知られざる韓国済州島の海女抗日運動から90年 日本の官製企業や漁協が搾取、海女の手取りは20%
静岡県内にも、朝鮮人海女の痕跡がある。伊豆地方ではあるが。
東洋経済がネットで、学校では非正規教員の割合が驚くほどに高いという記事を載せている。その記事の対象は公立の学校である。
しかし、私学ではもっともっと多い。私学は非正規の教員の方が多いのではないか。要するに、経費を出来るだけかけないで学校経営を行う。その背後に、カネ儲けが潜んでいるのかも知れない。
私学の場合も取材してもらいたい。
ウクライナに対するロシアの侵攻が終わる見通しはまったくみられない。嘆かわしいことだ。戦争は、庶民の生命と生活を破壊する、庶民にとっては良いことは何もない。それは、ウクライナだけではなく、ロシアも同様である。政治権力を掌握している者たちは、みずからの野望と威信を維持するために、戦争を続ける。
一旦戦争が開始されると、戦争は、だからなかなか終わらない。日本の対米英戦争もそうであった。1941年12月に開始された戦争は、翌年6月のミッドウェー海戦まで日本は勝利し続けたが、それ以降はひたすら負け戦を戦った。とりわけ1944年7月のマリアナ諸島が米軍の占領下に入り日本の敗戦が確定したにもかかわらず、翌年8月迄戦闘は続き、多くの戦死者、被災者を生みだした。戦争による被害がどれほど大きくなっても、それよりは為政者の野望と威信の確保が優先される。「国体護持」がその象徴で、ほんとうに悲しい事実だ。
悲惨な戦争が終わらない。国際社会はプーチンの野望を止めることができないでいる。国際連合も、安全保障理事会の拒否権を持つ常任理事国が戦争を率先して始めるのだから、その力を発揮できていない。
第一次世界大戦以降に確立されたと思っていた「戦争の違法化」は、第2次大戦後、常任理事国によって無効化されてきた。とりわけアメリカは、無効化の先頭を走っていた。英仏も、アメリカと歩調を合わせていた。ソ連=ロシアもチェコ、チェチェンなどで同じようなことをしてきた。世界は平和を享受できていない。
私は『現代思想』の臨時増刊号「ウクライナから問う」を再読し始めた。酒井啓子は「色褪せた規範のゴミを紛争地に捨てるな」で、「ウェストファリア体制を指摘するまでもなく、現在の国際秩序は西欧の国家間関係の歴史の上に成立したものである。その国際社会が基盤とする秩序概念は、国家主権の絶対性であり、国家領域の不可侵性であり、民族/国民の自決性である」と記す。
私は、西欧発祥のものであっても、第2次大戦後はこの国際秩序が曲がりなりにも平和を導いていくと思っていたが、その西欧が、アメリカを中心にその秩序を無視する行動をとり続けてきた。イラク、アフガン、ソマリア、イエメン、リビア、シリア・・・・そしてロシアもアメリカなどが敷いた線路を走り始めた。
同書には、塩川伸明・池田嘉郎の対談がある。両者ともロシアなど東欧史の研究者である。ウクライナがみずからのアイデンティティを確立するために、ソ連時代に抑圧されていたウクライナ語の使用を強化する施策をしてきた。それは同書の松里公孝の論文にも記されている。他方、同じようなことがロシアでも展開されてきたことを塩川や池田が指摘している。「歴史上の愛国主義を象徴する人物を褒め称える」、それを行っているのがメディンスキーであり、ロシア軍事史協会などである。
池田はこう語る。
「ヨーロッパ的価値観の世界秩序でとりあえずはやっていこうという時代が2010年代頃からどんどん解体していき、今後はそれぞれの地域、それぞれの国が自分たちのナショナリズムや過去の解釈を用いて国民統合し、強大な国になればいいのだという新しいモードが どこでも多かれ少なかれ出てきたなかで、メディンスキーというのはロシアにおいてそれを率先して行なってきた人物だと思います。とにかくロシアの統合や偉大さを強調できればそれでいいという開き直った歴史観を打ちだしている」
「クリミア併合以降のロシア全体の社会を愛国ムードで固めてきたのがメディンスキーなのです」
つまり開戦前に、それぞれがナショナリズムを高揚させてきていた、それが2月24日に火を噴いた、ということになる。ウクライナ側は全面的なロシアの軍事侵攻を予想していなかったようだが、ロシアの側はそれを想定した動きを、たとえばばく大な国家予算を投入して「愛国主義を涵養する」事業を行ってきていたのだ。
私は、ナショナリズムの高揚、愛国主義を涵養する「右翼」的な動きを、だからこそ日本においても警戒しなければならないと思う。ナショナリズムの高揚、愛国主義の涵養は、戦争へとつながっていくのだ。
そして戦争が開始されれば、国民のなかに生みだされたナショナリズムや愛国主義が、権力者の戦争継続を後押しする。
戦争は、平和のうちに準備されるのである。
ロシア=プーチン政権によるウクライナ軍事侵攻は、終わりが見えない。国際社会は、その終わりをつくろうとしていない。
またもしウクライナがロシアに降伏すれば、ロシアの占領下では想像を超えるような事態がつくられるのではないかという危惧もある(シベリア抑留を想起する)。おそらくウクライナの人びとはそれを予想して徹底抗戦しているのだろうが、しかしそうであっても、早く終わって欲しい。
矛盾のなかにある私は、ウクライナの状況をネットで注視し続けている。
ロシアによるウクライナ侵略に関する情報が、私のところにも送られてくる。私の立場は、別にゼレンスキー=ウクライナ政権を「善」とするつもりはまったくないが、ロシアのウクライナ侵攻は20世紀以降の戦争違法化の国際的な動きを踏みにじり、主権国家への軍事侵略を行った、ということで、ロシア=プーチン政権は「絶対的な悪」に踏み込んだ、というものである。
送られてくる情報にはTwitterのアドレスが多い。私はTwitterの情報を紹介することはほとんどしていない。また送られたTwitterに掲げられているものには、たとえ説明がつけられていても、その信頼性、出所など私には確認のしようがない。
また送られてくる情報の内容には、文献の紹介がない。ネットに依存して情報を集め、それによって判断しているようだ。
私は歴史研究をひとつの仕事にしているが、歴史を研究する際に依拠する史料については、信用できるかどうか、史料批判を行う。その史料が正しいかどうか他の史料と照合したり、文献を読み込んでその史料に記されているものが従来の研究史にとって妥当なものであるかどうかを吟味する。
また史資料は一律に扱うべきではなく、そこには軽重がある。つまり信用性に於いて、差があると言うことだ。最近の社会学者による歴史研究に対して私は批判的であるが、その批判の理由のひとつが文献に依拠する場合の信用性における軽重をしっかり判断していない、ということがある。
事態の判断について、少なくとも20世紀以降の歴史の展開、今までの学問的研究の延長線上でなされるべきである。
ネット上にあふれる情報、とりわけTwitterの情報は判断の基準にすべきではない。詳しいことは知らないがTwitterは少ない文字数しかつかえないという。ひとつの判断を提示するためには、短い文ではとても判断の理由を説明できない。私がTwitterをやらない理由はそこにある。
友人は、私のこのブログの文が長すぎるという。私は、しかしそれを変えるつもりはない。
私には、きちんとした文献に基づいた意見を送って欲しいと思う。そうでなければ、私はさらっと眺めて削除するだけである。
プーチン=ロシア政権によるウクライナ軍事侵攻について、今もってプーチン=ロシアの意向を斟酌している人びとがいる。プーチンという人物について、私もそんなに関心を持っていなかったが、この侵略戦争が始まってからプーチンに関する文献を読んできたが、ロシアの指導者のなかでも極悪と言われるスターリンと肩を並べるほどの悪人であるという結論となった。
振り返って見れば、ロシアという国の歴史は、庶民にとって決して良い国ではなかった。それは近代日本も同じであるが、庶民は貧しく、周辺の他民族が居住しているところに浸出してみずからの版図に加えていった。
スターリン体制の下では、ロシア帝国時代よりも過酷といわれる強制収容所をつくり、政敵を片っ端から殺していった。そして第2次大戦では本来支配する合理的な理由をもたない千島列島を獲得し、「満洲」にいた日本軍人らを強制労働に駆り立てた。また「満洲」地域にあった日本企業の財産を奪い取っていった。それらは中国に与えられるべきものであった。
社会主義体制が崩壊したあと、官僚たちが国家財産を簒奪して民営化し、彼らはそれらの経営者となって(オリガルヒ)私腹を肥やし、他方、庶民の生活は貧しいままであった。
プーチンも、そうしたオリガルヒの利益代表であると同時に、強大な権力を掌握し、かつてのロシア帝国→ソビエト連邦の再興を企てている。
※今、私は、社会主義を唱えていた国家の政治権力には大きな問題があったと考えている。藤田勇氏は、この事態をどう考えているだろうか。
国連難民高等弁務官事務所のニュースレターが届いた。With Youの47号である。
緊急報告は「ウクライナ人道危機」である。物事には原因があり、今回の「人道危機」はプーチン=ロシア政権による軍事侵攻がつくりだしたものだ。プーチンとロシア国家は、悪い奴等である。彼らが侵略戦争を起こさなかったら、こういう「人道危機」は起きない。
そのニュースレターには、他にアフガン、エチオピア、バングラデシュ、モーリタニアなどの記事がある。いずれも戦争や気候変動で居住地から逃れなければならなくなった人たちのことが記されている。
アフガンは、ソ連、それにアメリカなどが軍事侵攻し、人間と自然を破壊してきた。こうした大国が、本来ならばその国の人たちが立ちゆくような援助、ペシャワールの会のような援助活動をすればよいものを、自国の軍事産業のため、あるいは自国の威信のために、爆弾やミサイルを落としてきた。彼らは、私に言わせれば「悪い奴等」である。
アフリカの戦争は、一握りの者たちが自分たちの利益をヨリ多く確保するために戦闘を行い、住民たちを難民に変えていく。そういう彼らも「悪い奴等」である。
世界各地に「悪い奴等」がいっぱいいるために、そして彼らが権力や軍事力を持っているがために、そして私腹を肥やそうとしているがために、庶民は塗炭の苦しみを受ける。
そして新自由主義が席捲するなかで、多くの人々は自分たちの極大利益を追求するようになり、世界は混乱期に入っている。
「悪い奴等」が増えている。
世界はよくならない。
公共料金である電気代、ガス代が高くなっている。国民健康保険料、介護保険料も高くなっている。わが家では、総収入(所得ではない)の10%以上が国保料である。介護保険料も約9万円。
それだけではない。食料その他の物価も高騰を続けている。
私の主な収入は年金であるが、今年度は少し前年度より減っている。
そんななか、浜松市ではごみの有料化を実施しようとしている。生活にかかる経費が増えている中、こうしたことを企画する浜松市の冷酷さを感じる。
ゴミ袋でカネをとろうとするのだが、1㍑1円がその計画である。今までゴミ袋は45㍑入りが50枚で300円くらいであったのが、1㍑1円となると単純計算で2250円となる。
諸物価が高騰している中、この基準で有料化されると、どの家庭もごみをだすわけだから、貧しい家庭ほど負担が多くなるのは必定である。
スズキなど私企業に高額な補助金を提供する浜松市、市民には冷酷である。私は全面的に反対である。
私が某社の本の一部を執筆したとき、その担当編集者により、書いた内容について厳しくチェックされたことを思い出す。事実に関するチェックについてはほとんどOKだったが、言い回しなどについての指摘にはなるほどと思ったことがあった。一冊の本を出版するとき、担当編集者の力が大きい。
本書は二部に分かれている。第一部は「戦争は障害者を選別する」、第二部は「戦争は障害者を生みだす」である。第一部は、戦時下、障害者がどのような状況に置かれ、どのような差別、無視を受けたか、どのようなところに動員されたか、などを、事実に基づいて明らかにしたものである。今まで戦時下の障害者の体験を綴ったものはあるが、こうした試みははじめてであろうと推測する。ここには掘り起こされた新しい事実が記され、戦争というものが、障害者にとっていかなる事態としてふりかかってくるかが記され、戦争は障害者にとってあってはならないことであることが示される。
ただ、歴史的背景を説明した部分にあんがい間違いが多く(助詞のつかい方にもおやっと思う個所が散見された)、また引用された史料の漢字表記が多く旧字体となっていて、これでは読めない人が多いのではないかと危惧する。自治体史の資料編でも、基本的に新字体で表記するようになっているから、こうした一般書でも新字体をつかったほうがよいのではないかと思う。
著者は歴史研究の専門家ではないのだから、編集者は著者をバックアップする必要がある。その意味で、本を出版する際の編集者の力はその本に影響を与えるのである。
第二部は、空襲で身体的損傷を受けた杉山千佐子さんについての記述である。名古屋出身の著者は杉山さんが街頭でスピーチしているところを若い頃に見ていて、ドキュメンタリーを制作するために訪問したところで「再会」する。それ以降、著者は杉山さんを支え、杉山さんの本を出版したり映像作品を制作することになる。
1915年生まれの杉山さんは2016年に亡くなった。101歳である。亡くなったのはちょうど101歳の誕生日であった。杉山さんは空襲により左目がなく、右目もほとんど見えない。右の耳も聞こえないし、左の耳も充分に聞き取れないという障害をもっていた。こういう障害をもつと、生きていくなかで厳しい現実を体験することとなる。しかし杉山さんは、そうした障害をもちながらも、みずからの人生を、現実と闘いながら生き抜いていく。
杉山さんは全国戦災傷害者連絡会の会長であった。
たとえば、米軍の爆弾が落とされて爆発する。その爆発により、近くにいた兵士、女子挺身隊員、民間人が亡くなったり、ケガをしたりしたとき、兵士や女子挺身隊員には国家から援護の手が差し伸べられるが、民間人にはなされない。その民間人が防空法に基づき消火活動をしていても、隣組の活動をしていたとしても、である。
それはまったく理不尽極まりない。この時代、国家総動員体制が敷かれ、スローガンにも「聖戦へ 民一億の体当たり」などがあり、ふつうの国民も多かれ少なかれ戦争に動員されていたのだ。だから、ドイツなどでは民間人にも援護体制がつくられている。
杉山さんは、戦争で傷害を受けた人びとにも援護を、と訴え続けてきた。しかし政府は一貫して拒否してきた。軍人には階級に対応した高額な援護がなされてきたにもかかわらず、である。
何度も何度も、あきらめることなく、政府や国会議員に働きかけ続けた戦後の人生を、著者は愛情を持って描く。杉山さんの自伝もあるが、著者が描く杉山さんは躍動している。
出版社は名古屋にある。杉山さんは岐阜県で生まれ、著者も名古屋出身である。名古屋の出版社がこうした本を出版する必然性がここにある。
ひろく読まれることを期待する。
ソ連、ロシアという国家が非情であることが歴史的に明らかである上に、さらにプーチンという非情な人物が独裁者になっている。今回のウクライナへの侵攻を理解する重要な視点である。