バンビ・わーるど

プラダー・ウィリー症候群の息子「バンビ」を愛し、その成長を見守る母・suzuのつれづれ日記(&ときどき猫だより)

構音と構文

2014年03月31日 | 成長記録
バンビはいまでも定期的に(2ヶ月に1回くらいだけど)ST(言語訓練)に通っている。

STの先生が調べてくれたところによると、構音はかなり良くなってきているらしい。
またタ行とザ行がたまに怪しいところがあるようだけど(1音ずつだと言えても、単語になると)
例えば「つくえ」 が 「ちゅくえ」 になったり。(かわいいんだけどね)

でも、認知の方はなかなか...

例えば、3語連鎖。赤い・大きい・靴、黄色い・小さい・帽子
絵カードはこれ→
まぁ、さすがにこれは問題ナシ。

非可逆文 女の子が・りんごを・洗う、お母さんが・バナナを・食べる
絵カード→
これは りんご・女の子・洗う というように
「が」や「を」の助詞がなくても意味が入れ替わっても意味が通じる文はOK。

でも、可逆文 犬がパンダを洗う、パンダが犬を洗う。犬をうさぎが洗う、うさぎを犬が洗う。
絵カード→
これは 助詞の使い方や語順がちゃんと理解できてないと意味が把握できない文で
バンビは この可逆文になると、間違うことがあるんだよねー。
(体調とかやる気とか 本人の状態にもよるのだけど。)


つまり、まだそこまでの認知の発達ということのようで。
”まだ”って言っても、これが年齢と共に成長する子もいれば、ずっとここまでの人もいるらしく
バンビは... まぁ、特に耳からの理解が難しい子 ということなんだろう。

”ボタンを箱に乗せる”の後、”箱をボタンに乗せる”と言われても ボタンを箱に乗せてたり...
視覚的に最初に捉えたものに影響されるとか、一度やった動作に引きずられるとかもあったりもするし。


これをどうにかしてやろうと思っても、脳の構造の問題だから ある意味どうしようもないわけで
本人をどうにかというより、周りがこの子の特性として理解してあげるしかない ってことなんだそう。


だから、学校でもよく先生に「全体の指示で動けてません。周りの様子を見て真似してやってます。」という評価をされるのだけど
それは聞いてないから ではなく、聞いても認識できない ということなんだよね。
だから、わかるように言ってもらうか、視覚でサポートしてもらうかしかない。
(それが特別な支援 のはずなんだけど...)

あと、STの先生によると ”周りの様子を見て真似する”ことは、本人なりの工夫であって
むしろそうできてることを誉めてあげるべきなんだとか。

なので、この件はまとめて新学期に学校の先生に報告する予定。


あと、バンビは例えばSTの先生に「運転手さんが女の人だった。」ってことをすごく伝えようとするんだけど
それだと 聞いてる方はさっぱり意味がわからないわけで
いまだに そういうのがすごく多いんだよね。
「さっき乗ってきたバスの運転手さんは女の人だった。」って言えないと、コミュニケーションとしては成立しにくいから
促したり、引き出したりしつつ 構文の練習も重ねていく必要があるし。


いやー、よくしゃべるようになっても こんなカンジで認知面から見ると課題はいっぱい。なかなか難しい。
でも、これ素人だと(学校の先生でも言語のプロじゃないから)わからないことなので
やっぱりこうやって専門家に定期的にチェックしてもらって教えてもらうことは大事だなぁ と思うな。

メールはこちらまで → yakkoxhs@gmail.com
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

働ける障害者

2014年03月30日 | 社会的自立に向けて
障害児の親の集まりで話していて いつも気になるのは
”我が子の将来の姿がぜんぜん想像つかない...”って言葉。

まぁ確かにどんな人だって 将来どうなるなんてわからないのが人生とは思うけどね。

そして、これは前から書いているけど ダウン症やPWSのような障害は 親の会なんかを通じて成人している人の姿を目にする機会があるし
それにもちろん同じ障害でも個性というか個人差はあるにしても、大体パターンはがいくつかあって
うちの子は何となくこの人と同じようなカンジになるのかなぁ... と想像がつきやすかったりするってことはあるのかもしれない。

それに比べて 他の障害(もっとレアな、あるいはパターン化できない)だと
そういうことは難しいのかもしれないけど。


でもねー、たとえそうでも小学校も高学年になったら もうそろそろ先のこと考えて
ある程度のビジョンを描いて動いていかないとまずいんじゃないのかなぁ って、私は思うんだけどね。

だって、小学校も6年、中学・高校も合わせて同じ6年。
小学校の6年があっという間なら、その後の6年なんて たぶん倍以上に早く感じると思うんだよね。
(これは自分の経験上。たぶんみんなもそうだと思うけど。)

まぁ、支援級・支援学校は 中学生になったらすぐ職場体験とかあるし、いやでも就労のこと意識させられていくとは思う。
だけど、それからじゃ間に合わないことがあるんだよね。

それはこの前の「先輩ママさんの話」にもあったとおり。
それと 興味がある方は、是非これも読んでみてほしい。(特に後半部分)
→ ATARIMAE PUROJECT 作業所さくらんぼ奮闘記 第5回「働くことの意味」
※このサイトはいろいろ勉強になるので、お勧めです。

”将来自立することをイメージし、働くために今、蓄えなければならない力はなにかを考え、子供に能力をつけることが親の役割。”
これ まさに、本当に 私も声を大にして言いたい!

将来をイメージできない親程、わが子は将来働けるものと漠然と考えている ように私には感じるんだよね。
(まぁ、無理もないけど。) 

働けるか働けないかは 障害の重さには関係ない というか、重度障害者だから働けない ということではない。
だけど、働くための力も備わってない人が 働き続けることは難しい。
(それは 障害の有る無しに関わらず な話だと思うけど。)


あとね、これ書いちゃうと問題あるかもしれないけど...

「将来うちの子が働けるような場所を 親が作ってやらないと。」って意気込んでる人の話もよく耳にする。
もちろん、その志自体は素晴らしいと思うし
実際そうやって 作業所を開いたり、親子で働けるような事業を始めたりされてる方もいて素直に敬服する。


でも... 働く場所を作る前に”働ける子”になってるのかな? って思っちゃうことがあるんだよね。



いや別に、働けないのはダメって 言ってるんじゃない。
障害が重い人は 生活介護(生活保護ではなくて実際の支援的な)を受けながら、仕事じゃなくても何かをしながら過ごしたって
それはそれでいいんだもん。

だけど、本人が働ける状況で働かせたいと思うなら、まずは働ける人に育てなくちゃ だし
もしそれができてないとしたら 働く場所を作る方に進んでも...
私としては 何か違和感を覚えるんだよね。
(もちろん障害者全体のために というなら、話はまた別だけど。)


働ける子に育てられるかどうかは親次第 って言っちゃうと、語弊があるかな。
いや できる親もいるけどできない親もいるのよ って言われるかもしれないけど
それはそうだろう。でも、それはそれで仕方ない。
子どもは親が育てたように育つ。
(そこは、障害の種類や重い軽いじゃない と私は思う。)

でも、そこに目をつぶっておいて、やれ権利だの、社会の変革だの言っても始まらない気がする。
もちろん周りの理解は大事だけど、他力を当てにしてばかりいてもダメなんじゃないかな。
いざ環境が整ったとしても結局は当人次第なんだから。


まぁ、人それぞれだから多くは言わないけど。(って、十分モヤモヤ吐き出してるけど)


そもそも 働くって何だろう? 人間 何のために働くんだろうね。

世の中の大抵の人は、収入を得て生活するために働くわけだけど
悲しいかな 障害者は働いて得た収入だけでは生活できないのが現実。

それでも 働きたい と思う気持ちの奥には何があるのだろう。
もちろん、働くことで自分が自由に使えるお金を得られること自体 金額によらず嬉しいものだよね。
それに 仕事を通じて認められたい(良い評価を得たい)、達成感を感じたい、仲間がほしい、
自分は社会とつながっているという実感を得たい etc
働くってことは そういう気持ちを実現すること。
そういう欲求が意欲になるわけで、その気持ちが育ってないと働き続けるって難しいのかなぁ と思う。
その点では きっと健常者も障害者も同じなんだろうけど。

ほんと、ここから先は 親も勉強しないとダメだと私は思う。
障害児はずっと親がかりになるから 親がしっかりしないと。
この「社会的自立に向けて」のカテゴリとして過去に書いたことは 私が学習してきた内容の記録もあるので
自分でも時々振り返って(大事なことなのにすぐに忘れちゃうから)肝に銘じておかないとなぁ と思ったりする。

