おはようございます。ヒューマン・ギルドの岩井俊憲です。
昨日(7月16日)は、家事をこなし、エアコンの修理に立会い、ペルグリーノ博士のワークショップのテキストの翻訳に取り組み、出社後、横浜に赴き、大学時代の友人6人と横浜中華街で懇談しました。
(横浜中華街)
彼らとは40年を超える交流で、お互いの結婚披露宴に参加した間柄です。
友人は、いつまで経ってもいいものです。
懇親会の折、神戸にいる仲間から電話が入り、6人全員が近況を伝えています。
彼とは、来週の火曜日、大阪に出張する際会う約束をしました。
さて、最近読んだ本の紹介をします。
このところ作家の城山三郎が描いた「気骨ある日本人」が少なくなってきました。
政治家は、一部の人を除いてまったく気骨がないし、経済人にしても気骨に欠けています。
ところで、『大辞林』で「気骨」を引くと、「信念を曲げない強い気性」とあります。
『私の好きな日本人』(石原慎太郎著、幻冬舎、1,600円+税)には、石原慎太郎氏好みの気骨ある日本人が描かれています。
日本武尊 自己犠牲に徹した建国の英雄
織田信長 歴史を変えた本能的合理主義者
大久保利通 新生日本を創り上げた理の人
広瀬武夫 軍神
岡本太郎 自由と奔放の魅力
賀屋興宣 巨きなリアリスト
横山隆一 小さな巨人
五島 昇 本物のダンディ
小林秀雄 無類な自由人間
奥野 肇 感性における真の師
この中で奥野氏を除くと、世間で知られた人です。
奥野 肇とはいかなる人なのでしょうか?
著者の湘南高校時代の美術教師で、青春の時期の著者に大きな影響を与えています。
最後に著者は、次のように結んでいます。
「彼は、私にとって実在した1人の本物の師だった」
こうしてみると、教師は、よい意味でも悪い意味でも、その後の当人のさまざまな出会いを超えて、生涯思い出に残る存在です。
だとしたら「1人の本物の師だった」と言われたいですよね。
私にとって、「「1人の本物の師」を選ぶとすると、やはりペルグリーノ博士になります。
<お目休めコーナー> 上野駅で②