<金曜は本の紹介>
「ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪」の購入はコチラ
「ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪」という本は、年間数百件の労働相談を受けるNPO法人POSSE代表が、その経験からブラック企業がどのように個人に牙をむくのか、個人としてどう対処すべきか、ブラック企業の実態と弊害、ブラック企業への社会的対策について分かりやすく説明したものです。
ブラック企業という問題は、ただ若者がひどい会社から被害を受けているというわけではなく、日本社会にさまざまな弊害を生み出しているということが分かりました。
たとえばブラック企業による影響は、病気になった者の家族がしわ寄せを受け、消費者の安全を脅かし、雇用システムを破壊し、パワハラや長時間労働によって鬱病が蔓延すれば国の医療費負担は増大し、そして少子化が進展すれば市場縮小や長期的な財政破綻の要因ともなり、広がりを持った問題となります。
ではなぜ、最近ブラック企業が存続しえるのかというと、労働市場に大量の若者があふれていていることが原因のようです。
代わりとなる人材が多いことから大量に採用されて選別され、そして長時間労働させられ、残業代が支払われず、使い捨てされているのが現状のようです。
本書では、生々しい実態が具体的に書かれていて、常軌を逸した内容にとても驚きました。
また、生き残るためとはいえ企業が過度な価格競争を行っているのも原因かと思います。企業が価格戦略ではなく価値戦略を行って十分利益を上げ、従業員を増やし、社員に給料として還元することができれば、このブラック企業問題は少しは解決できるのではと個人的には思います。
また、ブラック企業に対する対策としては、今後雇用制度だけでなく、住宅政策や年金改革、雇用保険改革、生活保護改革など社会政策の改革も必要かと思います。
「ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪」という本は、ブラック企業の実態について理解でき、また今後の日本のよりよい未来のために考えさせられ、とてもオススメです!
以下はこの本のポイント等です。
・若者を食いつぶす動機は、いくつかに分類できる。第一に「選別」(大量募集と退職強要)である。大量に採用したうえで、「使える」者だけを残す。これは、利益を出し続けるためには、ぜひともかなえたい、企業の欲望である。だが、通常の企業はこれを禁欲する。法的なリスクが高いうえ、社会的信用を傷つける恐れがあるからです。この「一線」を軽々飛び越えていくところに、新興成長企業の恐ろしさがある。第二に、「使い捨て」(大量募集と消尽)という動機がある。これは文字通り、若者に対し、心身を消耗し、働くことができなくなるまでの過酷な労働を強いることだ。「労働能力の消尽」ともいえよう。第三に、「無秩序」、つまり動機がない場合。これは明らかな経営合理性を欠いているようなパターンである。パワハラ上司による無意味な圧迫や、セクハラがそれで。これらは、「代わりがいくらでもいる」状態を背景とし、会社の労務管理自体が機能不全を引き起こしている状態である。
・ブラック企業のパターンは以下の通り
<大量の募集>
1 月収を誇張する裏ワザ
2 「正社員」という偽装
<選別>
3 入社後も続くシューカツ
4 戦略的パワハラ
<使い捨て>
5 残業代を払わない
6 異常な36協定と長時間労働
7 辞めさせない
<無秩序>
8 職場崩壊
・ブラック企業が若者を大量に募集するために行う手法が、「固定残業代」「定額残業代」である。残業代を「基本給」に含めることで月給を水増しし、誇張するのである。残業代は基本的にどんな場合であっても働いた時間通りに支払わなければならないが、事実上その規制をすり抜けてしまおうという脱法行為が「固定残業代」である。これによって、本当は低い給与を多く見せかけ、ブラック企業に大量に若者を呼び込む。
・当時の求人情報には、「営業職月給19万6400円(残業代別途支給)」とあった。いまの就職市場の相場にしてみると、約20万円という初任給は比較的良い方だと言ってよいだろう。当然のことながら、亡くなった男性もこの求人を見てエントリーしている。ところが、後になって、この基本給のうち7万1300円分は80時間の残業代として前もって支払われているものだということがわかった。このように基本給の中に一定額の残業代を前もって含ませる仕組みが、「固定残業代」「定額残業代」と言われるものである。この事件に限らず、私たちには固定残業代に関する相談がしょっちゅう寄せられる。最近の賃金に関する相談の一定の割合を占めていて、かなり社会に広がっていることがわかる。とはいえ、日本の職場では残業代未払いは古くから「サービス残業」として容認されてきた。そのため、「固定残業代」「定額残業代」をきちんと合法に運用しなければならないという圧力は働きにくい。
・正社員として募集しているにも関わらず、面接に通って契約を交わす段になって突然非正規社員での契約書を渡される場合がある。この場合も、「正社員」として募集をかけることで、大量に人を集めようという魂胆がある。手口としていちばん多いのは、「試用期間」を用いたごまかしだ。正社員として採用する場合、多くの企業では通例として「試用期間」が設けられている。「試用」だからといって、雇用契約が成立していないわけでもなければ、「お試し」感覚で人を雇っていいということでもない。試用期間の前提には正社員として長期に雇用することがあるからだ。正社員として長年にわたり会社で働いてもらうことが念頭にあるからこそ、社会人としての最低限の能力があるか最終確認するための期間を「試用期間」として設けているのである。この「試用期間」慣行を悪用するケースがある。具体的には「試用期間」だと称して一定期間(3ヶ月・6ヶ月・1年など)の有期雇用契約を結び、会社が雇いたい判断した場合のみ正社員として改めて契約を交わす。これは「本採用」と呼ばれている。長期雇用を前提とする最終確認期間の「試用期間」は、ここではすっかり「お試し」の採用になっている。さらに、最近ではこの「試用期間」の間を、契約社員の待遇にしている場合もみられる。もちろん募集では正社員なのだが、契約のときは、契約社員にさせられる。さらにひどい場合には、何年も働いているのに、結局正社員になれたのかどうかよくわからない、とか、一度正社員に「本採用」と言われたのに、そのあと、もう一度契約社員に戻ってやりなおすように言われた、などという場合もある。
・動機としての「選別」の中の一つ目が、「入社後の選別競争」だ。大量に採用し、多くの人が短期間で辞めていく職場では、こうした競争が行われていることがよくあり、ひどいところになると、1年間の間に同期が8~9割も辞めてしまう。
・「選別」の結果、「会社に選んでもらえなかった」人の多くは会社に残ることを許されない。しかし、正社員として無期雇用で契約を交わしている場合、その程度の理由で解雇することは合理的とは判断されない。ブラック企業はこの解雇の規制を免れるために、社員が「自ら辞めた」という形をとろうとする。労働者に「一身上の都合で辞めます」と一筆書かせることで、訴訟リスクを軽減しようというのだ。もし労働者に解雇は不当だったと争われそうになったら、「こちらには証拠がある」と強弁する。これも、契約当事者の意思に反した行動を本人の意思であるかのように偽らせるため、契約の原則から逸脱している。しかし、職場の力関係が圧倒的な場においては、こうした無理も通るのである。さらに、こうした訴訟リスクを避ける手口が高度化している。それが「戦略的パワハラ」だ。組織的にパワハラを行い、精神的に追いつめられた労働者が自ら辞めるのを待つ。会社から「辞めてほしい」とは一言も言わずに、目的を達成することができる。これは「辞めちまえ」と理由もなく解雇するより、表向きは穏健に見えるかもしれない。しかし、本質的な狙いは全く同じである。しかも、その弊害は精神的な疾病にかかってしまう「戦略的パワハラ」の方が深刻だ。職だけではなく、健康も失ってしまうことになる。
・会社からの「指導」に素直に従ってしまう人は私たちに相談に来る人の中でも多く、ある人は会社に認めてもらおうと難しい資格を短期で3つも取って能力を示した。にもかかわらず、会社は「うちに合わないから改善が必要だ」と追い込む。こうしたことを繰り返していると、人間は驚くほど簡単に鬱病や適応障害になる。そうなった頃に、「会社を辞めた方がお互いにとってハッピーなんじゃないか」と転職を示唆するのである。「解雇してほしい」と労働者が言ったとしても、「うちからは解雇にしないから自分で決めてほしい」と、退職の決断はあくまでも労働者にさせる。精神障害になることは初めから想定されているため、労働者が病気になるまで追いつめられたとしても会社は躊躇しない。適応障害になったと報告した社員に「ほら、前からうちには合わないって言っていた通りでしょ。あなたはうちには適応できないんですね」と言って謝罪させ、一緒に精神科の産業医のもとに行って「この人はうちで働き続けない方がいいですよね」と産業医に同意を求め、さらに精神的に追い込んだ例もある。労働者が最後まで「辞めない」と言ったとしても、病気になってしまえば後は簡単だ。休職に持ち込み、休職期間中も定期的に嫌がらせを行い、休職期間の満了まで「復職できない」と判断すればよい。「戦略的パワハラ」の事例を通して、労働者の健康がどれほど軽視されているかがわかるだろう。「戦略的パワハラ」の弊害は経済的にも生じる。雇用保険を利用するとき、自己都合で辞めた人には3ヶ月間の受給制限期間が設けられる。このペナルティを、本来受けるべきでない労働者が受ける。雇用保険も受給できない状態で、鬱病で放り出されることになる。
・残業代を払わない方法を挙げていくとキリがないが、いずれの場合においても目的は労働者を安く長く働かせることにあるという点が重要だ。安いがゆえに長く働かせることができる。残業代未払いは、単に不当に賃金を支払わないだけでなく、過労をひきおこす要因ともなっている。もっとも単純な手口は、適当な理由で残業代を支払わないというものだ。「お前の仕事が遅いから」「お前の業績が悪いから」「会社の経営状況が悪いから」「事前に残業の承認を求めなかったから」など、様々な理由をつけて支払わない。どんなにレベルの低い言い訳でも、若者が「おかしい」と言いづらい職場ではこれが許されてしまう。もう少し悪知恵の働く会社は、法律や制度に基づいて残業代を支払わなくてよいかのような装いをする。その最たる例が「みなし残業」と呼ばれるものだ。特に営業職で導入されていることが多い。「営業手当」「職務手当」などとして毎月数万円を支払い、そのほかの残業代を支払わない。
・「みなし残業」と同じように、残業代の支払いを免れられるように装う場合がある。「労働者ではない」と言ってしまうことだ。大体、「管理監督者」とされるか「個人請負」とされるかのどちらかである。「管理監督者」については、「名ばかり店長」「名ばかり管理職」問題といえば聞き覚えのある人もいるだろう。経営者と同格程度の労働者(管理監督者)であれば残業代を支払わなくても自分の裁量で無理なく働けるだろうということを前提に会社は彼らに対する残業代の支払いを免れることができる。この法律を拡大解釈して、とても経営者と同格とは言えない小売店の店長や事務所の管理職にも残業代を払わない会社がいまなお多数存在する。「個人請負」の場合、労働者はいきなり「事業主」になる。「委託」「委嘱」「請負」など、雇用契約とは異なる契約書を交わし、労働法の埒外で働かされる。アルバイトは「事業主」であって労働者ではないから、労働法に守られる必要はないというのが彼らの論理だ。
・日本の法律の不備を悪用して、違法ではない形で過労死するような長時間労働をさせる会社も。労働基準法では、1日8時間・週40時間を労働時間の上限とするように定められている。ところが、労働基準法36条に基づく「36(サブロク)協定」という協定を労使で交わすと、この制限を取り払うことができる。この「36協定」を通じて、過労死しそうな水準の長時間労働をも違法でなくしてしまう。一応、「36協定」で延長してよい労働時間にも、上限時間が定められている。しかし、この上限時間は法律上明記された義務でないため、労使協定さえ結んでしまえば比較的容易に受理される。また、通常延長する労働時間のほかに「特別条項」を付け加えることによって、更に長い時間働かせることが可能となる。厚生労働省の定める「過労死ライン」によると、月に80時間以上の残業をしていると生理的に必要な睡眠時間を確保することができないとされている。しかし、このラインをオーバーする特別条項を結んでも、違法にはならないのが日本の法律なのである。
・「使い捨て」型の「ブラック企業」に関して寄せられる相談では、「辞めさせてもらえない」というものが増加している。労働者を安く長く働かせる「ブラック企業」では、労働者が自発的に辞めることは許されない。企業が辞めさせたいと思ったり、労働者が体調を崩したりしたときにはあっさり解雇されるものだが、特に企業の考えていたタイミングの離職でもなく、労働者が「壊れて」いないうちには、ブラック企業は労働者を辞めさせようとしない。特に新規の人員募集を面倒に感じやすく、労働者一人当たりの比重が大きい中小零細企業で、「辞めさせてもらえない」ケースはよく起こる。早いうちから転職活動をしようと思っていても、「後続が決まるまで勤めなさい」「あなたを雇うためにかかった手間の分は働いてもらう」など、色々な理由をつけて労働者が会社を離れないようにする。退職手続きだけ済ませて働かせていた会社もある。書面ではもう雇っていない形式を整えて、実質的にただ働きをさせるのである。会社の「辞めるな」という言葉に付き合って、結局身体を壊すまで働いてしまう人もいる。そうすると、今度はあっさり辞めさせられたりする。ブラック企業が辞めるなと言ったとしても、法律では労働者は辞めることができる権利を保障されている。辞められなければ奴隷と同じだからだ。ところが、いざブラック企業の制止を振り切って職場を辞めると、追い打ちをかけるような嫌がらせを受けることがある。社内の他の労働者に対する「見せしめ」や、勝手に辞めたことへの不当な「仕返し」としてこれらの嫌がらせは行われる。一つ目は、離職手続きを進めない嫌がらせだ。厚生年金・健康保険・雇用保険など、各種社会保険の手続きを行わない。そのせいで失業中の給付金を受けることができなくなるし、再就職にも支障をきたす場合がある。これらは、いずれも国の保険制度を私物化して行われるパワハラだ。二つ目は、最終月の給料を支払わないことだ。三つ目は、損害賠償の請求である。「会社が辞めるなと言っているのに勝手に会社に来なくなった」という愚にもつかない理由で無断欠勤の損害賠償を請求されるケースもある。請求の書類を送るのは多少の法律知識があれば簡単にできるため、これで儲けようとする悪徳弁護士・社会保険労務士が請求書に捺印する場合もある。全く応じる必要のないものだが、経験のない人は多大なストレスを感じる。「損害賠償させるぞ」と脅したところで、実際に裁判をしても請求が認められるはずもないが、当事者を脅しつけたり他の従業員に対する威嚇になったりという実利はあるわけだ。
・集団生活の中で育まれる秩序が全く機能しない状態になる「職場崩壊」のケースを紹介しよう。他のパターンでは企業の組織的な狙いが比較的明確であるのに対し、このパターンでは会社の狙いははっきりとはわからない。中には逮捕されてもおかしくはない事案もたくさん起きているし、身体や生命の危機を感じるような事件も起きている。部下や社員には見ず知らずの他人以上に何をしてもいいのだというおかしな価値観が、職場を支配しているのである。これらの行為は企業の利益追求動機という観点からも合理性を損なうのではないかと思われるものだが、代わりの若者がいくらでも入ってくることを背景に、改善されない。職場の上司に食事に誘われ、その後、性的暴行を受けた。上司が業務中にアニメの物真似をしてきて、同じアニメのキャラクターの物真似で返さないと怒られる。上司が業務中に女性の胸に手を突っ込んでまわる。「足腰立たんようにしてやろうか」と怒鳴りつけられる。入院しているのに「働きに来い」と言われた。いじめが恒常化しており、毎年自殺者が出ている。上司が宗教にしつこく勧誘してくる。「死ね」「脳みそが腐っている」などの暴言を言われたり、レンチを投げつけられたりする。殴られて骨折した。売り上げが低いと会社から年間で数百万円の罰金を科せられる。これらは笑い話のように思えるかもしれないが、実際に被害を受けている当事者にとっては恐怖以外のなにものでもない。
・一度結んだ労働契約を解除するためには、基本的に両者が合意して解約する必要がある。通常の契約と同じで、一度結んだ約束を当事者のどちらか一方が破棄しようとすれば、法的なトラブルになるのは必至であり、通常は両者が合意して契約を終わらせる。労働契約の場合も同じで、この合意による解約のことを退職という。退職は、どちらが申し出てもよい。使用者が申し出ると、退職勧奨となり、労働者が申し出ると退職願となる。これを相手方が了承すると、合意解約が成立する。退職には本来的には紛争の要素はない。なぜなら、円満に意思が合致しているはずだからだ。逆に辞職や解雇は紛争含みだ。辞職の場合には契約を、労働者の側が一方的に解除しようとする。退職願はあいての同意を請ういるのに対し、辞職届は一方的に提出され、相手の同意を待たずに法的な効力を持つ。こうした辞職には、2週間前に申し出ることを除いて基本的に法的な制限は設けられていない。労働者には憲法で定められた職業選択の自由があり、これを制限してしまうと、奴隷労働になってしまうかだ。また、解雇は使用者からの一方的な解約を意味するが、こちらには法的に強い制約が課せられている。一度結んだ労働契約は、使用者の側からは安易に解約できないのだ。労働契約法には「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と明記されている。また、労働基準法では、労働災害や出産などのほか、差別を理由とした解雇が禁止されているほか、1ヶ月前の予告または1ヶ月分の給与に当たる解雇予告手当の支払いが義務付けられている。
