武道館でザ・フーとしての初の単独公演を観たのが2008年11月。オリジナル・メンバーが二人になってしまったザ・フーのライヴは決して悪くなくファンとしては2時間たっぷり彼らのステージを堪能できて感慨深いものだった。その後ピート・タウンゼンドが聴覚障害のため演奏活動が困難になり、2011年7月からロジャー・ダルトリーがソロで1969年発表のロック・オペラ「トミー」ツアーをアメリカでスターとしたことが報じられた。そして2012年初頭、ロジャーの「トミー」ツアーが日本でも開催されることが発表された。
私のザ・フーとの出会いは中学時代、正月の渋谷陽一氏×大貫憲章氏による「今年のロック・シーン予想」的なラジオ特番で大貫氏がパンクの元祖として「マイ・ジェネレーション」を紹介したのが最初である。恐らく部屋のどこかにその番組をエアチェックしたカセットが残っているはずだ。パンクの魅力に心酔していた私には「マイ・ジェネレーション」の激しいサウンドと挑発的な”どもり”ヴォーカルが印象的だった。
しかし当時ザ・フーの人気・知名度は決して高くなく、レコード店にコーナーこそあれ、「トミー」「フーズ・ネクスト」「ロックンロール・ゲーム(The Who By Numbers)」くらいしか置いてなかったと記憶している。1978年にキース・ムーンの遺作となった「フー・アー・ユー」がリリースされ注目されるが、当時の私にはパンクとは似ても似つかぬ古色蒼然としたハードロックに聴こえ、余り興味を惹かれなかった。
1979年に映画「さらば青春の光」が公開され、そのイメージは一気に払拭される。ザ・ジャム、マートン・パーカス、シークレット・アフェアーなどネオ・モッズの台頭に併せて制作されたこの映画を何故か1時間もかけて立川の映画館まで観に行った。主演のジミー役のフィル・ダニエルズに共感すると共に、映画の中でチラッと映る60年代のザ・フーのテレビ番組での演奏シーンに感動した。映画館を出るときには完全にモッズ少年になりきっていた。父の釣り用のカーキ色のコートを衣装棚の奥から見つけモッズ・コート代わりに着て街を闊歩(モッズの歩き方は”闊歩”と呼ぶのが相応しい)していた。同時期にドキュメンタリー「キッズ・アー・オールライト」が発表されたが、日本では勿論一般公開されることなく、渋谷クロコダイルで密かに上映されたのを観に行った。スクリーンもなく店の天井に設置されているモニターに映るザ・フーの演奏を食い入るように見つめたものだ。前後して「ウッドストック」と「トミー」を名画座で観て、ハードロック期のザ・フー、特にピートのアクロバティックなギター・プレイに大きく影響され、自分でも鏡の前で風車奏法やジャンプの仕方を練習した。風車奏法でギターにぶつけて出来た手の傷はまだ残っている。
1980年代前半までよほどの人気アーティストじゃない限りロックのライヴ映像は海賊版でしか手に入らなかった。正規のビデオも1万円以上したのでもっぱら西新宿のブート屋通いをすることになる。ビデオだけじゃなくブート・レコードも高価だったが買った。劣悪な音質/画質のレコードやビデオで何回も憧れのアーティストの演奏を体験したものだ。高画質・高音質のDVDが廉価版で容易に手に入る時代が来るとは想像だにしていなかった(当然DVDという概念もなかった)しYouTubeなどパソコンでいつでも無料で貴重な動画が観られるなんて夢のまた夢だった。って歳喰うと昔話が長くなるので止めよう。
さて3年半ぶりのロジャーとの出会いである。バンドは前回のザ・フー日本公演にも同行したピートの弟サイモン・タウンゼンド(vo,g)、日本語が堪能なフランク・シムズ(g)、スコット・デヴァウアズ(ds)、ローレン・ゴールド(key)に正規のベーシストが来日直前に足を骨折したために3日前に急遽加入したというベーシスト(名前不明)の5人。フォーラムAは1階は最後列まで埋まっている。ザ・フーの時には往年のオヤジ・ファンが圧倒的に多かったが、今回は意外に若い客層で女性客の姿もかなり目に付く。幸運にも6列目という良席だったのでロジャーの一挙一動が良く観えた。
