「三瀬夏之介 アーティストトーク」 佐藤美術館

佐藤美術館新宿区大京町31-10
「三瀬夏之介展 -冬の夏 - アーティストトーク」
2/7 13:00~
出演:三瀬夏之介、立島惠(佐藤美術館学芸部長)



佐藤美術館で開催中の三瀬夏之介展より、先日企画されたアーティストトークに参加してきました。

開始約20分弱ほど遅れてしまったので不完全ですが、以下、私のメモを頼りに、その模様を再現したいと思います。

トークショー時の会場写真はこちらへ:アーティストトーク・公開制作(弐代目・青い日記帳)

前半は観客の前で絵を描く三瀬夏之介本人が、同美術館の学芸部長である立島惠氏と対話する形で進みました。

立島惠(以下、T) 4階の展示は三瀬本人に設営してもらったが、当初はそれこそ歩くのが困難なほど混沌した会場になっていた。現時点でもかなり異様な雰囲気かもしれないが、これはある程度『見せる』ことを意識して整理された形であることを分かっていただきたい。

三瀬夏之介(以下、M) 作り手は全てゼロから始める。制度的な『美術』という枠を意識して制作するのではなく、和紙という単なる植物繊維に過ぎない素材へと向かいながら、例えば千切って貼り合わせるような、半ば好きに勝手に遊ぶ感覚を大切にしたい。この空間はモルモットの巣作りのようなもの。見る人のことはあえて考えなかった。これでも自分では整理し過ぎたような気がする。

「日本画滅亡論」(2007)

T 「日本画復活論」と「滅亡論」の作品二点を作家に持参してもらったことがあったが、ごく普通の手提げ袋に丸めて入れてきただけでなく、後で広げたら中から濡れた傘が出てきたのには心底驚いた。こういう作家は他にいない。

「日本画復活論」(2007)

M その滲みが良い具合になっている。(笑)作品に関してはそのイメージを無条件に信じ込めないような(世界に入り込みたいが、でも入れない。)、あえて見せない、開けてこないことに注意してやっている。薄い紙の上で世界を見せつつ、やはりそんなことはないだろうというような『突っ込み』を自分で入れているようなものかもしれない。またなるべくパネルを使わないのは、和紙の良さを素直に引き出したいから。直感から入り、それを引き止めることを大切にしたい。

後半は田島氏が退場し、会場にて絵を描き続ける三瀬と来場者とのQ&Aの時間が設定されました。(Q=観客)

Q 和紙への墨の入れ方はどうしているのか。

M ちょっとした墨の動きや滲みの具合を大切にしている。例えば安い硯に高い墨をすると墨が『暴れる』。それが面白い。またイタリアに一年間滞在したが、ヨーロッパの硬水で墨をすると、これまた同じく暴れた。(墨は軟水ですることが前提になっている。)ちなみに「復活論」と「滅亡論」は硬水を用いた墨を使っている。

Q イメージを膨らませるために墨と色をどう工夫して置いているのか。

M 色は基本的に好き。色を置く理由はよく考えている。何故レッドなのかブルーなのか。色を入れると選択肢が無限大に広がるのが面白い。またイタリアでは眩しい光線、そして底抜けの青い空、そして目に飛び込む鮮やかな緑など、原色の力が大変に強かった。そうした色の烈しさを受け止めるために、あえて黒(墨)で整理(多用)してみたこともあった。もちろんそこからまた徐々に色を使う場合もある。また大抵、墨は5種類くらい用意している。

Q 最初に大きなイメージがあるのか。どこから描き始めるのか。

M 直感的に大きな富士山や大仏、また台風を描こうというような広いイメージを考える。また逆に箱庭を作るように細かいイメージを浮かべる時もある。一般的な日本画は制作の過程が厳格に定められている部分があるが、そうした作業的なものは極力避けたい。プロセスにおいて色々と自由なイメージを発見したい。

Q 作品が完成する時はいつなのか。

M 絵の中に風が吹き、空気が入り、それが全面に広がったと感じた時に描くのをやめる。もちろん与えられた空間を埋めれば終わりという場合もある。

Q マットな面と光沢な面があるがその違いは何なのか。

M 樹脂を塗って透明感を出す。また、にじみ止めをしていない和紙に塗ると半透明の質感が生まれる。かつて「現代美術」をやっていた時があったが、画面をTVのようなドットで覆って表現しようと思ったことがあった。今もある点描はその意識があるからかもしれない。

Q 作品に多く登場するUFOを実際に見たことがあるのか。

M 仕事をする人間としては見えてはならないもの。(笑)アメリカでキリスト教への信仰率が落ちるのと同時に、UFOを信じると考える割合が増えたのは、人は常に超越的なものに対する憧れを持っているからではないだろうか。私はUFOを見ても、見て見ぬ振りをするつもりだ。(笑)

Q 題名はどうしているのか。

M ケースバイケース。最新作の「J」は最初から「J」を描こうと思って作り始めた。また「滅亡論」は、「滅亡論」という展覧会に出すということで描いた作品。それに個展名にあった「シナプスの小人」は、筒井康隆のエディプスの恋人という小説が好きで付けた名前だ。

Q 作品の「白い」部分と絵の輝きについて。

M 白を出そうと意識する時は胡粉を使う。また和紙の白い部分はいわゆる白ではない。かつて和紙は単なる支持体だと考えていたが、ある彫刻家に「和紙は光をふくむもの。」と聞いて気持ちは変わった。墨をのせない部分の余白は要するに光である。また絵は最終的に輝くものにしたい。暗い現実世界ではなかなか輝けないが、少なくとも絵の上にだけは輝きがもたらされるように意識して描いている。時折、画面上に漫画的な表現で十字にキラキラとした描写を作るのも、そうした理由があるから。

Q エスキースはあるのか。

M ない。紙片を貼って絵を増殖させながら、その絵の中を彷徨って歩く。ちなみに絵の中に多く登場する小さな建物は、その面を塗り終えて一段落した自分の寝泊まりの場所のために描いた。また常に紙に近づく形で作業するので、引いて全体像を確かめることがあまりない。自分で描きつつ、ふと自分が描いたものではないというような驚きを発見した時、完成に至る。

Q フィレンツェでの体験と作品について。

M 当然ながら文化の著しい差異を感じた。例えば街の建物を見た場合、日本なら大概中に何があるか想像付くものだが、イタリアではそうはいかない。現地で日本人観光客を見ると、彼らがすぐに帰られることが素直に羨ましかった。(笑)ただし一年を経て日本へ帰ると、逆にこちらの建物の中に何があるのかが想像付かなくなっていた。いつの間にかイタリアに慣れてしまった自分に気がつく。またイタリアで見た何気ない丸模様が日章旗に思えたりすることもあった。それはもちろん作品に取り込まれている。

Q 普段の制作について

M 奈良で教師をやっているが、生徒の恋愛話を聞きながら筆を動かすことも多々ある。また製作中に校内放送で呼び出されて制作が中断することもしばしば。用事を終え、絵に戻ると、また表情を変えていたりすることがあるから面白い。大竹伸朗の言葉だが、作品は「洗濯物を干して乾いた後のようなもの。」であるのかもしれない。

Q 同世代の現代美術とは?

M 同じ世代の現代美術を見るのは好き。横浜のZAIMでは名和晃平の作品も見て来た。メジャーな画廊で次々と作品を発表していて良いなと…。(笑)ただ自分はもっと泥臭い部分で表現したい。ものを作ることに拘りたい。

Q 作品に奈良の場所性が強く出ていると思うが、生まれ育った奈良を離れるつもりは?

M それはあるかもしれない。また作品もフィレンツェへ行って変化したように、例えば東京へ来たら間違いなく変わると思う。ただし東京はコワい。(笑)

以上です。実際には上記のような『硬い対談』ではなく、イントネーションに柔らかい奈良の言葉にも由来するのか、終始冗談も飛ぶ、和やかな雰囲気で進行しました。話は随所で弾み、制作公開というよりも、トークの方がメインのイベントになっていたかもしれません。

それにしても筆を動かしている本人の姿を見るのはやはり貴重です。和紙の上にどっしりと腰掛け、前屈みになりながら小さな筆にて墨を伸ばし、また紙に馴染ませつつ散らす様は、多様な景色を切り開く画家と言うよりも、紙に向かい、また墨に遊んで物語を紡ぐ書家のイメージと重なりました。和紙の上で開放された墨が、三瀬の巧みな誘導に沿って空間を泳ぐ様子は何とも気持ち良さそうに思えてなりません。

展示自体の感想は別途また記事にするつもりです。三瀬夏之介展は2月22日まで開催されています。
コメント ( 6 ) | Trackback ( 0 )