浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

歴史認識をめぐる動き

2015-11-12 22:02:53 | その他
 今日ボクは、リテラの下記の文を読んだ。

http://lite-ra.com/2015/11/post-1671.html

 アベをはじめとした日本の国家主義者たちは、明治という時代に郷愁を抱いているようなのだ。それもきわめて偉大で栄光ある時代として。

 だから11月3日の「文化の日」を「明治の日」にしようとしている。

 今ボクは、6回にわたる講座を持っているが、ボクの講座の内容は、そうした人びとの歴史認識とまさに対峙するものとなっているはずだ。

 講座の聴講者と話していて思い知らされることは、歴史好きという人びとは、決してボクらが読むような一定水準以上の内容を持った学問的な本は読んでいない、ということだ。

 歴史を学び研究するボクらが共通の話題として話すことは、一般社会では共通のものではないのだ。

 ボクは、来年も講座を引き受けることにした。

 多くの戦後歴史学を率いていた方々が、次々と去って行かれる。戦後歴史学が生みだしてきたものを否定する荒っぽい議論が吹き出している。そうした傾向を座視していて良いのか。戦後歴史学の成果をより豊富にして次の時代に伝えるのはボクらの役割ではないか。

 歴史を学ぶ者は、奮起しなければならない。そう呼びかける以上、ボクは風邪だといって休んではいられない。今日から、まだ完全ではないが、従来の生活に戻った。

 たくさんの本が、ボクを待っている。

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春画展

2015-11-12 21:27:04 | 日記
 近世浮世絵について語る際に、春画に触れないわけにはいけない。ボクはそういうときには、必ず春画について話している。

 今永青文庫で、日本で、おそらくはじめての春画展が開かれている。数年前、大英博物館で開催され、大好評だったそうだ。『芸術新潮』はすでに何度かその特集をしている。

 今までも、なぜ日本では春画が公然と展示されないのかと思っていた。『芸術新潮』は、言うまでもなく、芸術の雑誌である。芸術の雑誌が春画を芸術として取扱い、公然と販売しているのだから、堂々と展覧会もやればよいのだ。

 ところが、今まで美術館は、問題になったらまずい、として展覧会をやらなかった。しかし元首相の細川氏が理事長を務める永青文庫が堂々と春画展を行ったら、他の美術館からも引き合いが来ているというのだ。なんという小心者。

 男女の性の営みを堂々と描く春画は、人間そのものを描いているといってよい。個々の人間は、性の営みの結果誕生しているのだ。そうした性を隠すべきものとする背景には、権力の企みがある。

 ポルノが男性向けだとするなら、春画はそうした対象をもたない。春画は、すべての人間に向けて描かれているのだ。そうした春画は、堂々と展示されるべきものである。

 今日届けられた『週刊金曜日』。特集は「春画と戦争画」である。春画展への言及があったので、今日は春画について書いた。
 
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