メールはこちらまで → yakkoxhs@gmail.com
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

25m

2014年03月27日 | 日々の出来事
今日、バンビはスイミングで25m泳ぎました。

一応 クロールみたいなフォームで(笑)
手足はバラバラだけど。
息継ぎも 横ではなく、前に頭を上げるようなカンジになってるし。
それでも、25m 足を一度も着くことなく進めるようになったことはすごい。
頑張ってるなー、バンビ。

前回のことも、最初の挨拶の時に話に出たので 本人にも記憶として残ってたかもしれないけど
そういうのを引きずらないところが バンビの良さでもあるかな。


25mもすごいとは思ったけど、もっと”へぇー”と思ったのは 背面で水に浮いて進めるようになったこと。
背泳ぎというのではなく、ただ水面に寝てるだけでときどき足をバタバタさせてるカンジなんだけど
それだけでゆるゆるーっと進むんだよね。
身体にヘンな力が入ると沈んじゃうから、いいカンジで抜重ができるようになったってことなんだろうなぁ。

たぶん、バンビみたいな子にとっては 身体の入るべきところに力が入らず
逆に力を抜くべきところにヘンな力が入ってしまう ってことが多いんだと思う。
その加減が意識的にはできない というか。

そういう意味では 先生の指導は力を抜くことを重視しているようで
ただ泳ぐのではなく、ビート板を抱えてラッコのように浮くというのを繰り返していた。
それが積み重なって、ビート板なしでも浮けるようになったというカンジかな。

私自身は泳げないので、こんなこと絶対無理。
だから バンビはすごいなーと 単純に思ってしまう。


今日、療育の関係で 内科の先生の定期検診受けたんだけど
”体型維持できていてすごいね。”みたいに言ってもらえて、ちょっと嬉しかった。
(おなかはぽちゃっとしてますが
運動できる身体にしておいて良かったなー。

メールはこちらまで → yakkoxhs@gmail.com
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

パン4個半

2014年03月26日 | 問題行動
以前、お風呂でう○ち事件のことを書いたけど、その後繰り返されることもなく忘れかけていた頃にまた...

その日、私は体調も悪く疲れていて、身体に鞭打つような気持ちで夕飯の支度を始めかけたところだった。
バンビは半日デイサービスで過ごし、帰宅してから一人でお風呂を済ませたんだけど
何故か洗面所からなかなか出てこない。
おかしいと思って様子を覗くと、またまた強烈な臭いが...

見るとゴミ箱の中にティッシュにくるまれたう○ちが。
う○ちが手にも着いて、その手でタオルを触ったらしくタオルにも着いていて という状況に
私も一瞬我を忘れ、バンビを叱りつけてしまった。


バンビは頭ごなしに叱られると、最初は”ごめんなさい”って言うんだけどね。
自分が悪いことしたということ自体は理解できてる。
でも前にも書いたけど、そのうち言い訳が始まり、”やってない”になって、最後は逆ギレする。

で、今回も”間に合わなかったんだよ”と言い始めた。
でも、洗面所収納からティッシュを出してそこにする暇があるなら
トイレに駆け込んだ方が余程早いはず。
うんちをしてしまったこと自体は仕方ないにしても、そのことが私には許せなかった。

まぁ、理解できないことをしでかすのは知的障害者なればこそなのかもしれないけど...


言い訳するバンビに私も腹が立って叱り続けたら
今度は「ママが悪いんだよ! もうイヤだ!出て行って!」と言い出した。完全逆ギレモード。

いつもはそこまで来て、私がこれはいかんと方向転換するんだけど
今回はそれができなくて「わかった、ママももうやってらんないから出ていく!」と応酬。

すると「どうして出てくの?」(←お前が言ったからじゃー!!)
「バンビのご飯は?」(←結局心配はそこだけかい!)


