「バーク・コレクションの魅力」 「バーク・コレクション展」記念講演会 2/5

東京都美術館講堂(台東区上野公園8-35)
記念講演会 「バーク・コレクションの魅力 -日本に恋したアメリカ女性の宝物- 」
2/5 14:00~
講師 辻惟雄(展覧会監修者)

先日東京都美術館で開催された、バーク・コレクション展の記念講演会です。講師はこの展覧会を監修された辻惟雄氏。最近では「日本美術の歴史」(東京大学出版会)という本もお書きになられた日本美術絵画史の第一人者です。ここに、配布されたレジュメに沿って、講演の内容を記録しておきたいと思います。(予告タイトルは「生き続ける日本美術」でしたが、レジュメには「バーク・コレクションの魅力」とありました。そちらをタイトルにします。)


1.アメリカ人の日本美術蒐集過程

・日本美術とアメリカとの出会い
  先行したヨーロッパのジャポニスム(1867年のパリ万博)
  ↓
  ヨーロッパ経由での日本文化との出会い(19世紀アメリカ)
   財力にものを言わせて質量ともにヨーロッパを抜き去る。(=先入観なしに自由にコレクション)
    フーリア、スポールディング、ルドー、バッキンガムらの富豪

・フェノロサによる日本美術研究と作品蒐集
  1878年に来日。「お雇い外国人」として東京美術学校設立に尽力。
  アンダーソン(英・医者)の日本美術蒐集に刺激され、日本絵画を集め始める。
  富豪ビゲローらと共同で日本美術を研究、蒐集。→作品をボストンやフーリア美術館へ。

・第2次大戦後の日本美術とアメリカ
  進駐軍軍属や留学生として、アメリカ人東洋美術研究者が多数来日。
   ケイヒル、シャーマン、リー、パカードなど
  富豪らの日本美術蒐集も続く。
   パワーズ(教科書会社経営)、プライス(若冲の熱狂的ファン)、ドラッカー(経済学者)、そしてバーク。

 →世界で最も日本文化への関心が高いアメリカ人
  =質量ともに世界最高の日本美術コレクション。
   特に浮世絵では本国日本を上回る。(ハッパー:広重に取り憑かれた蒐集家。死後、広重の墓の隣に埋葬。)


2.バーク・コレクションの成り立ちと特色

・バーク一家
  南北戦争にて功績を残した名門ルヴィングストン家を母方の先祖に持つ家柄。
  いわゆる教養のある上流階級。
 
  伯父:エール大にて日本人留学生二名と親しくなり来日。(関東大震災後)
     「白衣観音図」(カタログ番号36)は、伯父帰国後、留学生の娘が手みやげにアメリカヘ持っていた作品。
  母親:1902年に日本へ観光旅行。着物などを購入。日本文化に魅せられる。
     別荘に日本庭園を建築。中国陶磁など東洋古美術全般をコレクション。
     画家オキーフ(1887-1986。風景、花、動物の骨などを描き続けた画家。)と交流。

・メアリー・バーク女史
  1954年 建築家ワルター・グロピウスのすすめで日本訪問。
       建築家吉村順三の案内で日本庭園を見てまわる。=数寄屋造などを賞賛。
       日本の田舎の風景に魅せられる。=「fell in love with Japan」
  1955年 ジャクソン・バーク(デザイナー)と結婚。
  1956年 最初の日本美術コレクションとして、江戸期の「源氏物語図屏風」を購入。
       →本格的な日本美術の勉強を始める。(=大学や研究所にて、研究生として美術史を学ぶ。)
  1962年 浮世絵のコレクションを入手。琳派を蒐集。源氏物語(英訳)を読破。
  1965年 ニューヨークの高級アパート内に「ミニ・ミュージアム」を作る。(夫ジャクソンのデザインによる。)
  1973年 この年までに、仏像、仏画、大和絵、書、水墨画などのコレクションを幅広く蒐集。
       67、68年には大量の南画(水墨を基調にした東洋画。江戸期に技法確立。)を購入。
  1975年 夫ジャクソン死去。
   →その後も蒐集に情熱を燃やす。仏像、茶室ギャラリーの増設など。

・バーク・コレクションの特色
  質の高さ。超一流・一流揃いのコレクション。(特に仏像。)
  女性らしいきめ細やかな美的感性が作品選択に表れる。(大和絵系など。美しい作品。)
  縄文土器から江戸期まで、日本美術を万遍なく概観出来る幅広いコレクション。(蕭白、若冲まで。)
  事前申し込み制にて公開。


3.バーク・コレクション展の経緯

  1985年 東京国立博物館(他)での「バーク展」 122点
  2000年 メトロポリタン美術館「Bridge of Dreams展」 168点
  2006年 東京都美術館(他)での「ニューヨーク・バーク・コレクション展」(本展) 116点
       東博展にないもの69点、メトロ展にないもの23点が出品。


4.日本人にとってのバーク・コレクションの意義

・日本美術の国際的普遍性のあかし
  海外に存在する日本美術を、作品の「流失」(ネガティブ)ではなく、その「普遍性の証明」(ポジディブ)として捉えるべき。
  文化交流に果たす日本美術の役割。(=『里帰り展』の企画。)
・日本美術を映す鏡としてのコレクション
  まさに「白雪姫の鏡」のように、日本美術を映し出してくれるバーク・コレクション。その貴重さ。