・ブラック企業の行う退職勧奨は、退職の特典なdという甘い話ではない。いじめ、嫌がらせ、パワーハラスメントによって、自ら辞めるように仕向けていく。本来、退職勧奨はしつこく行ったり、やり方が暴力的であったりする場合、同意を求める「勧奨」とはみなされずに、退職強要であるとされる。退職の強要に至った場合には、たとえ「同意」の形式をとったとしても、それは無効であるし、損害賠償の請求も可能だ。ブラック企業はここまで熟知して、ただ退職を求めるのではなう、自己都合退職を自ら行うように追い込むのである。これによって、退職を要求したという形式すら失われ、訴訟のリスクを極限まで引き下げることができる。このため、統計上は、早期離職した若者のほとんどが自己都合退職扱いとなっている。そのうえ、自己都合退職に至ってしまった若者は、雇用保険上「自分から辞めた者」として社会的制裁を与えられることになる。自己都合退職への追い込みは、こうした事情から「辞めろ」という退職強要によって行われるばかりではない。むしろ多いのは、直接「辞めろ」とは言わずに「自分から辞めるしかない」状態へと追い込むことである。絶対にこなすことができないノルマを課し、これができない場合に「能力不足」を執拗に叱責するなどである。これらはあたかも仕事上の命令や訓練の一環であるかのように偽装しながら、若者を追い込んでいく。そして、ひとたび鬱状態になれば、「辞めた方がいいのではないか」という「アドバイス」も親切なものに聞こえてくる。苦しい状況から一刻も早く脱するために、「自己都合退職」の書類にサインする。少しは冷静さの残っている者は、ここで「自己都合退職」の書類であることに一抹の不安を覚え、相談に訪れる。だが、ほとんどの場合、雇用保険の不安を訴えるだけで、会社への疑念などは持っていない。新卒であるがゆえに、会社の対応の異常さにも気づきにくく、鬱病になるまで追い込まれてしまいがちである。
・ブラック企業と対峙するための基本的な考え方を示しておこう。戦略的思考の第一は、「自分が悪いと思わない」ことに尽きる。「自分が悪い」と思ってしまっていると、合理的に物事を思考することができない。そのような状態に若者をはめこむことこそが、相手の戦略なのである。だから、そうした戦略にはまってしまってはいけない。「自分が悪い」と思わされそうになったら、「これは相手の戦略だ」と冷静に思考し、絶対に「自分が悪い」と思い込まないようにすることである。これだけでだいぶ鬱病のリスクは減少する。第二に、「会社のいうことは疑ってかかれ」。自分の身を守るためには、とにかく「疑ってかかる」目線が必要になる。第三の考え方は、「簡単に諦めない」ことである。諦めてしまっては、どんな権利も実現しない。ブラック企業の「やり得」である。彼らはあなたが諦めることを狙っている。ブラック企業の「技術」の真骨頂は、若者の心を折ることにこそ、ある。第四の考え方は、「労働法を活用せよ」である。第五の考え方は、「専門家を活用せよ」だ。いかに冷静に、戦略的に考えたとしても、自分自身が労働紛争の専門家というわけではない。だとすれば、合理的な選択を勝ち取るためにも、専門家の力を借りるのは絶対条件だ。また、争わずに辞める場合にも、後々どんな権利行使が可能となるのかを相談しておくのもよい。ユニオンやNPOであれば、相談者を支え、争うこと自体の精神的負担も軽くしてくれるだろう。
・専門家と相談したうえで、ブラック企業と争う方法は、①個人的に交渉する、②行政を交えて交渉する、③労働組合に加入して交渉する、④裁判に訴える、の4通りである。まず、①個人的に交渉しても無駄である。会社の相談窓口や人事担当、社労士、産業医などに相談しても、基本的によい方向にいくことはない。多くの場合、加害当時者などへ情報が筒抜けになり、より立場が悪くなる。②行政を交えて交渉した場合、行政からの指導や助言によって、会社の態度が変化して解決することが期待できる。だが、こうした場合の解決の水準は概して低い。またあ、交渉自体を相手が拒否した時や、指導を無視した時には行政には手出しができない。さらにいうなら、ブラック企業が行政の指導に従って改善する可能性は乏しいと言わざるを得ない。彼らは初めから戦略的に労働法の網の目をかいくぐろうとしているのだから、今更指導を受けたところでびくともしない。そもそも交渉のテーブルにもつかないだろう。③労働組合に加入して交渉する場合には、企業別組合ではなく、個人加盟ユニオンに相談し、加入して交渉する必要がある。④裁判に訴えるには、理解のある弁護士についてもらうことに加え、かなりの費用と時間が必要になる。裁判制度を利用するためには、NPOやユニオンなどの支えが重要となってくるだろう。最後に、どの方法をとるにしても、争う上では証拠が重要になる。専門家に相談することと併せて、とにかく証拠を蓄積することを心がけてほしい。職場でのハラスメントをICレコーダーで録音する、細かくメモをとる、業務命令の内容や出勤・退勤の時間も記録する。こうしたことがのちのち争うときに、重要な役割を果たすことになる。逆に、記録が残っていないと、第三者の証言から違法行為を立証するのは難しい。
・ブラック企業問題がこれだけの広がりと社会的なインパクトをもった要因はそれだけではない。そもそも、諸外国に比べ、日本においては新卒正社員の位置づけが極めて重いものだった。終身雇用・年功賃金のために、初職が極めて重要だというだけではなく、政府の社会政策も企業頼みだったからだ。本来先進国では積極的に取り組まれるはずの住宅政策や年金などにしても、日本においては手薄である。このため国家による福祉ではなく、年功賃金を背景とした住宅ローンや、退職金によってはじめて生活の安定を手に入れることができる構図であった。日本型雇用に福祉を依存しているために、社会政策が貧弱で、若年雇用の変質がそのまま貧困に直結するという構図も、指揮命令権と同様に日本型雇用システムの延長にある。
・ブラック企業にとって「代わりはいくらでもいる」という追い風が加わったもう一つの要因は非正規雇用増加とその変化である。「労働力調査」(総務省)によると、2000年から2011年にかけて、15歳から24歳の労働者のうち、非正規雇用の割合は、男性で19.8%から29.4%に、女性で27.0%から37.7%に増加しており、特に若年層で非正規雇用が際立って増加している(学生を除く)。そして、その内実も大きな変貌を遂げている。従来の非正規雇用はパート、アルバイトが主要なもので、これは主に「主婦」や学生、定年後の高齢者に担われていた。そのためパート労働は「家計補助型」と呼ばれているように、自らの稼ぎだけで生活を維持するわけではないものと扱われた。ところが、近年こうした非正規雇用の構図が崩れてきた。「家計補助型」ではない「家計自立型」と呼ばれるような非正規雇用がこの間急激に増加している。1997年には208万人であった家計自立型非正規雇用は、2007年には434万人にまで増加した。家計自立型非正規雇用の特徴は、従来のパート労働等よりは若干時給が高く1000円前後、月収は20万円前後と「ぎりぎり」生活できる水準にあるということだ。これらの雇用は「パート」とは区別されて、「契約社員」「派遣社員」という新しい呼び方がつけられていることが多い。こうした新しい非正規雇用は主に若者の間に広がっており、新卒から契約社員、派遣社員ということも決してめずらしくはない。
・深刻なのは、悪徳な社会保険労務士や弁護士が、ブラック企業と労働者の間に介在するようになってきたことだ。彼らはブラック企業が用いる様々な「パターン」を企業に唱導し、普及させる。紛争を「ビジネス」と考えて、盛んに日本型雇用の「悪用」の仕方を説くのである。私たちの相談には、辞めようとしたら弁護士から損害賠償請求の書類が送られてきたり、残業代を請求しようとしたら、逆に弁護士から脅された、という相談が数多く寄せられている。こうした背景には司法制度改革で弁護士の数が激増したことがある。2000年に1万7126人だった弁護士の登録者数は、2011年には3万485人になった。ロースクール制度が整備され、大量に新規登録者が生み出された結果である。だが、急激に増加した弁護士の受け皿は増えていない。そもそも、当初「地方で弁護士が不足している」ことが、増員の理由の一つにあげられていたが、新規登録者の多くは東京近辺など大都市部にとどまっている。その結果、弁護士資格をとっても弁護士事務所に就職することができないものがあふれかえっている。また、弁護士事務所そのものが「ブラック化」している。
