「英国の夢 ラファエル前派展」 Bunkamura ザ・ミュージアム

Bunkamura ザ・ミュージアム
「リバプール国立美術館所蔵 英国の夢 ラファエル前派展」
2015/12/22-2016/3/6



Bunkamura ザ・ミュージアムで開催中の「英国の夢 ラファエル前派展」を見てきました。

1848年、ロセッティ、ミレイ、ハントらによって結成されたラファエル前派兄弟団。同派の名を冠する大規模な展覧会は、一昨年、森アーツセンターで行われた「ラファエル前派展 英国ヴィクトリア朝絵画の夢」以来のことかもしれません。

森アーツのラファエル前派展はテートのコレクションを踏まえていたのに対し、今回ベースになったのはリバプール。イングランド北西部の主要都市です。ラファエル前派が活動した頃には造船や工業の盛んな一大港町として栄えていました。

そのリバプールにはラファエル前派の傑作を有する美術館があります。当地の国立美術館です。しかしながら不思議とこれまで日本でまとめて紹介されたことがありませんでした。いわば本邦初のリバプール・ラファエル前派展です。出品は油彩、水彩合わせ65点。日本初公開の作品も少なくありません。


ジョン・エヴァレット・ミレイ「いにしえの夢ー浅瀬を渡るイサンブラス卿」 1856-57年 油彩・カンヴァス
© Courtesy National Museums Liverpool, Lady Lever Art Gallery


まずミレイは8点。うち特に目を引くのは「いにしえの夢ー浅瀬を渡るイサンブラス卿」でした。画業初期の野心作、馬に股がる老騎士が二人の子供を従えています。馬は半身を水に浸していました。赤いドレスの少女は老騎士を上目遣いで伺い、後ろの幼い男の子は手を前に出しては騎士に抱きついています。ともに不安気な表情です。そもそも同作は何か特定のドラマを描いたものではありません。まるで逃避行の一コマのようにも見えました。


ジョン・エヴァレット・ミレイ「ブラック・ブランズウィッカーズの兵士」 1860年 油彩・カンヴァス
© Courtesy National Museums Liverpool, Lady Lever Art Gallery


同じくミレイでは「ブラック・ブランズウィッカーズの兵士」も美しい。兵士と恋人の別れの瞬間です。兵士はいわゆる壁ドンのポーズをしながら女性に視線を落としています。そして何よりもシルバーのドレスの質感が素晴らしい。皺の折り重なる様子や青白い光沢感までを見事に表しています。

ロセッテイは2点です。うち心を射抜くよう目を向けた「パンドラ」に惹かれました。まさに男性を誘惑する美女。今まさに開けてはらなぬ箱を手に取る姿は、どこか不穏でかつ何かに取り憑かれたような表情をしています。パンドラは画家自身が魅了されていたモチーフでもありました。モデルは彼のミューズ(解説より)であったというジェイン・モリス。特別な感情が込められているのかもしれません。

古代のギリシャやローマを主題とした作品が多いのも特徴です。そして何よりも見るべきなのはローレンス・アルマ=ダデマ。本展の一つのハイライトと言えるかもしれません。歴史画でも知られる画家、風俗画の主題を古代世界に置き換えて描いています。

何気ない日常、一例が「打ち明け話」です。若い二人の女性がソファに腰掛けながら語り合っています。前には大きな鉢植え。花を手にしては匂いを嗅いでいます。真っ赤な壁はポンペイの様式、つまり舞台は古代ローマ時代です。ダデマは実際にイタリアを訪れては遺跡を研究したそうです。それがあってからこその作品なのでしょう。細密な描写でも腕をならしたダデマ、布張りに大理石の椅子の質感も巧みに表現しています。


ローレンス・アルマ=タデマ「お気に入りの詩人」 1888年 油彩・パネル
© Courtesy National Museums Liverpool, Lady Lever Art Gallery


このダデマが5点ほど出ていました。ほかギリシャ風の「お気に入りの詩人」も優品です。大きく手を伸ばしては寝そべり、テキストを読む二人の女性。朗読しているのかもしれません。服の襞などを細かに描いた半透明のドレスも魅惑的です。そしてここでも大理石です。独特の色合い、古びた風合いまでを精巧に表していました。


フレデリック・レイトン「ペルセウスとアンドロメダ」 1891年 油彩・カンヴァス
© Courtesy National Museums Liverpool, Walker Art Gallery


