「パリ・リトグラフ工房idemからー現代アーティスト20人の叫びと囁き」 東京ステーションギャラリー

東京ステーションギャラリー
「君が叫んだその場所こそがほんとの世界の真ん中なのだ。パリ・リトグラフ工房idemからー現代アーティスト20人の叫びと囁き」 
2015/12/5~2016/2/7



東京ステーションギャラリーで開催中の「パリ・リトグラフ工房idemからー現代アーティスト20人の叫びと囁き」を見てきました。

フランスはパリ、モンパルナスの地に位置するリトグラフ工房、idemことイデム・パリ。1990年代から現代アーティストとの協働を積極的に行っているそうです。


フランソワーズ・ペトロヴィッチ「姉妹」 2014年

出品作家は20名。フランスのJRやアメリカのデヴィット・リンチ、さらに南アフリカのウィリアム・ケントリッジをはじめ、やなぎみわや南川史門に森山大道らといった日本人アーティストも登場します。

工房、つまりスタジオの壁をモチーフにしたのは岡部昌生です。元々フロッタージュの技法の作品で知られた作家、2007年のヴェネツィア・ビエンナーレの日本館の代表にも選出されました。工房の壁の傷、ないし滲みまでもを削り出しては写した作品は味わい深いもの。そこに流れる時間の痕跡をつなぎ留めています。

そもそもフランスは19世紀から100年以上もリトグラフの歴史を有する国です。ここイデムもかつてはムルロー工房と呼ばれ、ピカソやシャガールらが版画制作を行っていました。また当時のプレス機は今も大切に使われているそうです。イデムはそうしたフランスの伝統を受け継ぐ工房でもあります。

もの派の李禹煥は3点、「対話」と呼ばれるシリーズです。一息で引かれたストローク。副題に「海と島」とありましたが、余白が海とすれば、ストロークが島なのでしょうか。李に独特な筆の掠れはリトグラフにおいても損なわれていません。


キャロル・ベンザケン「伝道の書 7章24節」 2007年

現代フランスを代表するというアーティスト、キャロル・ベンザケンの「マグノリア」に魅せられました。揺らぎを伴うような色や線の軌跡。木の枝のような黒い線が赤や青を巻きこんで広がっています。色は層をなすように複雑に交差していました。端的に美しい。素材にも注目です。というのも土佐漉きの和紙を用いているのです。色はさも水に染み込むかのように滲んでいます。和紙特有の質感を見事に活かしていました。

政治や宗教、社会を取り巻く様々な問題について向き合っているのがJRです。いわゆるスラム街でしょうか。ひしめき合う家々には一つ一つの異なった顔写真がコラージュされています。貧困や差別のもとで暮らす人々のポートレートかもしれません。また東日本大震災をテーマとしたのは「気仙沼のプロジェクト」です。津波で流された漂流船でしょうか。そこにやはり目の拡大写真をはめ込んでいます。振り返ればJRは2013年、ワタリウム美術館で行われた個展においても、外観を震災の被災者の人々の顔で覆っていました。


デヴィッド・リンチ「頭の修理」 2010年

出品数からして特に目立つのがデヴィッド・リンチです。映画監督として活動しながら、絵画も描くリンチは、ここイデムにて奇異な人物や風景を表したリトグラフを制作しました。暗鬱で狂気的、キャプションには風変わりという言葉もありました。時にベーコンを連想させるような世界を表現しています。また先のJRと合わせ、イデムを題材とした映像作品も展示されていました。JRとリンチ、この両者こそが展覧会のハイライトとも言えるかもしれません。


やなぎみわ「無題2」 2015年

お馴染みの森山大道は3点です。いずれも「下高井戸のタイツ」。女性のタイツに官能性を見た作品を展示しています。またやなぎみわも3点です。まるで舞台のワンシーンを切り取ったかのような世界、2015年の新作でした。そして実は森山もやなぎもこのイデムで初めてリトグラフを制作。ようは作家初の取り組みでもあるのです。

さらにやなぎはリトグラフの原版、つまり石版も展示しています。通常、石版は一度使われると磨かれ、別の版として再利用されるそうですが、今回は特別に原版を保存。作品とともに並べています。


ジャン=ミシェル・アルベロラ「大いなる矛盾2 みんなで知恵を出しあう」 2012年

率直なところ、タイトルを見た段階では、どのような展覧会なのか想像もつきませんでしたが、行って見れば興味深い版画ばかり。全130点、いずれも2000年代以降のものです。今、まさに活躍中の作家の最新作も少なくありません。版画好きには嬉しい内容でした。

さて最後に一つ付け加えることがあります。実は本展、イデムのリトグラフのほかに、構成上、もう一つの軸が存在するのです。それが長いタイトルの一部をなす「君が叫んだその場所こそがほんとの世界の真ん中なのだ。」というテキストです。これは小説家、原田マハの「ロマンシエ」という作品の一節から取られたもの。ここで原田はイデムを舞台とした美大生の物語を描きました。

「ロマンシエ/原田マハ/小学館」

小説中で登場人物が展覧会を起案します。それがまさに本展覧会というわけです。つまり架空の展覧会が場所を変えて実際に開かれたことになります。ゆえに「読者も展覧会を実際に体験する」(美術館公式サイトより)とあるのでしょう。

とは言え、会場内には原田マハの小説の引用があるわけではありません。ただひたすらにイデムのリトグラフが続いていきます。実のところそれでも十分に楽しめますが、原田マハの小説とリンクさせるには、あらかじめ単行本なりに当たっておくのも良いかもしれません。なお「ロマンシエ」の帯を美術館の受付に持参すると入館料が300円引きになるそうです。(カタログにはテキストの記載がありました。)


イデム・パリ

2月7日まで開催されています。

「パリ・リトグラフ工房idemからー現代アーティスト20人の叫びと囁き」 東京ステーションギャラリー
会期:2015年12月5日(土)~2016年2月7日(日)
休館:月曜日。但し1月11日は開館。翌12日は休館。年末年始(12月28日~1月1日)。
料金:一般1000円、高校・大学生800円、中学生以下無料。
 *20名以上の団体は100円引。
時間:10:00~18:00。毎週金曜日は20時まで開館。
 *入館は閉館の30分前まで
住所:千代田区丸の内1-9-1
交通:JR線東京駅丸の内北口改札前。(東京駅丸の内駅舎内)
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )