浜名史学

歴史や現実を鋭く見抜く眼力を養うためのブログ。読書をすすめ、時にまったくローカルな話題も入る摩訶不思議なブログ。

【本】林雅行『障害者たちの太平洋戦争』(風媒社)

2022-06-12 07:24:34 | 

 私が某社の本の一部を執筆したとき、その担当編集者により、書いた内容について厳しくチェックされたことを思い出す。事実に関するチェックについてはほとんどOKだったが、言い回しなどについての指摘にはなるほどと思ったことがあった。一冊の本を出版するとき、担当編集者の力が大きい。

 本書は二部に分かれている。第一部は「戦争は障害者を選別する」、第二部は「戦争は障害者を生みだす」である。第一部は、戦時下、障害者がどのような状況に置かれ、どのような差別、無視を受けたか、どのようなところに動員されたか、などを、事実に基づいて明らかにしたものである。今まで戦時下の障害者の体験を綴ったものはあるが、こうした試みははじめてであろうと推測する。ここには掘り起こされた新しい事実が記され、戦争というものが、障害者にとっていかなる事態としてふりかかってくるかが記され、戦争は障害者にとってあってはならないことであることが示される。

 ただ、歴史的背景を説明した部分にあんがい間違いが多く(助詞のつかい方にもおやっと思う個所が散見された)、また引用された史料の漢字表記が多く旧字体となっていて、これでは読めない人が多いのではないかと危惧する。自治体史の資料編でも、基本的に新字体で表記するようになっているから、こうした一般書でも新字体をつかったほうがよいのではないかと思う。

 著者は歴史研究の専門家ではないのだから、編集者は著者をバックアップする必要がある。その意味で、本を出版する際の編集者の力はその本に影響を与えるのである。

 第二部は、空襲で身体的損傷を受けた杉山千佐子さんについての記述である。名古屋出身の著者は杉山さんが街頭でスピーチしているところを若い頃に見ていて、ドキュメンタリーを制作するために訪問したところで「再会」する。それ以降、著者は杉山さんを支え、杉山さんの本を出版したり映像作品を制作することになる。

 1915年生まれの杉山さんは2016年に亡くなった。101歳である。亡くなったのはちょうど101歳の誕生日であった。杉山さんは空襲により左目がなく、右目もほとんど見えない。右の耳も聞こえないし、左の耳も充分に聞き取れないという障害をもっていた。こういう障害をもつと、生きていくなかで厳しい現実を体験することとなる。しかし杉山さんは、そうした障害をもちながらも、みずからの人生を、現実と闘いながら生き抜いていく。

 杉山さんは全国戦災傷害者連絡会の会長であった。

 たとえば、米軍の爆弾が落とされて爆発する。その爆発により、近くにいた兵士、女子挺身隊員、民間人が亡くなったり、ケガをしたりしたとき、兵士や女子挺身隊員には国家から援護の手が差し伸べられるが、民間人にはなされない。その民間人が防空法に基づき消火活動をしていても、隣組の活動をしていたとしても、である。

 それはまったく理不尽極まりない。この時代、国家総動員体制が敷かれ、スローガンにも「聖戦へ 民一億の体当たり」などがあり、ふつうの国民も多かれ少なかれ戦争に動員されていたのだ。だから、ドイツなどでは民間人にも援護体制がつくられている。

 杉山さんは、戦争で傷害を受けた人びとにも援護を、と訴え続けてきた。しかし政府は一貫して拒否してきた。軍人には階級に対応した高額な援護がなされてきたにもかかわらず、である。

 何度も何度も、あきらめることなく、政府や国会議員に働きかけ続けた戦後の人生を、著者は愛情を持って描く。杉山さんの自伝もあるが、著者が描く杉山さんは躍動している。

 出版社は名古屋にある。杉山さんは岐阜県で生まれ、著者も名古屋出身である。名古屋の出版社がこうした本を出版する必然性がここにある。

 ひろく読まれることを期待する。

 

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