・まず、日本型雇用の弊害を縮小するためには、労働時間規制や業務命令に対する制約を確立していくことが重要である。特に労働時間規制は、過労死や鬱病の問題を考える上では、もっとも喫緊の課題だといえよう。この点で参考になるのは欧州の政策である。EUでは最低休息期間についての制度が整備されており、退社してから次の出社まで、最低連続11時間の休息を義務付けている。日本でも民主党が政権交代を行う際にマニフェストの補足版の中に加えていた。こうした政策が日本でも実現すれば、かなりの状況改善につながるだろう。また、将来的には仕事の内容に基づいて命令のあり方を制約することが必要になってくるが、これを実現するには多くの時間と工夫が必要だろう。当面の指揮命令権の制約という意味では、労働時間規制を中心として、パワーハラスメントの防止までを含み「過労死防止基本法」を早期に制定する必要がある。過労死や鬱病を出した企業に対して、国家として厳罰を科していくというのも一つの方法だろう。過労死防止基本法についても、その制定の必要性自体は多くの国会議員が賛同しているところである。次に、労働市場政策として早急に実施すべき政策は、失業対策と非正規雇用規制である。若者の「代わりはいくらでもいる」という状況を改善し、労働市場圧力を緩和するためには、ぜひとも失業者への対策が必要だ。雇用保険制度を拡充すると同時に、失業中に具体的な仕事を身に付けられるだけの職業訓練施策を準備する必要がある。また、非正規雇用に関しては、派遣、特に紹介予定派遣やトライアル雇用を即刻見直すべきだ。これらは新卒の価値を低下させ、ブラック企業による若者の「選別」と「使い捨て」をやりやすくしてしまう制度である。
・現状は「低福祉+低賃金+高命令」というアンバランスなものであるが、展望すべきモデルは「高福祉+中賃金+低命令」となる。企業側の無限定の命令は若者にとって、生活の見通しがたたない状態を生み出しているが、これは企業にとってもデメリットが大きい。若者の不信感が増大し、離職が増えれば、離職に伴う係争費用、採算費用、育成費用の増大が深刻になってくる。今現在は「使い捨て」で利益を上げていても、長期的には負担がのしかかってくるhずだ。この状態で利益を得ることができるのは、国内の市場無視した一部のグローバル企業と、労使が争うことで漁夫の利を得ようとする悪徳な弁護士だけである。悪徳弁護士は、ルール不在であるが故の商売を行っているが、社会悪というほかない。これによってますます社会的な費用がかさみ、日本の生産性や国際競争力は地に落ちていくことだろう。新しいシステムへの移行は、日本で働く人々にとっても、日本で生産活動を行う企業にとっても、不可壁なのだ。
<目次>
【第Ⅰ部 個人的被害としてのブラック企業】
第1章 ブラック企業の実態
ブラック企業の「前史」
「ブラック企業」との遭遇
IT企業Y社の事例-徹底的な従属とハラスメント
「新卒=コスト」「人間としておかしい」と罵られる
ハラスメントを通じて「効率的に」退職させる
「改善」という名の人間破壊
ナンパ研修、お笑い研修、セクハラの横行
「コスト=悪」意識の内面化
大量採用、大量退職で「選別」
衣料品販売X社の事例-超大手・優良企業でも大量の精神疾患が
就職活動では「エリート」だったが
「宗教みたい」な新人研修
「自己学習」「半年で店長に」のプレッシャー
入社後もずっと続く「選抜」
苦痛に心を飲み込まれる瞬間
いったん休職しないと退職できない理由
毎日、床で寝る生活
好景気になろうが待遇は変わらない
第2章 若者を死に至らしめるブラック企業
①入社したのに「予選」期間
②「誇張された月収」という罠
③労災認定にトップが「異論」
④「名ばかり店長」で残業代ナシ
第3章 ブラック企業のパターンと見分け方
ブラック企業の指標:働き続けることができない
パターン1 月収を誇張する裏ワザ
パターン2 「正社員」という偽装
パターン3 入社後も続くシューカツ
パターン4 戦略的パワハラ
パターン5 残業代を払わない
パターン6 異常な36協定と長時間労働
パターン7 辞めさせない
パターン8 職場崩壊
第4章 ブラック企業の辞めさせる「技術」
退職、辞職、解雇はどう違うか-労働法から
「解雇」せずに辞めさせたい理由
意図的に鬱病に罹患させう
「民事的殺人」-権利を行使できないまでに壊される
辞めさせる「技術」が高度になってきた
「ソフトな退職強要」という進化形
磨き抜かれた「辞めさせる技術」に対抗するには
第5章 ブラック企業から身を守る
「戦略的思考」をせよ!
鬱病になるまえに、5つの思考・行動を
争う方法
「選別」への対応
「使い捨て」への対応
逃げ続けてもブラック企業はなくならない
【第Ⅱ部 社会問題としてのブラック企業】
第6章 ブラック企業が日本を食い潰す
第一の問題-若く有益な人材の使い潰し
描けない「将来像」
「自己都合」退職に追い込まれる
第二の問題-コストの社会への転嫁
精神疾患が増え、医療費が国民全体にしわ寄せ
「生活保護予備軍」を生むブラック企業
「すべり台社会」から「落とし穴社会」「ロシアンルーレット社会」へ
「日本」という資源の食い潰し
まともな企業の「育成」も信用できなくなる
少子化-恋愛・結婚・子育てなど不可能
消費者の安全もなくなる
グローバル企業の発射台となる日本-海外逃亡するブラック企業
国滅びてブラック企業あり
第7章 日本型雇用が生み出したブラック企業の構造
ブラック企業に定義はない
「日本型雇用」の悪用-企業の命令権
「メンバーシップ」なく過剰に働かせる
すべての日本企業は「ブラック企業」になり得る
「就職活動」の洗脳が違法行為を受け入れさせる
「自己分析」という名のマインド・コントロール
就活の「ミスマッチ」を通じた精神改造
「正社員へのトライアル?」-非正規雇用の変化と永遠の競争
雇用政策がブラック企業を支える
日本型雇用を「いいとこどり」する振興産業
単純化(マニュアル化)・部品化す労働
労使関係の不在と「休職ネットワーク」
「ブラック士業」の登場
中小企業がブラック化する構図
従来型大企業まで引きずられる
第8章 ブラック企業への社会的対策
間違いだらけの若者対策
「キャリア教育」がブラック企業への諦めを生む
就職活動「支援」による「諦念サイクル」
トライアル雇用の拡充があぶない
本当に必要な政策-業務命令を制約する
「普通の人が生きていけるモデル」を策定
若者はどうしたらよいのか
ブラック企業をなくす社会的な戦略
参考・引用文献
おわりに
面白かった本まとめ(2013年上半期)
<今日の独り言>
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「ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪」の購入はコチラ
「ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪」という本は、年間数百件の労働相談を受けるNPO法人POSSE代表が、その経験からブラック企業がどのように個人に牙をむくのか、個人としてどう対処すべきか、ブラック企業の実態と弊害、ブラック企業への社会的対策について分かりやすく説明したものです。
ブラック企業という問題は、ただ若者がひどい会社から被害を受けているというわけではなく、日本社会にさまざまな弊害を生み出しているということが分かりました。
たとえばブラック企業による影響は、病気になった者の家族がしわ寄せを受け、消費者の安全を脅かし、雇用システムを破壊し、パワハラや長時間労働によって鬱病が蔓延すれば国の医療費負担は増大し、そして少子化が進展すれば市場縮小や長期的な財政破綻の要因ともなり、広がりを持った問題となります。
ではなぜ、最近ブラック企業が存続しえるのかというと、労働市場に大量の若者があふれていていることが原因のようです。
代わりとなる人材が多いことから大量に採用されて選別され、そして長時間労働させられ、残業代が支払われず、使い捨てされているのが現状のようです。
本書では、生々しい実態が具体的に書かれていて、常軌を逸した内容にとても驚きました。
また、生き残るためとはいえ企業が過度な価格競争を行っているのも原因かと思います。企業が価格戦略ではなく価値戦略を行って十分利益を上げ、従業員を増やし、社員に給料として還元することができれば、このブラック企業問題は少しは解決できるのではと個人的には思います。
また、ブラック企業に対する対策としては、今後雇用制度だけでなく、住宅政策や年金改革、雇用保険改革、生活保護改革など社会政策の改革も必要かと思います。
「ブラック企業 日本を食いつぶす妖怪」という本は、ブラック企業の実態について理解でき、また今後の日本のよりよい未来のために考えさせられ、とてもオススメです!