ほぼ時間通りにバンドが登場。「ロジャーっ!」という掛け声があちこちから上がる。「序曲」からライヴ・スタート。「トミー」の冒頭はインストとピートのヴォーカルで、ピートのパートはサイモンが唄う。さすが兄弟、声がよく似ている。ロジャーは両手のタンバリンを打ち合わせる。3曲目でやっとロジャーのヴォーカル。67歳とは思えない力強い歌声に感動する。ザ・フー時代からの持ち芸マイク振り回しも惜しげもなく披露、その度に大歓声が上がる。聴いていくうちに、これはまさにアルバム版「トミー」の見事な再現だと気が付く。レコーディングではアコースティック・ギターやホーン、キーボードを取り入れスタジオワークを駆使した凝ったサウンドになっている。しかしザ・フーは楽器はg,b,dsの3人だけなのでステージではレコードとは全く別モノの荒々しいハードロックに変貌する。1970年のライヴでは「トミー」が全曲演奏されており、それは「ライヴ・アット・リーズ」のデラックス・エディションで聴けるのだが、曲は同じでもレコードの印象とは大きく異なる演奏である。それが今回は二人のギターとキーボードによりアルバム通りのサウンドが再現されたのである。ピートがいないのでギター・アクションに目を奪われることなく楽曲の良さとロジャーの歌声に浸ることが出来る。目から鱗の体験だった。「トミー」のレコードは何度も聴いたがこうして生で再現されると如何に綿密に作り上げられた"ロック・オペラ"なのかが実感出来る。面白いのは「 従兄弟のケヴィン」「フィドル・アバウト」のジョン・エントウィッスル作の2曲の異様さだった。「トミー」というメルヘンの中に仕掛けられたワナとでも言うか、天国に迷い込んだ悪魔と言うか、とにかく変態性の目立つ曲である。
「大丈夫かい」の唄い出しで音が取れず「耳に水が入った」と言い訳した以外はMC一切無しの「トミー」全曲1時間強が終わると、多少リラックスしてロジャーもアコギを弾きながらザ・フーの曲を中心に演奏。ジョンのヴォーカルをネタにした笑い話や14歳で工場で働いていた頃週末が楽しみだったことを唄った自作曲の紹介などをギターのフランクが通訳する。ザ・フーではライヴで演奏をしたことが無いという「ゴーイング・モービル」も披露。ブルースの名曲「I'm Your Man」をワン・フレーズ唄い、続けて「マイ・ジェネレーション」をさらっとしたアレンジで演奏、そのままパワフルな「ヤングマン・ブルース」へ突入。これが最もスリリングだった。「ババ・オライリー」でピートの♪Don' Cry~♪というパートで客席へマイクを向け大合唱を促すという演出も楽しかった。「日本へ着いてまだ3日目なので時差ぼけに悩まされているよ」とぼやきつつ、メンバーが引っ込んでからウクレレの弾き語りで1曲演奏。「愛の支配」や「無法の世界」も聴きたかったところだが、2時間15分の熱演に充分満足した夜だった。
<Set List>(4/23分ウドーHPより転載)
1.Overture
2.It's A Boy
3.1921
4.Amazing Journey
5.Sparks
6.Eyesight To The Blind (The Hawker)
7.Christmas
8.Cousin Kevin
9.The Acid Queen
10.Do You Think It's Alright
11.Fiddle About
12.Pinball Wizard
13.There's A Doctor
14.Go To The Mirror Boy
15.Tommy Can You Hear Me?
16.Smash The Mirror
17.Sensation
18.Refrain - It's A Boy
19.I'm Free
20.Miracle Cure
21.Sally Simpson
22.Welcome
23.Tommy's Holiday Camp
24.We're Not Gonna Take It
25.I Can See For Miles
26.The Kids Are Alright
27.Behind Blue Eyes
28.Days Of Light
29.The Way It Is
30.My Generation / Young Man Blues
31.Baba O'Reilly
31.Without Your Love
33.Blue, Red And Grey
名曲を
再現するのも
ロックです
ロジャー・ダルトリー「トミー」ツアーはまだ続くので迷っている方はぜひ行かれることをおススメする(ウドーの回し者ではありません 笑)
4月27日(金) 神奈川県民ホール
4月28日(土) 大阪アルカイックホール
4月30日(月・祝) 名古屋市公会堂