現地では門外不出とも言われる大作もやって来ました。レイトンの「ペルセウスとアンドロメダ」です。高さは2メートル30センチ超。今にも生贄としてドラゴンにのまれようとしているのがアンドロメダ。空からペガサスに乗って助けに来たのがペルセウスです。よく見るとドラゴンの背には矢が刺さっています。ペルセウスが放ったのでしょう。口から炎を吐いては引っくり返っています。間も無く死を迎えるのかもしれません。恐ろしい姿です。一転してアンドロメダの身体は優美そのものでした。長い髪を垂らしては脱出しようと身をくねらせています。


ウィリアム・ヘンリー・ハント「卵のあるツグミの巣とプリムラの籠」 1850-60年頃 水彩、グワッシュ・紙 
© Courtesy National Museums Liverpool, Lady Lever Art Gallery


イギリスは水彩の盛んな国です。ハントの「卵のあるツグミの巣とプリムラの籠の多い国」が印象的でした。まさに「鳥の巣ハント」と呼ばれた画家の典型作、色彩やテクスチャーが絶妙です。右はツグミの巣、写実の極致と言っても良いのではないでしょうか。一方で枝編みのカゴにはカタクリなどが生えています。光眩しき屋外、ふと道端で目を落としては見えるような景色ですが、作品そのものはアトリエで制作されたそうです。戸外ながら静物画と呼んで良いかもしれません。

一転しての闇夜です。ジェイムズ・ハミルトン・ヘイの「流れ星」はどうでしょうか。ともかく目に飛び込んでくるのは漆黒の闇です。大地はうっすらと白み、雪が降り積もっていることがわかります。家からは僅かながらオレンジ色の灯りが漏れていました。流れ星は空の中央、高い位置から下へ尾を引いては落ちています。無人と静寂。寒々した冬の夜空です。言ってしまえばただそれだけが描かれているわけですが、どこか幻想的な世界を表しているようでもあります。


エドワード・コーリー・バーン=ジョーンズ「スポンサ・デ・リバノ(レバノンの花嫁)」 1891年 水彩、グワッシュ・紙
© Courtesy National Museums Liverpool, Walker Art Gallery


バーン=ジョーンズにも大作がありました。「スポンサ・デ・リバノ(レバノンの花嫁)」です。高さは3メートル超、Bunkamura ザ・ミュージアムに入る作品としては最大サイズとしても差し支えありません。主題は旧約聖書の雅歌、手前で歩くのは花嫁です。そして後方に二人。よく見ると浮いています。これは擬人化された北風と南風の女性像だそうです。渦巻く衣は風を表しているのでしょう。そして純潔を表す百合が咲き誇ります。やや硬めの筆遣いですが、画家晩年の優品の一枚として知られています。そしてこの作品も水彩でした。


ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス「エコーとナルキッソス」 1903年 油彩・カンヴァス
© Courtesy National Museums Liverpool, Walker Art Gallery


人気のウォーターハウスも3点、いずれも力作ばかりです。特に面白いのは「エコーとナルキッソス」でした。自らの水面に映る姿に驚き、見惚れ、今にも沈み込んでしまうナルキッソス。地面に這いつくばっては水面を覗きこんでいます。既に心あらず、自らに恋してしまったようですが、泉や小川といった水の質感をはじめ、アイリスなどの草花も美しいもの。エコーはなすすべもなくただ木の傍で見遣っています。


アルバート・ジョゼフ・ムーア「夏の夜」 1890年頃 油彩・カンヴァス
© Courtesy National Museums Liverpool, Walker Art Gallery


実はかなり前、お正月休みの三が日に出かけましたが、会場内は余裕がありました。しかしながら何かと人気のラファエル前派です。ひょっとすると後半は混み合うかもしれません。早めの観覧をおすすめします。

3月6日まで開催されています。

「リバプール国立美術館所蔵 英国の夢 ラファエル前派展」 Bunkamura ザ・ミュージアム@Bunkamura_info
会期:2015年12月22日(火)~2016年3月6日(日)
休館:1月1日(金・祝)、1月25日(月)。
時間:10:00~19:00。
 *毎週金・土は21時まで開館。入館は閉館の30分前まで。
料金:一般1500(1300)円、大学・高校生1000(800)円、中学・小学生700(500)円。
 *( )内は20名以上の団体料金。要事前予約。
住所:渋谷区道玄坂2-24-1
交通:JR線渋谷駅ハチ公口より徒歩7分。東急東横線・東京メトロ銀座線・京王井の頭線渋谷駅より徒歩7分。東急田園都市線・東京メトロ半蔵門線・東京メトロ副都心線渋谷駅3a出口より徒歩5分。
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