今日ボクは、リテラの下記の文を読んだ。
http://lite-ra.com/2015/11/post-1671.html
アベをはじめとした日本の国家主義者たちは、明治という時代に郷愁を抱いているようなのだ。それもきわめて偉大で栄光ある時代として。
だから11月3日の「文化の日」を「明治の日」にしようとしている。
今ボクは、6回にわたる講座を持っているが、ボクの講座の内容は、そうした人びとの歴史認識とまさに対峙するものとなっているはずだ。
講座の聴講者と話していて思い知らされることは、歴史好きという人びとは、決してボクらが読むような一定水準以上の内容を持った学問的な本は読んでいない、ということだ。
歴史を学び研究するボクらが共通の話題として話すことは、一般社会では共通のものではないのだ。
ボクは、来年も講座を引き受けることにした。
多くの戦後歴史学を率いていた方々が、次々と去って行かれる。戦後歴史学が生みだしてきたものを否定する荒っぽい議論が吹き出している。そうした傾向を座視していて良いのか。戦後歴史学の成果をより豊富にして次の時代に伝えるのはボクらの役割ではないか。
歴史を学ぶ者は、奮起しなければならない。そう呼びかける以上、ボクは風邪だといって休んではいられない。今日から、まだ完全ではないが、従来の生活に戻った。
たくさんの本が、ボクを待っている。
http://lite-ra.com/2015/11/post-1671.html
アベをはじめとした日本の国家主義者たちは、明治という時代に郷愁を抱いているようなのだ。それもきわめて偉大で栄光ある時代として。
だから11月3日の「文化の日」を「明治の日」にしようとしている。
今ボクは、6回にわたる講座を持っているが、ボクの講座の内容は、そうした人びとの歴史認識とまさに対峙するものとなっているはずだ。
講座の聴講者と話していて思い知らされることは、歴史好きという人びとは、決してボクらが読むような一定水準以上の内容を持った学問的な本は読んでいない、ということだ。
歴史を学び研究するボクらが共通の話題として話すことは、一般社会では共通のものではないのだ。
ボクは、来年も講座を引き受けることにした。
多くの戦後歴史学を率いていた方々が、次々と去って行かれる。戦後歴史学が生みだしてきたものを否定する荒っぽい議論が吹き出している。そうした傾向を座視していて良いのか。戦後歴史学の成果をより豊富にして次の時代に伝えるのはボクらの役割ではないか。
歴史を学ぶ者は、奮起しなければならない。そう呼びかける以上、ボクは風邪だといって休んではいられない。今日から、まだ完全ではないが、従来の生活に戻った。
たくさんの本が、ボクを待っている。