私もいまだかつて罰として食べ物を与えない ということはしたことがない。
PWSにそれをしちゃいけないと思ってるから。
”食べられない”と思った瞬間に、頭の中がそのショックでいっぱいになり
後のことはすべて受け付けられなくなることを知ってるから。

だから、もうご飯を作る気持ちは潰えてたけど
「パンでも食べなさい!」とお皿の上に、パンを1つ出してやった。
で、こっちが必死に汚れものを片付けていると、バンビはさっさとパンを食べ「これじゃ足りないよ。」

さすがに私も心が折れ、パンの袋をテーブルに置いて、ソファに倒れこむように横になった。

「えー、パンだけなの?」ごそごそ、むしゃむしゃ...
「全部食べたらダメだよね?」 むしゃむしゃ、むしゃむしゃ...
バンビの声が聞こえたけど、それには答えず私はそのままうとうとと寝てしまった。


「(成長ホルモンの)注射してよ、ママ。」という声に一瞬覚醒し
「歯を磨きなさい。」と答えてからまた眠ってしまったようで
目が覚めた時にはバンビは既に寝ていて、テーブルの上にはパンの袋が...


そのパンは、パン屋さんで買ってきたばかりの砂糖・バター控えめの白パンで
私の握りこぶしより気持ち小さめのパンが6個入っていたんだけどね。

その袋をテーブルに置いた時、”全部食べるかな?”と思ったし”全部食べちゃってもいいや”とも思った。
バンビがどうするかを一度見てみたいという気持ちがあったかも。


で、結果的には 袋の中には1個半残ってました。
バンビは4個半食べたわけね。

まぁ、確かに食べ過ぎなんだけど、でもパンしか食べてないわけでそんなに「異常」という程の食べっぷりでもないかな。
逆に言うと、そんな味のないパンをよく4個半も食べたなー という気もしないでもないけど。

残してあったのは、おなかがいっぱいになったからなのか
食べ過ぎたら太る あるいは 全部食べたら怒られる ことを恐れてのことなのか...。
その後まだ聞いてないからよくわからないけどね。


時間がたって冷静に考えてみれば
彼も 半日デイサービスで過ごしてゆっくりトイレにいけなかったのかもしれないし
公園でたくさん遊んで運動して疲れていたり、腸の動きが良くなったりもあったかも。
たぶんそんなことが重なって、またお風呂上がりにもよおしてしまった ってことなのかもしれない。
バンビにはバンビの理由なり、原因がいつもあるんだよね。
それに、汚れたものは洗えばいい。そんなに叱りつけなくてもよかったことなんだけど
やっぱり親も心身に余裕がないと、沸点低くなってすぐ着火しちゃう...。


というわけで、やれやれ というか、とほほー な出来事でした。
春休みに入って、またいろいろ非日常なことがあるから、しばらくは要注意なのかもしれないなー。

メールはこちらまで → yakkoxhs@gmail.com
コメント (4)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

親以外の見守り

2014年03月20日 | 日々の出来事
また春休みがやってくるー。

バンビは今回も学童保育クラブのお世話になる予定。
後はデイサービスもあるし。

でも、うちの区は障害児の学童保育利用は小学校6年生まで。
(都内でも自治体によっては、中学生までのところもあるらしいけど。)
つまり、バンビは再来年になったら春・夏・冬の三期の休みに預けられるところがなくなってしまう。

普段は放課後は私も帰宅するから別に見守りの必要性はないんだけど
三期の休みは朝から夕方までになるから、やっぱり1日一人で家で留守番は無理だし
できたとしても、それを週3日じゃかわいそうだもんね。
かと言って、ひとりで外に出すわけにもいかないし。

デイサービスで見てくれれば問題ないんだけど
バンビが今通ってるところは 人数的にいっぱいらしく
休みになったら増やす という対応が難しいらしい。

つまり、三期の休みに週3日預けたければ、日頃から週3日通って
枠を確保しないと無理 ってこと。

でも、普段は他に習い事や療育もあるから、そんなにはデイサービスを利用しなくてもいいんだよなー。
この辺が難しい。

子どもが中学生になったら働けなくなってしまうわけだから、問題としては切実。
他は みんなどうしてるんだろう?

メールはこちらまで → yakkoxhs@gmail.com
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

急に僕になった

2014年03月20日 | 日々の出来事
バンビは昔から自分で自分のことを言うときは名前で言っていたんだけど
それがこのところ急に”僕”を多用するようになった。

「僕も行く!」とか「○○クンと僕がやったんだよね。」 てな具合。

何かね、いっぱし大人な感じがして、ちょっと笑っちゃうような、微笑ましいような
聞いててちょっとこそばゆいような...

