークを付けていたせいか
それを見た警備の方が 「大丈夫ですか?」と声をかけてくれたり
一度対面通行を止めて一方通行にして待ってくれたりしたのが
とてもありがたかった。

平日だったけど旅行客も多くて、特に外国人の方が多かったなぁ…
コロナも明けて 日常が戻ってきてるカンジなんだね。
そうは言っても バンビみたいにまだかかることがあるわけで
油断は禁物なんだけど…

疲れたのでカフェでお茶してたら時間が遅くなり
蓼科に戻って夕飯のはずがちょっと難しくなってしまった。

私は 旅行の時は事前に行動予定は予め決めておき
行き当たりばったりはしないので
こうなるとちょっと困ったことに…

と言うのも 松本あたりは観光地だからかネットで探したお店は
ディナーは前日までに要予約とか 夜はコースのみでお高かったり
というところが多かったんだよね。

なので 適当に洋食のレストランに入って食事して
美味しいのはおいしかったんだけど 1ケ月近く経った今
店の名前もぜんぜん思い出せないという事態… w


さて、3日目。
ホテルをチェックアウトして北八ヶ岳山頂までロープウェイで登る。

ここは坪庭自然園という溶岩や高山植物いっぱいの散策路があるんだけど
ちょっと散歩というにはハードで バンビはバテバテ。

やっと最後に普通の林道に出て 記念撮影。
バンビは縦にも横にも大きくなった… w


諏訪湖近くの鰻屋さん「小林」で おいしいうなぎを食べてから
諏訪大社へ。

これが四社あるうちの下社の春宮の駐車場から秋宮まで歩いたんだけど
暑くて大変で…
もう 観光もそこそこにお土産買って帰路につくしかなかった。

今年の7月下旬は 長野でもとにかく暑かった… というのが
旅の思い出。

まぁバンビが発熱した時はあきらめかけた旅行だったしね。
無事行けただけ良かったけど…

例によって 途中でオットとバンビがケンカになり
車中で大もめで 事故りゃしないかとハラハラした時もあった。
オットは「もういっしょに旅行なんてしたくない!」って怒り出すし…
バンビも疲れてくると 
ちょっとしたことで尖ったというか荒れたもの言いをしたり
しかも それがしつこかったりするので
まぁオットの気持ちもわからなくはないけど
こっちがバンビを理解して対処してやるしかない と何度も
本当に何度も繰り返し伝えているんだけど ダメなんだよなぁ…

まぁ、普通なら もう子供は親離れして
夫婦2人でのんびり出かけるくらいの年齢になったのに
いつまで親子3人で 子どもの希望に合わせながらの旅をするんだろう…
そんなことをつらつらと考える 今年の夏の旅だった。

うん、でもそうは言っても どんなスタイルでも
やっぱり旅は楽しいんだけどね。
コメント (2)
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