私の勤める会社は外資系で親会社はフランスにある。今月一ヶ月間本社から監査のためにフランス人が滞日中。彼らと世間話をしていてフランスで今一番人気のある歌手は誰?と尋ねると「ミレーヌ・ファルメールかなぁ」と言われ、久々に聞いた名前に感動した。
1961年カナダ生まれのミレーヌは、80年代半ば卒業旅行で訪れたパリのテレビでプロモ・ビデオを観てあまりに印象的で一発でファンになってしまった。そのビデオは10分近い長さの映画の予告編かと思う程凝った作りで最初はてっきり女優だと思い込んでいた。その美貌も恐ろしい程でパリで買ってきたポートレートは額に入れて未だに自室に飾ってある。当然ながら全曲フランス語なので何を唄っているのかは勿論、曲名の意味も分からなかったが、80年代らしいエレ・ポップ・サウンドの上に漂うように儚げに流れるミレーヌのウィスパー・ヴォイスが溜まらなく魅惑的だった。
80年代末に日本盤が発売されたときは狂喜乱舞した。当時の日本はワールドミュージック・ブームで英米以外のポップスが色々紹介された時代だった。ベルギーのヴィクター・ラズロ、アイルランドのエンヤ、フランスのヴァネッサ・パラディなど魅力的な女性歌手が各国から登場した。ミレーヌもフランスで100万枚のセールスを記録したというセカンド・アルバム『Ainsi soit je...(邦題「ミレーヌ・ファルメール」)』が日本発売された。そのジャケットがまた素晴らしい写真でフランス盤LPも購入して飾っていた。サウンドはデビュー作以上にポップでヴォーカルはさらに魅力的だったが、解説書に掲載された歌詞の翻訳にはかなり驚いた。ドメスティック・ヴァイオレンスや性倒錯、背徳の美、死体愛、SMなど挑発的なテーマに満ちたショッキングな世界が歌われていたのだ。
それは1991年のサード・アルバム『L'Autre...(邦題「二重人格」)』でますますエスカレートする。世界崩壊を歌ったシングルの『Desenchantee(邦題「夢から醒めて…」)』はフランスでは100万枚のシングル売り上げ最高記録となり9週連続チャートNo1、フランス以外でもベルギー、オランダ、ドイツ、オーストリア、カナダなどでヒット・チャートに入ったという。アルバムも200万枚という記録的な大ヒットになったが、描かれた世界は絶望や死や鬱などのテーマが顕著なサイコ・ホラー的ニュアンスの作品だった。今改めてamazonなどで検索してみると「存在感はマドンナと同等だが、音楽的にはケイト・ブッシュと比較すべき歌手」と書かれていて、なるほどと納得した。こんなパラノイアックな作品が大ヒットするのがサドやサルトルやボーヴォワールを生み"自殺ソング"の「暗い日曜日」がスタンダード・ナンバーとして人気を博すフランスならではである。
その後はあまりミレーヌを追いかけることは無かったが本国では順調に活動を続け、デビューから30年近く経った現在でも人気No.1歌手として活躍しているというから感慨深い。wikipediaによると「フランス語圏では絶大な人気を誇り、フランス最大の音楽賞であるNRJ Music Awardsの最優秀女性アーティスト賞を4度、最優秀アルバム賞を3度も受賞するなどフランスを代表する女性歌手である」と書かれている。
残念ながらその魅力はフランス語圏以外にはなかなか伝わりにくい。特にH.R.ギーガーのアート等による大掛かりなセットを駆使して展開される儀式風のコンサートは現地で経験しなければ分からないだろう。日本にもプロモーションで来たことはあるがコンサートは行われていない。
▼最大のヒット曲「夢から醒めて...」の10分を超える長編ビデオ。ミレーヌの魅力を感じていただければ幸いである。
Mylène Farmer - Désenchantée
ミレーヌに
惚れた私も
歳を取り
無理に日本のアーティストに例えるとすれば、ドリカムが筋少の曲を小室哲哉のアレンジで唄ってるという感じだろうか(違うか 汗)。