以下はこの本のポイント等です。
・若者を食いつぶす動機は、いくつかに分類できる。第一に「選別」(大量募集と退職強要)である。大量に採用したうえで、「使える」者だけを残す。これは、利益を出し続けるためには、ぜひともかなえたい、企業の欲望である。だが、通常の企業はこれを禁欲する。法的なリスクが高いうえ、社会的信用を傷つける恐れがあるからです。この「一線」を軽々飛び越えていくところに、新興成長企業の恐ろしさがある。第二に、「使い捨て」(大量募集と消尽)という動機がある。これは文字通り、若者に対し、心身を消耗し、働くことができなくなるまでの過酷な労働を強いることだ。「労働能力の消尽」ともいえよう。第三に、「無秩序」、つまり動機がない場合。これは明らかな経営合理性を欠いているようなパターンである。パワハラ上司による無意味な圧迫や、セクハラがそれで。これらは、「代わりがいくらでもいる」状態を背景とし、会社の労務管理自体が機能不全を引き起こしている状態である。
・ブラック企業のパターンは以下の通り
<大量の募集>
1 月収を誇張する裏ワザ
2 「正社員」という偽装
<選別>
3 入社後も続くシューカツ
4 戦略的パワハラ
<使い捨て>
5 残業代を払わない
6 異常な36協定と長時間労働
7 辞めさせない
<無秩序>
8 職場崩壊
・ブラック企業が若者を大量に募集するために行う手法が、「固定残業代」「定額残業代」である。残業代を「基本給」に含めることで月給を水増しし、誇張するのである。残業代は基本的にどんな場合であっても働いた時間通りに支払わなければならないが、事実上その規制をすり抜けてしまおうという脱法行為が「固定残業代」である。これによって、本当は低い給与を多く見せかけ、ブラック企業に大量に若者を呼び込む。
・当時の求人情報には、「営業職月給19万6400円(残業代別途支給)」とあった。いまの就職市場の相場にしてみると、約20万円という初任給は比較的良い方だと言ってよいだろう。当然のことながら、亡くなった男性もこの求人を見てエントリーしている。ところが、後になって、この基本給のうち7万1300円分は80時間の残業代として前もって支払われているものだということがわかった。このように基本給の中に一定額の残業代を前もって含ませる仕組みが、「固定残業代」「定額残業代」と言われるものである。この事件に限らず、私たちには固定残業代に関する相談がしょっちゅう寄せられる。最近の賃金に関する相談の一定の割合を占めていて、かなり社会に広がっていることがわかる。とはいえ、日本の職場では残業代未払いは古くから「サービス残業」として容認されてきた。そのため、「固定残業代」「定額残業代」をきちんと合法に運用しなければならないという圧力は働きにくい。
・正社員として募集しているにも関わらず、面接に通って契約を交わす段になって突然非正規社員での契約書を渡される場合がある。この場合も、「正社員」として募集をかけることで、大量に人を集めようという魂胆がある。手口としていちばん多いのは、「試用期間」を用いたごまかしだ。正社員として採用する場合、多くの企業では通例として「試用期間」が設けられている。「試用」だからといって、雇用契約が成立していないわけでもなければ、「お試し」感覚で人を雇っていいということでもない。試用期間の前提には正社員として長期に雇用することがあるからだ。正社員として長年にわたり会社で働いてもらうことが念頭にあるからこそ、社会人としての最低限の能力があるか最終確認するための期間を「試用期間」として設けているのである。この「試用期間」慣行を悪用するケースがある。具体的には「試用期間」だと称して一定期間(3ヶ月・6ヶ月・1年など)の有期雇用契約を結び、会社が雇いたい判断した場合のみ正社員として改めて契約を交わす。これは「本採用」と呼ばれている。長期雇用を前提とする最終確認期間の「試用期間」は、ここではすっかり「お試し」の採用になっている。さらに、最近ではこの「試用期間」の間を、契約社員の待遇にしている場合もみられる。もちろん募集では正社員なのだが、契約のときは、契約社員にさせられる。さらにひどい場合には、何年も働いているのに、結局正社員になれたのかどうかよくわからない、とか、一度正社員に「本採用」と言われたのに、そのあと、もう一度契約社員に戻ってやりなおすように言われた、などという場合もある。
・動機としての「選別」の中の一つ目が、「入社後の選別競争」だ。大量に採用し、多くの人が短期間で辞めていく職場では、こうした競争が行われていることがよくあり、ひどいところになると、1年間の間に同期が8~9割も辞めてしまう。
・「選別」の結果、「会社に選んでもらえなかった」人の多くは会社に残ることを許されない。しかし、正社員として無期雇用で契約を交わしている場合、その程度の理由で解雇することは合理的とは判断されない。ブラック企業はこの解雇の規制を免れるために、社員が「自ら辞めた」という形をとろうとする。労働者に「一身上の都合で辞めます」と一筆書かせることで、訴訟リスクを軽減しようというのだ。もし労働者に解雇は不当だったと争われそうになったら、「こちらには証拠がある」と強弁する。これも、契約当事者の意思に反した行動を本人の意思であるかのように偽らせるため、契約の原則から逸脱している。しかし、職場の力関係が圧倒的な場においては、こうした無理も通るのである。さらに、こうした訴訟リスクを避ける手口が高度化している。それが「戦略的パワハラ」だ。組織的にパワハラを行い、精神的に追いつめられた労働者が自ら辞めるのを待つ。会社から「辞めてほしい」とは一言も言わずに、目的を達成することができる。これは「辞めちまえ」と理由もなく解雇するより、表向きは穏健に見えるかもしれない。しかし、本質的な狙いは全く同じである。しかも、その弊害は精神的な疾病にかかってしまう「戦略的パワハラ」の方が深刻だ。職だけではなく、健康も失ってしまうことになる。
・会社からの「指導」に素直に従ってしまう人は私たちに相談に来る人の中でも多く、ある人は会社に認めてもらおうと難しい資格を短期で3つも取って能力を示した。にもかかわらず、会社は「うちに合わないから改善が必要だ」と追い込む。こうしたことを繰り返していると、人間は驚くほど簡単に鬱病や適応障害になる。そうなった頃に、「会社を辞めた方がお互いにとってハッピーなんじゃないか」と転職を示唆するのである。「解雇してほしい」と労働者が言ったとしても、「うちからは解雇にしないから自分で決めてほしい」と、退職の決断はあくまでも労働者にさせる。精神障害になることは初めから想定されているため、労働者が病気になるまで追いつめられたとしても会社は躊躇しない。適応障害になったと報告した社員に「ほら、前からうちには合わないって言っていた通りでしょ。あなたはうちには適応できないんですね」と言って謝罪させ、一緒に精神科の産業医のもとに行って「この人はうちで働き続けない方がいいですよね」と産業医に同意を求め、さらに精神的に追い込んだ例もある。労働者が最後まで「辞めない」と言ったとしても、病気になってしまえば後は簡単だ。休職に持ち込み、休職期間中も定期的に嫌がらせを行い、休職期間の満了まで「復職できない」と判断すればよい。「戦略的パワハラ」の事例を通して、労働者の健康がどれほど軽視されているかがわかるだろう。「戦略的パワハラ」の弊害は経済的にも生じる。雇用保険を利用するとき、自己都合で辞めた人には3ヶ月間の受給制限期間が設けられる。このペナルティを、本来受けるべきでない労働者が受ける。雇用保険も受給できない状態で、鬱病で放り出されることになる。
