秋麗(あきうらら)

うーちゃんの節約日記です。
不思議だなと思う心、いつまでも忘れずにいたいな

閉業のお知らせ

質店は2021年8月に閉店いたしました。 昭和21年9月創業で75年間にわたりご愛顧賜りありがとうございました。

天地無用

2009-06-09 | 日々是好日
友人が蚊やり草を挿し木で増やしたからと宅配便で送ってくれました。

梱包に苦心して「天地無用」取り扱い注意ってわざわざ書いてくれてます。
でも配送中に揺れたのか土は3分の1ほど外にこぼれてました。

「天地無用」不思議な熟語ですね。
本来は逆さまにしないでねって、天地反転無用あるいは天地混同無用の省略形といわれています。
天地は無用、気にしないでと反対の意味にとられることもありそう。

「無用」には大きく分けて、
1 役に立たないこと・必要でないこと→無用の長物
2 してはならないこと・ある行為を禁止すること→口外無用
3 用事がないこと→無用の者、立入禁止

定点観測5

2009-06-08 | 世情雑感
すでに20階以上が積み上がったマンション、恐ろしげなクレーンまでフレームにおさめるために駅反対側から撮影してみました。
最近クレーンの事故多いから、下を通る時は気をつけてます。

世界を驚かす覚悟がある

2009-06-07 | 世情雑感
サッカーW杯予選ウズベキスタン戦勝ってよかったですね。
時差はあっても夜11時ごろからだったので最後まで見ることができました。

「世界を驚かす覚悟がある」
なんともビックな目標をかかげた岡田監督。
「監督だけが旗を揚げても、あまりに大きすぎるので支えられない。一人、二人、三人と、誰かが支えないといけない。最初に支える一人になりたい」とキャプテンの中沢選手は思ったそうです。

試合終了後のインタビューで、中沢選手はウズベキスタンの猛攻をしのぎきって勝てた直後でもありかなり感極まった様子を見せていて、その思いの強さが伝わりました。

日本チームも格段に強くなったけど、ウズベキスタンは決定力イマイチでしたね。

3月にウズベキスタンを訪れたとき、サッカー場の近くを通ったので撮影しました。
次はアウェー、タシケントで行われるのがわかっていたので、ここだろうかと思ったけれど、昨夜の球場はパフタコル競技場で、画像で見る限りでは違う場所みたい。

ウズベキスタンの少年達はサッカーが大好きなようだった。
街のあちこちでサッカーに興じる姿を見かけました。

 

 
日本では考えられない場所、世界遺産の片隅で壁にサッカーボールを当ててるんだもの。

しかしサッカーゴールを見かけたことはなかった。
ボールの奪い合いはきっと日本のサッカー少年よりも長けているかもしれない。
でも最後のシュートに慣れてないんだろうなとあらためて昨夜の試合で実感しました。
今まで日本選手は決定力がないと言われてきたけど、今回のウズベク戦、相手に決定力なくて、ほんと助かった。

 

世界の質屋★中国

2009-06-05 | シチの目
昨日は天安門事件より20年経過した記念日でした。
あの64天安門事件より少し前の話です。

大阪と上海は友好都市だったので、上海外事外事弁公室(国際業務を行う部署)日本課の方を我が家でお泊めする機会がありました。

その中国からの賓客は日本語はとても堪能で、何度も日本に来られていて日本各地の立派なお家で接待を受けられていたようでした。
「たいてい庭の見える座敷で食事し、飲み物の追加とかがあると主は手をたたいて家人を呼ぶが、ココは婦人が同席していてとても珍しい」

学生時代の友人二人も子連れでコンパニオンとして同席してもらっていました。
いつもと違う日本一般庶民家庭での接待にたいそう驚かれました。
こんな狭い家に外国からの客を呼ぶかというのも予想外だったのでしょう。

そして質屋という業界にも興味をもたれ、
「中国では質屋は人民の敵だ」とも話されていました。

その後何度かの来日の度に連絡があり、上海へもお招きいただいたこともありました。


で、ここから中国の質屋の話に。
日本の質屋の起源は遣唐使に遡るといわれますから、質屋のシステムは中国から渡ってきたと考えられています。

世界で最初に質屋が誕生したのも中国だとも言われています。
西暦5~6世紀の南北朝時代、農民の一時的な貧困を助けるために仏教寺院が物品を担保に短期間だけ小額の金銭を貸し、相応の利息を受け取ったのが質屋の始まりだそうです。
最古の寺庫は南京の招提寺か江陵の長沙寺かで、中国の質屋業は「庶民の頼りの門」として中国庶民の懐を支えてきました。


以下ページから引用させてもらうと
街道背後 海上地名尋踪」同済大学出版社 2008年1月出版 薛理勇 Xue Li Yong

「上海に質屋が誕生したのは今から500年前の明代で、繁盛したのはアヘン戦争後。
質屋は貸付業の1つだが、以前の上海では「特殊商業」として見られていた。
改革解放後、中国は次第に民営あるいは私営の貸付業を縮小させ始め、利率が高い私営抵当ローン機関である質屋業に対しては非常に厳しい制限を設けた。
このため、上海の質屋業は次々に閉業し1958年頃には1軒もなくなった。
質屋の元経営者の多くは「公私合営」の形で様々な「生活用品調剤商店」(上海人は旧貨店、即ち中古物専門店と呼んだ)に転業した。

うちの子供たちが幼稚園の頃、つまり1980年代後半、上海には質屋が存在していない時期だったのです。

1988年9月15日「恒源」という質屋が虹口区塘沽路で営業を開始。
「改革解放後初の質屋の復活だった。
自動車やオートバイ、不動産などの高額商品を担保にし1ヶ月の利息は6~8%の間と限定。
この店の開店を皮切りに、現在上海には様々な質屋が100軒近く営業している」

2002年上海質屋業界同業公会のデータでは、上海には40の質屋があり取引額は10億3400万元。
2007年商務部発表、上半期中国の質屋業界は開業2342社で、資産総額は前年同期比12.7%増の862億元、抵当総額は31%増の441億元。

イラナイ族

2009-06-04 | 世情雑感
またまた週刊誌ネタです。
今日の女性セブン(2009年6月18日号)新聞広告に目が留まりました。

「ブランドに興味なし、物は買わない、出かけない、上昇志向はなく、金は使わず、地味に生きたい
新われらの時代『イラナイ族』が担う日本」

「物欲もなければ金銭欲も出世欲もないという現代の若者。
バブル世代からは信じがたいようですが、右肩上がりの時代は終りを告げ、終身雇用や年功序列もスデに崩壊。
さらに『失われた10年』の次は『未曾有の大不況』中の日本。
身の程にあった生活を選んでも当然かと」


2008年ごろよりメディアで取り上げられるようになった「草食系男子」とかぶるのでしょうか?
協調性が高く家庭的で優しく恋愛に積極的でないらしい。
主に20、30代の若い男性の新世代を指す用語ですって。

スポーツカーにも興味がなければ高級スポーツカーは売れない!
外よりウチが好きなら、レストランだって売上が伸びない!
恋愛に積極的でなければ、孔雀のように飾りたてる必要はない!

経済にも影響を与えているのですね。

丹波ピクルス

2009-06-04 | ケータイ・スマホから
自家製ラッキョウのお返しにプロのピクルスもらいました。
丹波ワインハウスのピクルスは、人参・大根の他に大ぶりな丹波シメジや、たけのこ・アスパラ・タマネギ・ニンニクなど入ってます。
ローリエ・ローズマリーの香草も加味して複雑絶妙なお味でした。