誰かのマネなのかなー? 面白いね。

メールはこちらまで → yakkoxhs@gmail.com
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

スイミングで

2014年03月16日 | 日々の出来事
毎週スイミングの指導を受けるようになってから半年近くになり
いつもは終わった後 スッキリした顔で戻ってくるバンビなんだけど
今週に限っては何故か私の顔を見るなりいきなり泣き出した。何があったんだー?

先生によると
だいぶ泳げるようになってきたのでパーツ練習をしようとしたら
自分のやりたいこととは違ったのか、反抗して従わなかったのでちょっと叱ったんです。
そしたら拒否モードになってしまって... という話。

一方、バンビは泣きじゃくりながら「先生が手を引っ張ったんだよー!」と言っている(みたい)。


こーいう時って、正直対応に困る。
私は見学席から様子を見ていたけど、それもずーっとじゃないし、声は聞こえないし
本当はどうだったのか は、よくわからないんだよね。

先生のことはもちろん信頼しているけど、でも先生がバンビのことを完全に理解してくれているわけじゃないだろうし
バンビには不適切な接し方(頭ごなしに指示をするとか?)を 故意にじゃなくしてしまうことだってあるかもしれない。

そういう意味では わがままなバンビが悪い とばかりも言えない面があるかもしれないから
一方的にバンビを叱ることもしたくない。


取りあえず
”泣いていたらわからないから、言いたいことがあるならちゃんと言いなさい。”
”泳げるように教えてもらいに来てるんであって、遊びに来てるわけじゃないんだから
 先生の言うことは聞かなくちゃいけない。”
”このままじゃ、先生もママも困るからちゃんと「さよなら」をしなさい。”は言ったけどねー。

まぁ、バンビも その後雨がすごかったので近所のファミレスで夕飯食べることにして
お店に入った時には もう気持ちの切り替えはできていて
冷静に話をすることができたし、今度先生にごめんなさいを言う約束をすることもできたから良かったんだけど。


先生からは翌日
”頑張ってやっていたのに、最後にあんなことになって申し訳なかった”というメールをもらった。
”次回からはもうちょっと自由に泳ぐ時間を多くしていこうと思います。”とも書いてあった。

でも、私としては そうじゃなくていいと思ったんだよね。
スイミングはもちろん肥満防止の運動として というのと、余暇の充実のためにやってるんだけど
それとは別に 親と離れて他人の指示に従う訓練の場だとも考えているんだよね。
自分のやりたいように、思うようにばかりはできないことを学ぶ場だとも思ってる。
遊びなら 自分でプールに来ればいつでもできることだもん。

だから、先生の指導方針のとおりにお願いします と伝えておいた。
バンビ自身は こういうことを引きずることはないので、また次回のスイミングを楽しみにしているし。


あと、何ていうのかなー。
イヤなことをイヤって言えることも大事だと思うんだよね。

障害者って何かイヤなことをされても、それを他の人に伝えたくてもできない ってことがあって
だから施設で職員に暴力振るわれても周りが気づけないという悲劇があったりするのが現実。
(絶対に許されることではないけど)

思い通りにならないからイヤ っていうのはわがままだけど
イヤなことをされたらイヤって言えないと困るし、そこは難しい。

まぁ、何事も経験かな。場数踏むのも大事なこと。
子どもにとっても、親にとっても。
数を重ねるうちに”こういう時はどうしたらいいか”が 身をもってわかってくるのかもしれない。

メールはこちらまで → yakkoxhs@gmail.com
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

蝶々結びも練習中

2014年03月16日 | 日々の出来事
バスケットシューズの紐が結べず、毎回お世話してくれてる子に手助けしてもらっているバンビ。
先生には”一人で履けるように、家で毎日練習しなさい。”って言われてるんだけど
苦手なことはやりたがらないからなかなか難しくて、いままで私が教えるのをサボっていた。

でも、バンビも春からは5年生。
年下の子に手伝ってもらうことも多くなり(健常児は1年生でも練習すればできるようになるので)
さすがにそれもどうかと思い真面目に練習に取り組むことにした。