・残業代を払わない方法を挙げていくとキリがないが、いずれの場合においても目的は労働者を安く長く働かせることにあるという点が重要だ。安いがゆえに長く働かせることができる。残業代未払いは、単に不当に賃金を支払わないだけでなく、過労をひきおこす要因ともなっている。もっとも単純な手口は、適当な理由で残業代を支払わないというものだ。「お前の仕事が遅いから」「お前の業績が悪いから」「会社の経営状況が悪いから」「事前に残業の承認を求めなかったから」など、様々な理由をつけて支払わない。どんなにレベルの低い言い訳でも、若者が「おかしい」と言いづらい職場ではこれが許されてしまう。もう少し悪知恵の働く会社は、法律や制度に基づいて残業代を支払わなくてよいかのような装いをする。その最たる例が「みなし残業」と呼ばれるものだ。特に営業職で導入されていることが多い。「営業手当」「職務手当」などとして毎月数万円を支払い、そのほかの残業代を支払わない。
・「みなし残業」と同じように、残業代の支払いを免れられるように装う場合がある。「労働者ではない」と言ってしまうことだ。大体、「管理監督者」とされるか「個人請負」とされるかのどちらかである。「管理監督者」については、「名ばかり店長」「名ばかり管理職」問題といえば聞き覚えのある人もいるだろう。経営者と同格程度の労働者(管理監督者)であれば残業代を支払わなくても自分の裁量で無理なく働けるだろうということを前提に会社は彼らに対する残業代の支払いを免れることができる。この法律を拡大解釈して、とても経営者と同格とは言えない小売店の店長や事務所の管理職にも残業代を払わない会社がいまなお多数存在する。「個人請負」の場合、労働者はいきなり「事業主」になる。「委託」「委嘱」「請負」など、雇用契約とは異なる契約書を交わし、労働法の埒外で働かされる。アルバイトは「事業主」であって労働者ではないから、労働法に守られる必要はないというのが彼らの論理だ。
・日本の法律の不備を悪用して、違法ではない形で過労死するような長時間労働をさせる会社も。労働基準法では、1日8時間・週40時間を労働時間の上限とするように定められている。ところが、労働基準法36条に基づく「36(サブロク)協定」という協定を労使で交わすと、この制限を取り払うことができる。この「36協定」を通じて、過労死しそうな水準の長時間労働をも違法でなくしてしまう。一応、「36協定」で延長してよい労働時間にも、上限時間が定められている。しかし、この上限時間は法律上明記された義務でないため、労使協定さえ結んでしまえば比較的容易に受理される。また、通常延長する労働時間のほかに「特別条項」を付け加えることによって、更に長い時間働かせることが可能となる。厚生労働省の定める「過労死ライン」によると、月に80時間以上の残業をしていると生理的に必要な睡眠時間を確保することができないとされている。しかし、このラインをオーバーする特別条項を結んでも、違法にはならないのが日本の法律なのである。
・「使い捨て」型の「ブラック企業」に関して寄せられる相談では、「辞めさせてもらえない」というものが増加している。労働者を安く長く働かせる「ブラック企業」では、労働者が自発的に辞めることは許されない。企業が辞めさせたいと思ったり、労働者が体調を崩したりしたときにはあっさり解雇されるものだが、特に企業の考えていたタイミングの離職でもなく、労働者が「壊れて」いないうちには、ブラック企業は労働者を辞めさせようとしない。特に新規の人員募集を面倒に感じやすく、労働者一人当たりの比重が大きい中小零細企業で、「辞めさせてもらえない」ケースはよく起こる。早いうちから転職活動をしようと思っていても、「後続が決まるまで勤めなさい」「あなたを雇うためにかかった手間の分は働いてもらう」など、色々な理由をつけて労働者が会社を離れないようにする。退職手続きだけ済ませて働かせていた会社もある。書面ではもう雇っていない形式を整えて、実質的にただ働きをさせるのである。会社の「辞めるな」という言葉に付き合って、結局身体を壊すまで働いてしまう人もいる。そうすると、今度はあっさり辞めさせられたりする。ブラック企業が辞めるなと言ったとしても、法律では労働者は辞めることができる権利を保障されている。辞められなければ奴隷と同じだからだ。ところが、いざブラック企業の制止を振り切って職場を辞めると、追い打ちをかけるような嫌がらせを受けることがある。社内の他の労働者に対する「見せしめ」や、勝手に辞めたことへの不当な「仕返し」としてこれらの嫌がらせは行われる。一つ目は、離職手続きを進めない嫌がらせだ。厚生年金・健康保険・雇用保険など、各種社会保険の手続きを行わない。そのせいで失業中の給付金を受けることができなくなるし、再就職にも支障をきたす場合がある。これらは、いずれも国の保険制度を私物化して行われるパワハラだ。二つ目は、最終月の給料を支払わないことだ。三つ目は、損害賠償の請求である。「会社が辞めるなと言っているのに勝手に会社に来なくなった」という愚にもつかない理由で無断欠勤の損害賠償を請求されるケースもある。請求の書類を送るのは多少の法律知識があれば簡単にできるため、これで儲けようとする悪徳弁護士・社会保険労務士が請求書に捺印する場合もある。全く応じる必要のないものだが、経験のない人は多大なストレスを感じる。「損害賠償させるぞ」と脅したところで、実際に裁判をしても請求が認められるはずもないが、当事者を脅しつけたり他の従業員に対する威嚇になったりという実利はあるわけだ。
・集団生活の中で育まれる秩序が全く機能しない状態になる「職場崩壊」のケースを紹介しよう。他のパターンでは企業の組織的な狙いが比較的明確であるのに対し、このパターンでは会社の狙いははっきりとはわからない。中には逮捕されてもおかしくはない事案もたくさん起きているし、身体や生命の危機を感じるような事件も起きている。部下や社員には見ず知らずの他人以上に何をしてもいいのだというおかしな価値観が、職場を支配しているのである。これらの行為は企業の利益追求動機という観点からも合理性を損なうのではないかと思われるものだが、代わりの若者がいくらでも入ってくることを背景に、改善されない。職場の上司に食事に誘われ、その後、性的暴行を受けた。上司が業務中にアニメの物真似をしてきて、同じアニメのキャラクターの物真似で返さないと怒られる。上司が業務中に女性の胸に手を突っ込んでまわる。「足腰立たんようにしてやろうか」と怒鳴りつけられる。入院しているのに「働きに来い」と言われた。いじめが恒常化しており、毎年自殺者が出ている。上司が宗教にしつこく勧誘してくる。「死ね」「脳みそが腐っている」などの暴言を言われたり、レンチを投げつけられたりする。殴られて骨折した。売り上げが低いと会社から年間で数百万円の罰金を科せられる。これらは笑い話のように思えるかもしれないが、実際に被害を受けている当事者にとっては恐怖以外のなにものでもない。
・一度結んだ労働契約を解除するためには、基本的に両者が合意して解約する必要がある。通常の契約と同じで、一度結んだ約束を当事者のどちらか一方が破棄しようとすれば、法的なトラブルになるのは必至であり、通常は両者が合意して契約を終わらせる。労働契約の場合も同じで、この合意による解約のことを退職という。退職は、どちらが申し出てもよい。使用者が申し出ると、退職勧奨となり、労働者が申し出ると退職願となる。これを相手方が了承すると、合意解約が成立する。退職には本来的には紛争の要素はない。なぜなら、円満に意思が合致しているはずだからだ。逆に辞職や解雇は紛争含みだ。辞職の場合には契約を、労働者の側が一方的に解除しようとする。退職願はあいての同意を請ういるのに対し、辞職届は一方的に提出され、相手の同意を待たずに法的な効力を持つ。こうした辞職には、2週間前に申し出ることを除いて基本的に法的な制限は設けられていない。労働者には憲法で定められた職業選択の自由があり、これを制限してしまうと、奴隷労働になってしまうかだ。また、解雇は使用者からの一方的な解約を意味するが、こちらには法的に強い制約が課せられている。一度結んだ労働契約は、使用者の側からは安易に解約できないのだ。労働契約法には「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」と明記されている。また、労働基準法では、労働災害や出産などのほか、差別を理由とした解雇が禁止されているほか、1ヶ月前の予告または1ヶ月分の給与に当たる解雇予告手当の支払いが義務付けられている。
・ブラック企業の行う退職勧奨は、退職の特典なdという甘い話ではない。いじめ、嫌がらせ、パワーハラスメントによって、自ら辞めるように仕向けていく。本来、退職勧奨はしつこく行ったり、やり方が暴力的であったりする場合、同意を求める「勧奨」とはみなされずに、退職強要であるとされる。退職の強要に至った場合には、たとえ「同意」の形式をとったとしても、それは無効であるし、損害賠償の請求も可能だ。ブラック企業はここまで熟知して、ただ退職を求めるのではなう、自己都合退職を自ら行うように追い込むのである。これによって、退職を要求したという形式すら失われ、訴訟のリスクを極限まで引き下げることができる。このため、統計上は、早期離職した若者のほとんどが自己都合退職扱いとなっている。そのうえ、自己都合退職に至ってしまった若者は、雇用保険上「自分から辞めた者」として社会的制裁を与えられることになる。自己都合退職への追い込みは、こうした事情から「辞めろ」という退職強要によって行われるばかりではない。むしろ多いのは、直接「辞めろ」とは言わずに「自分から辞めるしかない」状態へと追い込むことである。絶対にこなすことができないノルマを課し、これができない場合に「能力不足」を執拗に叱責するなどである。これらはあたかも仕事上の命令や訓練の一環であるかのように偽装しながら、若者を追い込んでいく。そして、ひとたび鬱状態になれば、「辞めた方がいいのではないか」という「アドバイス」も親切なものに聞こえてくる。苦しい状況から一刻も早く脱するために、「自己都合退職」の書類にサインする。少しは冷静さの残っている者は、ここで「自己都合退職」の書類であることに一抹の不安を覚え、相談に訪れる。だが、ほとんどの場合、雇用保険の不安を訴えるだけで、会社への疑念などは持っていない。新卒であるがゆえに、会社の対応の異常さにも気づきにくく、鬱病になるまで追い込まれてしまいがちである。
・ブラック企業と対峙するための基本的な考え方を示しておこう。戦略的思考の第一は、「自分が悪いと思わない」ことに尽きる。「自分が悪い」と思ってしまっていると、合理的に物事を思考することができない。そのような状態に若者をはめこむことこそが、相手の戦略なのである。だから、そうした戦略にはまってしまってはいけない。「自分が悪い」と思わされそうになったら、「これは相手の戦略だ」と冷静に思考し、絶対に「自分が悪い」と思い込まないようにすることである。これだけでだいぶ鬱病のリスクは減少する。第二に、「会社のいうことは疑ってかかれ」。自分の身を守るためには、とにかく「疑ってかかる」目線が必要になる。第三の考え方は、「簡単に諦めない」ことである。諦めてしまっては、どんな権利も実現しない。ブラック企業の「やり得」である。彼らはあなたが諦めることを狙っている。ブラック企業の「技術」の真骨頂は、若者の心を折ることにこそ、ある。第四の考え方は、「労働法を活用せよ」である。第五の考え方は、「専門家を活用せよ」だ。いかに冷静に、戦略的に考えたとしても、自分自身が労働紛争の専門家というわけではない。だとすれば、合理的な選択を勝ち取るためにも、専門家の力を借りるのは絶対条件だ。また、争わずに辞める場合にも、後々どんな権利行使が可能となるのかを相談しておくのもよい。ユニオンやNPOであれば、相談者を支え、争うこと自体の精神的負担も軽くしてくれるだろう。
・専門家と相談したうえで、ブラック企業と争う方法は、①個人的に交渉する、②行政を交えて交渉する、③労働組合に加入して交渉する、④裁判に訴える、の4通りである。まず、①個人的に交渉しても無駄である。会社の相談窓口や人事担当、社労士、産業医などに相談しても、基本的によい方向にいくことはない。多くの場合、加害当時者などへ情報が筒抜けになり、より立場が悪くなる。②行政を交えて交渉した場合、行政からの指導や助言によって、会社の態度が変化して解決することが期待できる。だが、こうした場合の解決の水準は概して低い。またあ、交渉自体を相手が拒否した時や、指導を無視した時には行政には手出しができない。さらにいうなら、ブラック企業が行政の指導に従って改善する可能性は乏しいと言わざるを得ない。彼らは初めから戦略的に労働法の網の目をかいくぐろうとしているのだから、今更指導を受けたところでびくともしない。そもそも交渉のテーブルにもつかないだろう。③労働組合に加入して交渉する場合には、企業別組合ではなく、個人加盟ユニオンに相談し、加入して交渉する必要がある。④裁判に訴えるには、理解のある弁護士についてもらうことに加え、かなりの費用と時間が必要になる。裁判制度を利用するためには、NPOやユニオンなどの支えが重要となってくるだろう。最後に、どの方法をとるにしても、争う上では証拠が重要になる。専門家に相談することと併せて、とにかく証拠を蓄積することを心がけてほしい。職場でのハラスメントをICレコーダーで録音する、細かくメモをとる、業務命令の内容や出勤・退勤の時間も記録する。こうしたことがのちのち争うときに、重要な役割を果たすことになる。逆に、記録が残っていないと、第三者の証言から違法行為を立証するのは難しい。
・ブラック企業問題がこれだけの広がりと社会的なインパクトをもった要因はそれだけではない。そもそも、諸外国に比べ、日本においては新卒正社員の位置づけが極めて重いものだった。終身雇用・年功賃金のために、初職が極めて重要だというだけではなく、政府の社会政策も企業頼みだったからだ。本来先進国では積極的に取り組まれるはずの住宅政策や年金などにしても、日本においては手薄である。このため国家による福祉ではなく、年功賃金を背景とした住宅ローンや、退職金によってはじめて生活の安定を手に入れることができる構図であった。日本型雇用に福祉を依存しているために、社会政策が貧弱で、若年雇用の変質がそのまま貧困に直結するという構図も、指揮命令権と同様に日本型雇用システムの延長にある。
・ブラック企業にとって「代わりはいくらでもいる」という追い風が加わったもう一つの要因は非正規雇用増加とその変化である。「労働力調査」(総務省)によると、2000年から2011年にかけて、15歳から24歳の労働者のうち、非正規雇用の割合は、男性で19.8%から29.4%に、女性で27.0%から37.7%に増加しており、特に若年層で非正規雇用が際立って増加している(学生を除く)。そして、その内実も大きな変貌を遂げている。従来の非正規雇用はパート、アルバイトが主要なもので、これは主に「主婦」や学生、定年後の高齢者に担われていた。そのためパート労働は「家計補助型」と呼ばれているように、自らの稼ぎだけで生活を維持するわけではないものと扱われた。ところが、近年こうした非正規雇用の構図が崩れてきた。「家計補助型」ではない「家計自立型」と呼ばれるような非正規雇用がこの間急激に増加している。1997年には208万人であった家計自立型非正規雇用は、2007年には434万人にまで増加した。家計自立型非正規雇用の特徴は、従来のパート労働等よりは若干時給が高く1000円前後、月収は20万円前後と「ぎりぎり」生活できる水準にあるということだ。これらの雇用は「パート」とは区別されて、「契約社員」「派遣社員」という新しい呼び方がつけられていることが多い。こうした新しい非正規雇用は主に若者の間に広がっており、新卒から契約社員、派遣社員ということも決してめずらしくはない。
・深刻なのは、悪徳な社会保険労務士や弁護士が、ブラック企業と労働者の間に介在するようになってきたことだ。彼らはブラック企業が用いる様々な「パターン」を企業に唱導し、普及させる。紛争を「ビジネス」と考えて、盛んに日本型雇用の「悪用」の仕方を説くのである。私たちの相談には、辞めようとしたら弁護士から損害賠償請求の書類が送られてきたり、残業代を請求しようとしたら、逆に弁護士から脅された、という相談が数多く寄せられている。こうした背景には司法制度改革で弁護士の数が激増したことがある。2000年に1万7126人だった弁護士の登録者数は、2011年には3万485人になった。ロースクール制度が整備され、大量に新規登録者が生み出された結果である。だが、急激に増加した弁護士の受け皿は増えていない。そもそも、当初「地方で弁護士が不足している」ことが、増員の理由の一つにあげられていたが、新規登録者の多くは東京近辺など大都市部にとどまっている。その結果、弁護士資格をとっても弁護士事務所に就職することができないものがあふれかえっている。また、弁護士事務所そのものが「ブラック化」している。
・まず、日本型雇用の弊害を縮小するためには、労働時間規制や業務命令に対する制約を確立していくことが重要である。特に労働時間規制は、過労死や鬱病の問題を考える上では、もっとも喫緊の課題だといえよう。この点で参考になるのは欧州の政策である。EUでは最低休息期間についての制度が整備されており、退社してから次の出社まで、最低連続11時間の休息を義務付けている。日本でも民主党が政権交代を行う際にマニフェストの補足版の中に加えていた。こうした政策が日本でも実現すれば、かなりの状況改善につながるだろう。また、将来的には仕事の内容に基づいて命令のあり方を制約することが必要になってくるが、これを実現するには多くの時間と工夫が必要だろう。当面の指揮命令権の制約という意味では、労働時間規制を中心として、パワーハラスメントの防止までを含み「過労死防止基本法」を早期に制定する必要がある。過労死や鬱病を出した企業に対して、国家として厳罰を科していくというのも一つの方法だろう。過労死防止基本法についても、その制定の必要性自体は多くの国会議員が賛同しているところである。次に、労働市場政策として早急に実施すべき政策は、失業対策と非正規雇用規制である。若者の「代わりはいくらでもいる」という状況を改善し、労働市場圧力を緩和するためには、ぜひとも失業者への対策が必要だ。雇用保険制度を拡充すると同時に、失業中に具体的な仕事を身に付けられるだけの職業訓練施策を準備する必要がある。また、非正規雇用に関しては、派遣、特に紹介予定派遣やトライアル雇用を即刻見直すべきだ。これらは新卒の価値を低下させ、ブラック企業による若者の「選別」と「使い捨て」をやりやすくしてしまう制度である。
・現状は「低福祉+低賃金+高命令」というアンバランスなものであるが、展望すべきモデルは「高福祉+中賃金+低命令」となる。企業側の無限定の命令は若者にとって、生活の見通しがたたない状態を生み出しているが、これは企業にとってもデメリットが大きい。若者の不信感が増大し、離職が増えれば、離職に伴う係争費用、採算費用、育成費用の増大が深刻になってくる。今現在は「使い捨て」で利益を上げていても、長期的には負担がのしかかってくるhずだ。この状態で利益を得ることができるのは、国内の市場無視した一部のグローバル企業と、労使が争うことで漁夫の利を得ようとする悪徳な弁護士だけである。悪徳弁護士は、ルール不在であるが故の商売を行っているが、社会悪というほかない。これによってますます社会的な費用がかさみ、日本の生産性や国際競争力は地に落ちていくことだろう。新しいシステムへの移行は、日本で働く人々にとっても、日本で生産活動を行う企業にとっても、不可壁なのだ。
<目次>
【第Ⅰ部 個人的被害としてのブラック企業】
第1章 ブラック企業の実態
ブラック企業の「前史」
「ブラック企業」との遭遇
IT企業Y社の事例-徹底的な従属とハラスメント
「新卒=コスト」「人間としておかしい」と罵られる
ハラスメントを通じて「効率的に」退職させる
「改善」という名の人間破壊
ナンパ研修、お笑い研修、セクハラの横行
「コスト=悪」意識の内面化
大量採用、大量退職で「選別」
衣料品販売X社の事例-超大手・優良企業でも大量の精神疾患が
就職活動では「エリート」だったが
「宗教みたい」な新人研修
「自己学習」「半年で店長に」のプレッシャー
入社後もずっと続く「選抜」
苦痛に心を飲み込まれる瞬間
いったん休職しないと退職できない理由
毎日、床で寝る生活
好景気になろうが待遇は変わらない
第2章 若者を死に至らしめるブラック企業
①入社したのに「予選」期間
②「誇張された月収」という罠
③労災認定にトップが「異論」
④「名ばかり店長」で残業代ナシ
第3章 ブラック企業のパターンと見分け方
ブラック企業の指標:働き続けることができない
パターン1 月収を誇張する裏ワザ
パターン2 「正社員」という偽装
パターン3 入社後も続くシューカツ
パターン4 戦略的パワハラ
パターン5 残業代を払わない
パターン6 異常な36協定と長時間労働
パターン7 辞めさせない
パターン8 職場崩壊
第4章 ブラック企業の辞めさせる「技術」
退職、辞職、解雇はどう違うか-労働法から
「解雇」せずに辞めさせたい理由
意図的に鬱病に罹患させう
「民事的殺人」-権利を行使できないまでに壊される
辞めさせる「技術」が高度になってきた
「ソフトな退職強要」という進化形
磨き抜かれた「辞めさせる技術」に対抗するには
第5章 ブラック企業から身を守る
「戦略的思考」をせよ!
鬱病になるまえに、5つの思考・行動を
争う方法
「選別」への対応
「使い捨て」への対応
逃げ続けてもブラック企業はなくならない
【第Ⅱ部 社会問題としてのブラック企業】
第6章 ブラック企業が日本を食い潰す
第一の問題-若く有益な人材の使い潰し
描けない「将来像」
「自己都合」退職に追い込まれる
第二の問題-コストの社会への転嫁
精神疾患が増え、医療費が国民全体にしわ寄せ
「生活保護予備軍」を生むブラック企業
「すべり台社会」から「落とし穴社会」「ロシアンルーレット社会」へ
「日本」という資源の食い潰し
まともな企業の「育成」も信用できなくなる
少子化-恋愛・結婚・子育てなど不可能
消費者の安全もなくなる
グローバル企業の発射台となる日本-海外逃亡するブラック企業
国滅びてブラック企業あり
第7章 日本型雇用が生み出したブラック企業の構造
ブラック企業に定義はない
「日本型雇用」の悪用-企業の命令権
「メンバーシップ」なく過剰に働かせる
すべての日本企業は「ブラック企業」になり得る
「就職活動」の洗脳が違法行為を受け入れさせる
「自己分析」という名のマインド・コントロール
就活の「ミスマッチ」を通じた精神改造
「正社員へのトライアル?」-非正規雇用の変化と永遠の競争
雇用政策がブラック企業を支える
日本型雇用を「いいとこどり」する振興産業
単純化(マニュアル化)・部品化す労働
労使関係の不在と「休職ネットワーク」
「ブラック士業」の登場
中小企業がブラック化する構図
従来型大企業まで引きずられる
第8章 ブラック企業への社会的対策
間違いだらけの若者対策
「キャリア教育」がブラック企業への諦めを生む
就職活動「支援」による「諦念サイクル」
トライアル雇用の拡充があぶない
本当に必要な政策-業務命令を制約する
「普通の人が生きていけるモデル」を策定
若者はどうしたらよいのか
ブラック企業をなくす社会的な戦略
参考・引用文献
おわりに
面白かった本まとめ(2013年上半期)
<今日の独り言>
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