5.スライド作品解説(カッコ内の番号は、カタログ番号)

(1)縄文土器:蛇のような口縁部が印象的。
(2)埴輪:古墳時代のもの。死者の慰めとして埋葬。頬紅の赤み。髪を結ったオシャレな女性。 
(3)弥生土器:ボールのような形。弥生土器としては変わっている。赤色は魔除けの意味か。
(4)横瓶:須恵器。素焼きの土瓶。灰が表面に付着する様はうわぐすりのよう。
(6)天部形立像:彫刻としては最も大きなコレクション。木彫。顔は厳粛。貞観から藤原期に入った和風化の様式。
(14、15)不動明王坐像、地蔵菩薩立像:共に快慶作。寄木造り。目には水晶。堂々とした様子。
(17)灰釉菊花文壷:古瀬戸焼。素焼きが主流の中でうわぐすりを使った作品。(中国文化の影響か。)
(21)住吉物語絵巻断簡:文学に関心の強いバークの趣味が垣間みられるコレクション。住吉物語は原典が不明。切り取られたものが多く、詞書が残ったのはこれだけ。貴重な品。
(22)平治物語絵巻断簡:色紙大の小さな品。元は大きな巻物。六波羅合戦において平家が源氏を倒した光景が描かれる。
(23)絵因果経断簡:釈迦の前世を伝えた仏伝。巻物。活劇的。
(24)春日宮曼陀羅:藤原氏の守り神春日大社を鳥瞰的に描いた図。一番下にある鳥居から参道、宮、春日奥山と描かれる。神の使いの鹿の描写。一番上には、神が仏に姿を変えて(本地仏)描かれている。貴族が屋敷に飾って参拝していた。
(28)清滝権現像:神仏混合的な作品。女神の姿。現在残っていないふすま絵を伝える。貴重。
(29)釈迦三尊羅漢像:一番左下に聖徳太子(釈迦の生まれ変わり)、右下には空海(太子の生まれ変わり)が描かれている。謎めいた作品。
(31)源氏物語絵巻:図柄を小さくしたもの。(需要が追いつかず多く生産するため。)黒い線のみで描かれた「白絵」と呼ばれる方法。
(32)秋冬景物図屏風:ヨーロッパから手に入れた大和絵。六曲一双の片側のみ。室町期に流行った「四季絵」。ススキの枯れ草にかかる雪の様子が美しい。
(39)愚庵 葡萄図:輪郭線を使わず、墨の濃淡だけで表現。葡萄、ツタ、蝉が描かれている。
(44)雪村 竹林七賢図:竹林七賢図をパロディー化。七賢人が酒を飲んで遊んでいる。自由奔放な印象。竹もまるで人間のように伸びやかに描かれている。
(51)鼠志野葡萄文瓜形鉢:桃山期の焼物。自由自在のデザイン。引っ掻いた様に描かれた葡萄のつたが印象的。
(53)平鉢 備前:備前焼。焼物の上に他の焼物を重ねて出来た図柄。(作為的に作られた。)それが「わびさび」として評価される。
(56)白濁釉角徳利 小代:桃山期。朝鮮半島から連れて来た陶工による作品。うわぐすりが美しい。
(60)蓮池蒔絵経箱:蓮をデザインしたもの。虫にくわれたり、葉が枯れた様子も描いている。
(66)狩野探幽 笛吹地蔵図:優しく穏やかな画風。ハーグの感性が表れている。水子供養に描かれた作品。
(69)柳橋水車図屏風:桃山期の王道的デザイン。金箔にて橋が覆われている。風流な屏風画。現世から来世への橋渡しの意味。
(71)大麦図屏風:麦畑が雲の形のように切れている。霧が畑にかかっている様子なのか。抽象性も感じさせる。
(76)扇流図屏風:扇流しの構図。小川に流れている扇を絵画化。非常に珍しい構図。描かれているのは全て女性だが、後に一人の男性が金箔に隠されていたことが判明した。
(83)英一蝶 雨宿り風俗図屏風:雨宿りの光景。身分制度のある江戸期において、武家も町人も分け隔てなく雨宿りをしている様子が興味深い。
(92)尾形光琳 布袋図:光琳晩年の様式。洗練されている。
(96)酒井鶯蒲 六玉川絵巻:マイナーな画家だが、見応えのある作品。川の青みが目にしみるように美しい。一体どのような顔料を使ったのか。名前にとらわれず良い物を購入するハーグのセンスが見て取れる。
(100)伊藤若冲 双鶴図:首をグイッと曲げている鶴二羽。クレーンのような足がユーモラス。形の遊び。

以上です。最後は少々時間切れ気味で、やや駆け足での作品解説となりましたが、スライドを使って、一点一点丁寧に見せていただけました。辻氏のお話で特に印象的だったのは、バーク・コレクションのような海外の日本美術のコレクションを、「日本から失われた。」というようにマイナスの方向で捉えず、もっと懐深く、普遍的に愛されている証として考えようというくだりです。私など、どうしても海外に日本美術の至宝があることを苦く思ってしまいますが、確かに「里帰り」したこの美術品を温かく迎える姿勢は重要でしょう。とても示唆に富んだお話でした。
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