ナイフもそうだけど、紐結びも手先が不器用だからなかなかうまくいかないんだけどねー。

オットが 普通の蝶々結びじゃなくて、簡単なやり方を先に教えたら?と提案。
(左右両方に輪を作り、それを結ぶやり方ね。)
自分も最初そうやって教わったと言うので、一瞬そうしようかと思ったんだけど...
でもバンビの場合、一度習ったやり方を後から変えるのはさらに大変なので
最初から一般的な蝶々結びに取り組むことにした。


中学校で支援学級に就学するなら、靴は紐靴(スニーカー)の指定があるらしい。
だから、少なくとも小学校卒業までには紐が結べるようになっておかないと。

先生曰く、就労しても例えば作業所でエプロンしたりすることがあるし
紐は結べるようになっておくことに越したことないんだとか。

取りあえず、バンビの目標は5年生のうちに一人でバッシューが履けるようになること。
あと1年あるから、気長に地道に頑張ることにしよ。

メールはこちらまで → yakkoxhs@gmail.com
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ナイフ練習中

2014年03月16日 | 日々の出来事
療育とかで子ども達が自分でホットケーキ焼いて食べるってことがあると思うんだけど
バンビがまだ小さかった頃は私が一口サイズに切り分けてあげていた。
でも、ある程度大きくなってからは、フォークを使って自分で切って食べるように教えてきた。
なので、今では例えばハンバーグを食べる時も
何も言わなくても自分で切ってから食べるようになったバンビ。

たまに一口サイズに切るまではうまくいかなくて、多少大きいままかぶりつくことはあっても
少なくとも 切って食べようという意識は働くようになったようだ。

こういうことも日々の積み重ね、繰り返し教えないとできないんだよねー。

学校でもホットケーキ焼いて食べてたことがあったんだけど、見てたらほとんどの子が
大人の手のひらより大きいくらいのサイズでもフォークに突き刺してそのまま食べてたし...。

たぶん健常児は大きくなってくると、そういう食べ方が”みっともない”ということを
周りを見て自然に学んでいくんだろうけど
やっぱり障害児はそもそも”みっともない”という感覚をなかなか理解しづらいようだし
周りを見て学習する というのも難しいんだろうな。


で、バンビは今ナイフを使って切る練習中。
まだ刃を90度立てることが難しいらしく、そぎ切りみたいになってしまって苦戦してるけど...。
左手のフォークで押さえて、右手のナイフで切る。
左右別の動きがそもそも苦手だしね。人一倍手先が不器用で、妙な所に力が入るし。
でも、何事も繰り返しやって身に着けるしかない。

マナー良く食事ができるようにすることは大事だし
何より そうやって細かく切ってると時間がかかるので、がっつかなくていいってこともあるもんね。

メールはこちらまで → yakkoxhs@gmail.com
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

心の拠り所

2014年03月16日 | 日々の出来事
ミニバスケのクラブのお別れ会では、グループ別の交流試合あり、フロアホッケーあり。

交流試合は最後に父兄も参加するんだけど、私は去年出ていきなり走ったから途中で気持ち悪くなって...
なので、今年は応援専門。
最初張り切っていたお父さん達も、意気込みとは裏腹に身体が着いてこないのか(中年の悲しさよねー
足がもつれて転ぶ人もいて、みんなで大爆笑。

みんなでお弁当と豚汁をいただいた後は、卒業生・在校生・父兄それぞれが歌を歌い門出を祝福。
帰宅してからバンビが「いいパーティ(?)だったねー、ママ。」と言っていたけど
ほんとに笑いあり、涙ありの和やかで楽しい集いだったなー。

特に、最後の先生の言葉が胸に沁みた。
「学校に合格した とか、うまく行ってる時はわざわざ報告に来なくてもいいよ。
 そういう話は 他からも耳に入るから。
 それより困った時、どうにもならない時に来なさい。」

健常児だって、学校に行かれなくなった、引きこもりになった、警察に補導された etc
いろんなことがあったりするんだよね。
ましてや障害児はこれから先いろんな壁を乗り越えていかなくちゃならない。

子どもに何かあった時、何とかしてやるのは親の役目。
でも、親だってどうしていいかわからない時があると思う。

そういう時、誰か相談できる人がいる、頼れる人がいる って、どんなに心強いだろう。
そういう拠り所があると思うだけで、心が強くなれる気がする。
ありがたいことです。

メールはこちらまで → yakkoxhs@gmail.com
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする