都内近郊の美術館や博物館を巡り歩く週末。展覧会の感想などを書いています。
はろるど
「野口哲哉展ー野口哲哉の武者分類図鑑」 練馬区立美術館
練馬区立美術館
「野口哲哉展ー野口哲哉の武者分類図鑑」
2/18-4/6
練馬区立美術館で開催中の「野口哲哉展ー野口哲哉の武者分類図鑑」を見て来ました。
ヘッドフォンを聴き、自転車に乗っては駆け、さらにはタケコプターならぬプロペラで空を舞う男たち。ではそれらがいずれも戦国や江戸の鎧武者だったらどうでしょうか。作家の野口哲哉は樹脂や化学繊維などの素材を用い、実にリアル。しかしそれでいながら時に架空、何ともユーモラスな武者人形を作り続けています。
作家は1980年生まれ。美術館では初の個展です。出品数は90点余。絵画も含みます。
さて今回は美術館より撮影の許可をいただきました。以下、写真を交えながら、展示の様子をご紹介したいと思います。
野口哲哉「稼働する事 紫糸威腹巻 筋兜鉢付」2010年
まずは「稼働する事 紫糸威腹巻 筋兜鉢付」と名付けられた作品。台座に座る武者。足をだらんと垂らして少し前屈みになっている。鎧も実に精巧。それでいて古色までを見事に再現しています。またこの人物、普通に町を歩いているような今の若者のようにも見える。何も往時の武者をそのまま甦らせているわけではありません。
野口哲哉「誰モ喋ッテハイケナイ」2008年
では「誰モ喋ッテハイケナイ」はどうでしょうか。少し頭を上げて手を耳に当てる老武者。ヘッドホンで音楽を聴いています。手に持つのは再生装置でしょうか。目を瞑っているのもきっと音楽に集中しているからなのでしょう。そしてここでは鎧の図柄にも要注目。「不言猿」、つまりは口に指を当てて周囲に静粛を請う猿が描かれている。人物の様子と絵柄との関係。この辺もまた巧みに絡み合わせているのです。
野口哲哉「Talking Head」2010年
以前、ブログでとんぼの本の「変り兜」をご紹介したことがありましたが、野口の手がける武者でも兜の個性が際立ちます。例えば「Talking Head」です。黒熊の兜。また他に猫や兎の兜も登場する。まさに変り兜のオンパレードです。
野口哲哉「武人浮遊図屏風」2008年
平面の作品も制作しています。目を引くのは「武人浮遊図屏風」。隊列を組んで飛んでゆく武者たち。芸が細かいのは武者たちがお揃いの甲冑を纏っていること。それにしても人形同様の古色の再現。まるで実際の江戸時代の屏風絵のような風合い。これをアクリル絵具で表現しているというから驚きです。
野口哲哉「サムライ・スタンス~武士のみちたる姿」2013年
それにしても野口の武者世界、ともかく感心するのは古典を実に丁寧に取材していることです。この「サムライ・スタンス~武士のみちたる姿」。後ろに見える絵と比べて下さい。実は江戸時代のもの。細川家に仕えた澤村大学吉重の肖像画です。90歳で天寿を全うした武士。それを立体に野口が「解凍」(キャプションより)する。つまり「サムライ・スタンス」は澤村大学という実在の人物をモチーフとしているのです。
「白革威本伊予札二枚胴具足唐冠兜」桃山時代 川越歴史博物館
このように本展では野口の作品にあわせて古美術品もいくつか登場します。上の写真は「白革威本伊予札二枚胴具足唐冠兜」と呼ばれる桃山時代の甲冑。さらに下は江戸時代の「洛中洛外図屏風」です。
「洛中洛外図屏風」江戸時代 個人蔵
また洛中洛外の前にはまるで中から出て来たかのような武者人形が立っているのもポイント。拡大写真を載せてみました。お分かりいただけるでしょうか。
野口哲哉「Pixie of Toy」2010年
古の甲冑に野口の甲冑。過去に現代が入れ混ぜになった武者世界。一体自分はどちらを見ているのか分からなくなる。そうした面白さもあります。
野口哲哉「ポジティブ・コンタクト」2011年
しかしながら常に古典に則っているわけではないのも重要なところです。はじめに「架空」とも書きましたが、「仮想現実」と呼んでも良いでしょう。野口は個々の武者人形に何らかの「物語」を盛り込む。これが古典の引用があったり、またそうでなかったりする。見極めは時に難しい。言い換えればトリッキーでもあるのです。
野口哲哉「シャネル侍着甲座像」2009年
よってキャプションも見逃せません。例えば「シャネル侍着甲座像」。文字通りシャネル紋入りの武者です。その横には「所用者は従来考えられていた常陸介隆昌ではなく、叔父の入道である。」(部分省略。一部改変。)などという、いかにも尤もらしいテキストが付いていますが、最後には「作者がでっちあげた架空の解説であり、全ての事柄は存在しない。」と記されている。ちなみにシャネル家とは紗練家だとか。本当にマニアックです。野口の設定した物語に引込まれれば、もう逃れるのは難しい。フィクションとしても読ませます。
野口哲哉「Red Man」2008年
2009年には森美術館での「医学と芸術」展にも出展があったそうです。失礼ながらその時はあまり印象に残りませんでしたが、今回は違いました。野口曰く「でっちあげ」の武者世界が美術館全体を支配している。作品しかり空間しかり、ここまで自家薬籠中の物にした展覧会もそうありません。自分でも驚くほど楽しめました。
[テレビ放送] 「ぶらぶら美術・博物館」@BS日テレ
「野口哲哉の武者分類図鑑」~世界が注目!不思議で愉快な侍ワールド~
3月14日(金)午後8時~9時
「野口哲哉ノ作品集『侍達ノ居ル処。』/青幻舎」
4月6日までの開催です。まずはおすすめします。
「野口哲哉展ー野口哲哉の武者分類図鑑」 練馬区立美術館
会期:2月18日(火)~4月6日(日)
休館:月曜日。
時間:10:00~18:00 *入館は閉館の30分前まで
料金:大人500(300)円、大・高校生・65~74歳300(200)円、中学生以下・75歳以上無料
*( )は20名以上の団体料金。
住所:練馬区貫井1-36-16
交通:西武池袋線中村橋駅より徒歩3分。
注)写真は事前に美術館の許可を得て撮影したものです。
「野口哲哉展ー野口哲哉の武者分類図鑑」
2/18-4/6
練馬区立美術館で開催中の「野口哲哉展ー野口哲哉の武者分類図鑑」を見て来ました。
ヘッドフォンを聴き、自転車に乗っては駆け、さらにはタケコプターならぬプロペラで空を舞う男たち。ではそれらがいずれも戦国や江戸の鎧武者だったらどうでしょうか。作家の野口哲哉は樹脂や化学繊維などの素材を用い、実にリアル。しかしそれでいながら時に架空、何ともユーモラスな武者人形を作り続けています。
作家は1980年生まれ。美術館では初の個展です。出品数は90点余。絵画も含みます。
さて今回は美術館より撮影の許可をいただきました。以下、写真を交えながら、展示の様子をご紹介したいと思います。
野口哲哉「稼働する事 紫糸威腹巻 筋兜鉢付」2010年
まずは「稼働する事 紫糸威腹巻 筋兜鉢付」と名付けられた作品。台座に座る武者。足をだらんと垂らして少し前屈みになっている。鎧も実に精巧。それでいて古色までを見事に再現しています。またこの人物、普通に町を歩いているような今の若者のようにも見える。何も往時の武者をそのまま甦らせているわけではありません。
野口哲哉「誰モ喋ッテハイケナイ」2008年
では「誰モ喋ッテハイケナイ」はどうでしょうか。少し頭を上げて手を耳に当てる老武者。ヘッドホンで音楽を聴いています。手に持つのは再生装置でしょうか。目を瞑っているのもきっと音楽に集中しているからなのでしょう。そしてここでは鎧の図柄にも要注目。「不言猿」、つまりは口に指を当てて周囲に静粛を請う猿が描かれている。人物の様子と絵柄との関係。この辺もまた巧みに絡み合わせているのです。
野口哲哉「Talking Head」2010年
以前、ブログでとんぼの本の「変り兜」をご紹介したことがありましたが、野口の手がける武者でも兜の個性が際立ちます。例えば「Talking Head」です。黒熊の兜。また他に猫や兎の兜も登場する。まさに変り兜のオンパレードです。
野口哲哉「武人浮遊図屏風」2008年
平面の作品も制作しています。目を引くのは「武人浮遊図屏風」。隊列を組んで飛んでゆく武者たち。芸が細かいのは武者たちがお揃いの甲冑を纏っていること。それにしても人形同様の古色の再現。まるで実際の江戸時代の屏風絵のような風合い。これをアクリル絵具で表現しているというから驚きです。
野口哲哉「サムライ・スタンス~武士のみちたる姿」2013年
それにしても野口の武者世界、ともかく感心するのは古典を実に丁寧に取材していることです。この「サムライ・スタンス~武士のみちたる姿」。後ろに見える絵と比べて下さい。実は江戸時代のもの。細川家に仕えた澤村大学吉重の肖像画です。90歳で天寿を全うした武士。それを立体に野口が「解凍」(キャプションより)する。つまり「サムライ・スタンス」は澤村大学という実在の人物をモチーフとしているのです。
「白革威本伊予札二枚胴具足唐冠兜」桃山時代 川越歴史博物館
このように本展では野口の作品にあわせて古美術品もいくつか登場します。上の写真は「白革威本伊予札二枚胴具足唐冠兜」と呼ばれる桃山時代の甲冑。さらに下は江戸時代の「洛中洛外図屏風」です。
「洛中洛外図屏風」江戸時代 個人蔵
また洛中洛外の前にはまるで中から出て来たかのような武者人形が立っているのもポイント。拡大写真を載せてみました。お分かりいただけるでしょうか。
野口哲哉「Pixie of Toy」2010年
古の甲冑に野口の甲冑。過去に現代が入れ混ぜになった武者世界。一体自分はどちらを見ているのか分からなくなる。そうした面白さもあります。
野口哲哉「ポジティブ・コンタクト」2011年
しかしながら常に古典に則っているわけではないのも重要なところです。はじめに「架空」とも書きましたが、「仮想現実」と呼んでも良いでしょう。野口は個々の武者人形に何らかの「物語」を盛り込む。これが古典の引用があったり、またそうでなかったりする。見極めは時に難しい。言い換えればトリッキーでもあるのです。
野口哲哉「シャネル侍着甲座像」2009年
よってキャプションも見逃せません。例えば「シャネル侍着甲座像」。文字通りシャネル紋入りの武者です。その横には「所用者は従来考えられていた常陸介隆昌ではなく、叔父の入道である。」(部分省略。一部改変。)などという、いかにも尤もらしいテキストが付いていますが、最後には「作者がでっちあげた架空の解説であり、全ての事柄は存在しない。」と記されている。ちなみにシャネル家とは紗練家だとか。本当にマニアックです。野口の設定した物語に引込まれれば、もう逃れるのは難しい。フィクションとしても読ませます。
野口哲哉「Red Man」2008年
2009年には森美術館での「医学と芸術」展にも出展があったそうです。失礼ながらその時はあまり印象に残りませんでしたが、今回は違いました。野口曰く「でっちあげ」の武者世界が美術館全体を支配している。作品しかり空間しかり、ここまで自家薬籠中の物にした展覧会もそうありません。自分でも驚くほど楽しめました。
[テレビ放送] 「ぶらぶら美術・博物館」@BS日テレ
「野口哲哉の武者分類図鑑」~世界が注目!不思議で愉快な侍ワールド~
3月14日(金)午後8時~9時
「野口哲哉ノ作品集『侍達ノ居ル処。』/青幻舎」
4月6日までの開催です。まずはおすすめします。
「野口哲哉展ー野口哲哉の武者分類図鑑」 練馬区立美術館
会期:2月18日(火)~4月6日(日)
休館:月曜日。
時間:10:00~18:00 *入館は閉館の30分前まで
料金:大人500(300)円、大・高校生・65~74歳300(200)円、中学生以下・75歳以上無料
*( )は20名以上の団体料金。
住所:練馬区貫井1-36-16
交通:西武池袋線中村橋駅より徒歩3分。
注)写真は事前に美術館の許可を得て撮影したものです。
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