Keith Tippett(グランドピアノ)
キース・ティペット日本ツアー東京二日目。キースはキング・クリムゾンの「ポセイドンのめざめ」「リザード」「アイランド」に参加したことで知られているが元々は前衛ジャズ・ピアニストでありクリムゾンにはゲストとしての参加である。昨年頭からキース・ティペット・グループの2ndアルバム「Dedicated To You, But You Weren't Listening」(1971)を愛聴していた。エルトン・ディーンやロバート・ワイアットといったソフト・マシーン人脈のミュージシャンが参加したこの作品はソフツ風のジャズロックとキースの出自であるフリージャズがバランス良く混在した英国ジャズの名盤。嘘つきバービーのライヴ会場で知り合ったふた回り年下のゆら帝好きの女性が好きだと言っていたから誰か最近人気のアーティストが紹介したのかもしれない。そもそもキースのことを知ったのはジュリー・ドリスコールがきっかけである。1960年代スウィンギングロンドンのアイドル歌手だったジュリーがより実験的な音楽を求めて出会ったのがキース。ジュリーは1stソロ・アルバム「1969」にゲスト参加したキースと恋に落ち結婚、以来二人は公私ともに良きパートナーとして活動する。
Keith & Julie Tippett live in Jazz à Luz 2007
今回の来日決定の報に最初に頭に浮かんだのは奥さんのジュリーも一緒に来るのか?ということだった。プロモーターの大沢さんに確認すると「今回はキースひとりだが次回考えたい」とのこと。大沢さんの主宰するReal&Trueはちょうど1年前ピーター・ハミルを招聘したプロモーターでアーティストとファンの両方の気持ちを充分理解した良心的な公演を企画する。前回は公演後ファン・ミーティングとしてピーター本人と交流する場を設けてくれた。今回は小規模の会場での公演なのでキースと話せるに違いないと思いサイン用のレコードを探す。「Dedicated~」は黒ジャケでサインしにくいのでレコード棚を捜索し1stアルバム「You Are Here ... I Am There」を発掘。ジャケが黄ばんでいるが経年を考えれば悪くない。ところが捜索中に大変なことを発見。窓際に置いた段ボールのCD棚下の絨毯が湿っぽいので調べたら段ボールがびしょ濡れでCDがすべて湿気と黴でダメになっている!怖くて全部は確認していないがグルグル、ポポル・ブー、ファウスト、CAN、ノイ!、クラウス・シュルツ、クラスター等のジャーマン・プログレが全滅。完全に凹む。引っ越して以来一度もチェックしなかったことを悔やんでも悔やみ切れない。。。
気分が堕ちたまま中目黒へ向かうとこの日東横線と副都心線が直通運転開始で渋谷駅が大混雑。迷路のような地下通路にいらだちが募りヤヴァな精神状態に。開場5分前に中目黒駅に辿り着き楽屋(らくや)へ。人だかりがしていた。プログレ系のライヴで見覚えのある顔が多い。銀髪率高し。整理番号1が早かったのでピアノの真横の良席を確保。ジャズクラブ風の暗い洞窟空間を想像していたら和風ピアノカフェといった風情の落ち着いた雰囲気だったので気分回復。バーカウンターの側で食事中のキース・ティペットがニコッと笑って「ハイ!」と手で合図するので「フレンドリーな人だな~」とアガる。65歳のキースは恰幅のいい大学教授または船乗りという風貌でちょっと日野日出志に似ている。お客は皆プログレやフリージャズ好きだと思われるがそれぞれひとりの世界に浸っている。
時間になるとキースがピアノの方へ歩いて登場。じっと精神統一し、おもむろにオルゴールを鳴らしピアノの中に何かを置く。誰でも知ってるショパンのメロディーに重ねてつま弾くとポコポコというパーカッシヴな音。プリペアドピアノと同じ原理だが「Prepared=準備された」ではなくその場でオブジェを置き動かしながらの演奏。オブジェの位置を変えるとガムランからチェンバロさらに電子音に似たクラスターへと音が変化する。細かく正確なフレーズが劇的な変拍子の早弾きで奏でられテクニックの素晴らしさに圧倒される。シェーベルク風現代音楽、ブルーノートのジャズピアノ、ミニマルなポリリズム、激烈なフリージャズ、サティ風アンビエントと目紛しく変化する。横から観るとキースがひたすら演奏に没頭している様子がひしひし伝わる。観客も一瞬たりとも気を抜けない緊張感を共有している。普通ピアノソロはどんなにいい演奏でも10分くらいすると眠気に襲われるものだが今回は完全覚醒状態。時々ドキッとする高音キーを叩いたりエフェクターを通したとしか思えない不思議な音響になったりする。圧巻だったのは左手でマラカスを振りながら延々と変拍子反復ポリリズムを弾き続けたパート。最後に再びオルゴールで今度は「ゴッドファーザーのテーマ」。息つく暇もなく休みなしの集中した演奏にまるで複雑に作曲されたチェンバーロック組曲を聴いたような興奮と心地よい疲労感を覚えた。「完璧な環境と熱心なオーディエンスの前で演奏出来て全力を出し尽くした。もうこれ以上何も演奏出来ない。アリガトウ」と挨拶してライヴ終了。1曲50分のPAを使わない生音ライヴに全員満足だったのは間違いない。
Keith Tippet Louis Moholo
▼ピアノの中のオブジェ。
声を掛けると「君は昨日も来ただろう?」とキース。なるほど開演前の愛想良さは前日のライヴの客と勘違いしてたのかと納得しつつ「いえ違います」と前置きして少し話をした。このような即興演奏は1980年代から「Mujician(ミュージシャン)」というプロジェクトで行っているとのこと。当初はソロで後にグループに発展。オブジェを使ったピアノによる完全即興を追求している。オブジェはすべてイギリスから持参した。ジュリーとは前回デュオで来日したとのこと。イギリスの田舎暮らしなので日本までドア・トゥ・ドアで20時間もかかる。ふたりとも歳なので長時間の飛行機旅行は辛い。次来る時はロシア・ツアーを挿んでロンドン~モスクワ~東京として時差ボケを抑えようとおっしゃる。
演奏の流れがプログレ組曲みたいだったと感想を言うと「それは面白いね。ロックの要素があるとは自分では気づかなかった」という反応。また最初のオルゴールはゴミ収集車の曲だねと言うと「ハハハその通り」と笑っていた。その夜ファン・イベントが予定されていたにも関わらずその場でサインと記念写真に応じてくれたキースとそれを許してくれた大沢さんに感謝したい。
Mujician - Spacetime, Parts 1, 2 & 3
▼キース・ティペットのサインGET。
プログレも
ジャズも音楽
区別しない
奇しくも川崎クラブチッタではエイドリアン・ブリューやトニー・レヴィンによるクリムゾン・プロジェクトの日本公演中。両者に交流があるのか聞きそびれた。。。。。たぶんないような気がする。