「カイユボット展」 ブリヂストン美術館

ブリヂストン美術館
「カイユボット展ー都市の印象派」 
10/10-12/29



ブリヂストン美術館で開催中の「カイユボット展ー都市の印象派」のプレスプレビューに参加してきました。

モネやルノワールとともに印象派展(計5回)に参加した画家、ギュスターヴ・カイユボット(1848-1894)。自らの作品を出品するとともに、仲間の作品も購入。印象派の活動を経済的にも支援した。

裕福な生活をしていたこともあり、作品はあまり売却されず、没後も遺族の元へと収蔵。また45歳という短い生涯のゆえか寡作です。結果的に現在も多くの作品を個人コレクターが所有。例えばフランス本国のオルセーですら5点しか持っていません。

これでは再評価する機会すらないとないというもの。当然ながら知名度は低い。国内でもブリヂストン美術館の「ピアノを弾く若い男」をあわせて3点しかありません。

日本初の回顧展です。知られざる印象派の画家、カイユボットの展覧会が始まりました。

さて錚々たるは印象派のメンバー。ともすれば埋没してしまう中でカイユボットの特徴とは何か。まずはタイトルにもあるように都市、つまり当時のパリの都市風景を描き続けていたということです。

都市といえばドガも同じように描いていますが、カイユボットの視点はどちらかというともっと冷めたもの。変貌する大都市パリを有り体に、どこかストレートフォトのように捉えて描きます。彼の作品、特に構図において写真的とも指摘されますが、確かにそうした面があるかもしれません。


左:「ヨーロッパ橋にて」1876-77年頃 油彩、カンヴァス キンベル美術館 *展示期間:10/10~11/10

代表的な作品を挙げましょう。まずは「ヨーロッパ橋にて」(1876-77年頃)。パリのサン=ラザール駅にかかる橋を描いた一枚。チラシ表紙の「ヨーロッパ橋」(1876-77年)と制作時期が近く、ほぼその別バージョンと言って良い作品です。

画面全体を覆わんとばかりに描かれているのは橋の巨大な鉄柵。その前を3人の男が橋の向うを見たり、通り過ぎようとしている。立ち位置はバラバラで、各々の関係性は希薄。一方で彼らがどのような階級に位置するのかは身なりなどから判断出来ます。


「建物のペンキ塗り」1877年 油彩、カンヴァス 個人蔵 第3回印象派展

「建物のペンキ塗り」(1877年)もカイユボット独自の視点が表れてはいないでしょうか。長く延びた街路の一番手前の店先で行われるペンキ塗り。脚立を組んでペンキを塗ろうとしているのは3人の男。歩道側で見やるのは注文主か親方か。労働を主題としながらも、もはやファッショナブルといえる風景。近代都市パリの一コマを冷静な眼差しで見つめています。


左:「ピアノを弾く若い男」1876年 油彩、カンヴァス ブリヂストン美術館 第2回印象派展

一方で室内画はやや趣が異なり、モデルとの親密感を演出します。何故なら描いたのは家族や親戚、それに友人といった近しい人ばかり。「ピアノを弾く若い男」(1876年)でピアノに向き合うのは弟のマルシャル。音楽家で兄のギュスターヴと大変に仲が良かったとされる人物です。ちなみに本展ではカイユボットの油画の他に、この時代のパリや郊外の風景などを写した写真も多数出ていますが、それらはいずれもマルシャルの手によるものです。


「エラール社グランドピアノ」1877年

なお展示で嬉しいのは「ピアノを弾く若い男」の前にこの時代のピアノが置かれていることです。ピアノは画中と同じくエラール社で1877年制作のもの。大きさも形もほぼ同じとのことでした。見比べてみましょう。

ところでカイユボット、確かに都市の風景画をいくつも残していますが、何も郊外や田園を描かなかったわけではありません。

大富豪のカイユボットです。一時はパリ郊外に11ヘクタールにも及ぶ別荘を構えてバカンスを楽しみます。またとりわけボート遊びを好み、自らボートの設計や製造まで行いました。画家でありながら趣味人でもあります。


右:「ペリソワール」1877年 油彩、カンヴァス ワシントン・ナショナル・ギャラリー 第4回印象派展

そうしたボート好きのカイユボットならではといえるのが「ペリソワール」(1877年)です。明るい陽光の差し込む川を進むのは3~4隻のボート。帽子とオールの黄色と川面のエメラルドグリーンが対比的。室内画とは異なった荒めの筆致と色の強さが際立ちます。


右:「プティ・ジュヌヴィリエの菜園」1882年 油彩、カンヴァス 個人蔵
左:「花咲く林檎の樹」1885年頃 油彩、カンヴァス ブルックリン美術館


カイユボットの自然を描いた作品、やや作風に変化なりバリエーションがあり、一言で特徴を表すことは出来ませんが、広々とした田園や農地などを描いたものはピサロ風。それでいて時にモダン・アメリカンを連想させるものも。また晩年になるにつれて言わば色は溶解し、次第にモネを志向するようにもなります。


右:「向日葵、プティ・ジュヌヴィリエの庭」1885年頃 油彩、カンヴァス 個人蔵

そうした中で印象的な一枚といえば「向日葵、プティ・ジュヌヴィリエの庭」(1885年頃)。前景には向日葵が乱れ咲き、背後に家屋が描かれている。もちろん建物はカイユボットのもの。セーヌ川沿いの高級住宅地にあった邸宅です。向日葵を象るうねるような筆致が目を引きます。

ちなみにカイユボット、ガーディニングにも関心を抱き、別荘に家庭菜園を設けたとか。この向日葵もその一つです。また晩年には花そのものを取り上げた装飾的な作品も描いています。


カイユボット展会場風景

近代都市パリに生き、悠々自適のブルジョワ生活を送ったカイユボット。画風は意外と幅広いものがあります。強烈な個性を見出すのは難しいかもしれませんが、その他、マネを思わせる静物画なども見応えがありました。

さてここで私がカイユボットで興味深いと感じたポイントを一つ。それがともすると写真的と称される構図感です。

しかしながらカイユボットの構図は必ずしも写真と同じというわけではない。そもそも本展であわせて展示されている弟マルシャルの写真、兄の絵に見られる半ば奇異な構図もなく、ごく一般的なもの。しかもマルシャルの写真はカイユボットの没後に撮られたものが多く、構図に影響を与えたとは必ずしも言い難い。(中にはボートの作品など良く似たものもあります。)ようはカイユボットの作品と写真についてはあまりよく分からないわけです。


左:「昼食」1876年 油彩、カンヴァス 個人蔵 第2回印象派展

今、奇異とも表した構図、その一つの例として挙げたいのが「昼食」(1876年)です。奥で執事の給仕を受けるのは母のセレスト、右でナイフとフォークを手にとるのは弟のルネという、文字通りカイユボット家における昼食の光景を描いたものですが、一番手前の白い皿にナイフの向きに注目。何とこちらを向いている。つまりここには少なくとも母や弟を見る視点と皿を見下ろすそれの2つがある。半ば画家の目線の動きを一つの空間に落とし込んでいるわけです。


右:「室内ー読む女性」1880年 油彩、カンヴァス 個人蔵 第5回印象派展

またもう一つ、「室内」(1880年)はどうでしょう。おそらくはカイユボットの知人をモデルとしたいわれる本作、いかにもブルジョワといった室内に男女の姿が描かれていますが、前景で椅子に座る女性と後のソファで横になりながら本を読む男性の大きさの比率が異様。女性があまりにも巨大なのか、男性が小さいのか、それともソファがとてつもなく大きいのか。もはや歪みとよぶべき遠近感覚が存在しています。


「見下ろした大通り」1880年 油彩、カンヴァス 個人蔵 第7回印象派展

もちろん自邸から歩道を見下ろして描いた「見下ろした大通り」(1880年)など、構図に卓越したセンスも見られるカイユボットではありますが、彼の捉える空間は時に不自然なほど歪んでいる。それは先に触れた「ピアノを弾く若い男」(1876年)でも少し見られるかもしれません。ここでもピアノが左奥の壁の方へ延びています。

一見、温和で、印象派にしてはアカデミックとも言えるカイユボット絵画に潜んだ歪み。時に前景と後景は極端に対比され、驚くほど遠近感の際立った空間が作られています。彼の構図感覚をどう評価して捉えていくのか。あえてそこに焦点を当てるのも面白いかもしれません。


インタラクティブマップ「カイユボットと19世紀のパリ」

最後にブリヂストン美術館の新たな試みをご紹介しましょう。それがDNPの技術によるデジタル展示です。中でも「カイユボットと19世紀のパリ」は展示室の一部のスペースを用いてのインタラクティブなシステム。当時のパリの地図と端末が連動。カイユボットの歩いた地点を参照しながら、作品の解説や現在の風景などを閲覧出来ます。


インタラクティブマップ「カイユボットと19世紀のパリ」

ちなみにデジタル展示は全部で5つです。いずれもシンプルな仕掛けながらも展覧会を掘り下げています。楽しめました。


弟マルシャル・カイユボットの写した写真

それにしてもカイユボット、次にこのスケールで見られることはいつになるのでしょうか。信じ難いことに巡回が一切ありません。まさに一期一会。これは見ないわけにはいきません。


カイユボット展会場風景

ところで本エントリでも触れた「ヨーロッパ橋にて」は11月10日までの出品です。つまりチラシ表紙の「ヨーロッパ橋」と2点並んで見られるのもそれまで。早めの観覧がベストです。

記者内覧日に続いて、会期早々の祝日に再度見に行きました。会場内はそれなりの人出でしたが、混雑というほどではありませんでした。

12月29日までの開催です。まずはおすすめします。

「カイユボット展ー都市の印象派」 ブリヂストン美術館
会期:10月10日(木)~12月29日(日)
時間:10:00~18:00(毎週金曜日は20:00まで)*入館は閉館の30分前まで
休館:月曜日。但し12月16日(祝)は開館。
料金:一般1500(1300)円、65歳以上シニア1300(1100)円、大・高生1000(800)円、中学生以下無料。
 *( )内は前売及び15名以上団体料金。
住所:中央区京橋1-10-1
交通:JR線東京駅八重洲中央口徒歩5分。東京メトロ銀座線京橋駅6番出口徒歩5分。東京メトロ銀座線・東西線、都営浅草線日本橋駅B1出口徒歩5分。

注)写真は報道内覧会時に主催者の許可を得て撮影したものです。
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