「大いなる遺産 美の伝統展」 東京美術倶楽部 2/18

東京美術倶楽部(港区新橋6-19-15)
「大いなる遺産 美の伝統展」
2/5-26

東京美術倶楽部の創立100周年を記念した「大いなる遺産 美の伝統展」です。美術商の創設した団体による展覧会ということで、彼らの関わった、日頃あまり公開されない国内の名品が並んでいます。貴重な古美術と、日本の近代絵画・工芸とのきらびやかな響宴です。まさに今だけの、見逃せない展覧会と言えるでしょう。

会場は、古美術と近代絵画、さらには近代工芸の三部構成に分かれていますが、まずは日本画の名品たちがズラリと待ち構えていました。入ってすぐの場所に展示されている小林古径の「山鳥」(1939)。見事な尾と赤みを見せる首のラインが、古径にしては随分と剛胆なタッチにて描かれています。また、まるで羽の一つ一つを紙本に貼り合わせて生み出したような立体感も見事です。背景の雪が舞っている様も場の雰囲気を盛り上げる。出だしからいきなり魅力たっぷりの作品に出会えました。

菱田春草の「柿に猫」(1910)は、淡い柿の木の下でジロッとこちらを睨みつける黒猫がとても可愛らしい作品です。また、滲み出す顔料の質感が、猫のフサフサした毛を巧みに表現しています。もちろん柿の木になっている実も瑞々しい。か細い線が春草らしい儚い世界を作り上げます。これも必見です。

どれも見応えのある作品ばかりなので、つれづれと書いていくとキリがありませんが、その作家の代表作とも言えるような一級品がいくつか展示されています。まず一点目は、大観の「或る日の太平洋」(1953)でしょうか。縦長の構図に、荒れ狂う太平洋と富士が対峙している作品ですが、ともかく富士に迫り行く海の描写が素晴らしい。大きくうねる白波は、まるで富士へ向かって飛ぶ白い龍のように描かれて、山を飲み下さんとばかりに牙を剥いています。普段は静かなはずの海が、まるで大津波のように荒れ狂った恐ろしい表情を見せている。自然に対する畏怖の念すら呼び起こす作品です。

二点目は、私が見た一連の土牛の中でも、「鳴門」に匹敵するくらい素晴らしかった「八瀬の牛」(1939)です。土牛らしいたっぷりとした顔料にて描かれた大きな黒牛。顔料の濃淡だけで、黒光りする皮膚の質感と、でっぷりとした肉体の存在感が巧みに表現されています。気怠そうな目と、思いの外に細長い尻尾。簡素に描かれた梅の紅が画面に良いアクセントを与えています。これも見事としか言う他ありません。

最後に三点目として挙げたいのは、上村松園の「櫛」(1940)です。生誕120年を記念した山種美術館での上村展もまだ記憶に新しいところですが、この美人画も傑作の一つとして推したくなる逸品です。透き通るような白い手を持つ彼女の上にかかげられた大きな櫛。まるでそれを初めて使うかのように、少し楽し気にウキウキとしながら玩んでいます。また、衣服の色付きも実に優れていて、特に袖口からのぞく薄緑色の衣の味わいは絶品です。この三点以外にも、油彩画風の画面が興味深い川合玉堂の「鵜飼」(1938)や、白い肩が露となって艶っぽさを見せる伊東深水の「通り雨」(1949)に強く惹かれました。

次は西洋画のコーナーです。ここでは佐伯祐三の「リュクサンブール公園」や、近代美術館での大回顧展が待ち遠しい藤田嗣治の「私の夢」(1947)なども魅力的でしたが、特に惹かれたのは、先日回顧展を見たばかりの須田国太郎の「樹上の鷲」(1942)でした。一見粗雑にも見えるデッサンで描かれた巨大な鷲。太い止り木にのって、威風堂々とした姿を見せつけていますが、目がとても優しい。もちろんそこに配された色は須田独特のもので、黒やピンクや赤茶色が無秩序に混ざり合っています。彼の作品の魅力は、このどこか不器用な印象も受ける色への強い執着心にあるのかもしれません。洗練さとは無縁の、しかしながら心に染み入る色の温もり。このところの私にとって須田は赤丸急上昇中ですが、彼の作品に再会出来た喜びを味わいました。竹橋にももう一度足を運ばなくてはいけません。

近代工芸と古美術においても、当然ながら見応えのある作品ばかりが並んでいます。先日出向いた栗田美術館でも拝見した鍋島から「色絵橘文大皿」、または宋や高麗時代の端正な青磁器数点、それにまるで押し花のように草花が屏風に描かれた鈴木其一の「四季草花屏風図」、さらには平安期の優雅な「源氏物語絵巻 夕霧」などは魅力的です。特に器の展示が充実していたので、好きな方にはたまらない内容かと思います。

話題の展覧会ということで、会場ビル入口付近では一部入場制限も行われていましたが、実際はそんなに待たずに入ることが出来ました。(内部のエレベーターが混雑しないように制限をしているようです。)御成門近くのオフィス街にこのような施設があったとは全く知りませんでしたが、今回の展覧会以外にも様々な催しを行っているとのことです。念のため、時間に余裕を持ってお出かけになられることをおすすめします。次の日曜日までの開催です。
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