○子安宣邦『伊藤仁斎の世界』ぺりかん社 2004.7
私は伊藤仁斎という名前を、高校生の頃、中国学者の吉川幸次郎の著書で知った。高度に思弁的な宋朝の儒学(朱子学)に対抗して、人間中心主義の立場から、もう一度、根本経典(カノン)である論語を読み直そうという、いわば儒学の古典復興運動を興した思想家として覚えた。
「人の外に道無く、道の外に人無し」と説く仁斎の思想は、当時、和辻倫理学を読んでいた私の趣味に共鳴するものだった。だから、本書の著者が冒頭で、仁斎を和辻の思想的先駆者に位置づけていることは非常に納得がいく。
新しい発見だったのは、仁斎がそもそも朱子学に深く傾倒していたということ。いや、たぶん私は仁斎の閲歴の概略くらい、どこかで読んでいると思うのだけど、あまり意識していなかった。
おもしろいと思ったのは、単に若い頃に朱子学に傾倒して、それを抜け出したというのではなく、終生に渡り、仁斎のテクストが、朱子学のタームやレトリックに寄りかかりながら、それを「もじり」「読みかえ」して、新しい思考的文脈を作り出しているという指摘。それゆえ、荻生徂徠などは、「仁斎の見解は要するに宋学の域を出ない」という批判を行っているらしい。
確かに、「人の外に道無く、道の外に人無し」を初めとし、仁斎の思想を特徴づけていると思われるいくつかの章句は、宋学のテクストにそっくりそのままの原型があるのだ。しかし、両者を並べてみると、片方は単なる文字列の断片でしかないのに、仁斎のテクストにおいては、一言一言が粒立つような強い力を有している。不思議だ。これがレトリックというものか?
仁斎という人は、テクスト(言語)が我々に襲いかかってくるときの力と、正確に意味を伝達しようとしたときの限界を、どちらも強く自覚していたように思う。自身の創作においても、また、古典の解釈においても。まるで文学者みたいに。
「後書」に、著者が天理図書館の古義堂文庫で、初めて『童子問』の稿本を開き、縦横に加えられた訂正補筆の跡を見て呆然としたことが記されている。さりげない筆致から著者の深い感銘が伝わってくるようで、時代を超えて学者が学者に出会うというのはこういうものか、と印象深い挿話であった。
なお、巻末の「著者略歴」に子安宣邦氏のホームページのURLが載っている。アクセスしてみたら、造りも内容もなかなかいい。ニフティだけど、ご本人がやっているのかなあ、お弟子さんかなあ。学者のホームページのお手本みたいだと思った。推奨。
http://homepage1.nifty.com/koyasu/index.html
私は伊藤仁斎という名前を、高校生の頃、中国学者の吉川幸次郎の著書で知った。高度に思弁的な宋朝の儒学(朱子学)に対抗して、人間中心主義の立場から、もう一度、根本経典(カノン)である論語を読み直そうという、いわば儒学の古典復興運動を興した思想家として覚えた。
「人の外に道無く、道の外に人無し」と説く仁斎の思想は、当時、和辻倫理学を読んでいた私の趣味に共鳴するものだった。だから、本書の著者が冒頭で、仁斎を和辻の思想的先駆者に位置づけていることは非常に納得がいく。
新しい発見だったのは、仁斎がそもそも朱子学に深く傾倒していたということ。いや、たぶん私は仁斎の閲歴の概略くらい、どこかで読んでいると思うのだけど、あまり意識していなかった。
おもしろいと思ったのは、単に若い頃に朱子学に傾倒して、それを抜け出したというのではなく、終生に渡り、仁斎のテクストが、朱子学のタームやレトリックに寄りかかりながら、それを「もじり」「読みかえ」して、新しい思考的文脈を作り出しているという指摘。それゆえ、荻生徂徠などは、「仁斎の見解は要するに宋学の域を出ない」という批判を行っているらしい。
確かに、「人の外に道無く、道の外に人無し」を初めとし、仁斎の思想を特徴づけていると思われるいくつかの章句は、宋学のテクストにそっくりそのままの原型があるのだ。しかし、両者を並べてみると、片方は単なる文字列の断片でしかないのに、仁斎のテクストにおいては、一言一言が粒立つような強い力を有している。不思議だ。これがレトリックというものか?
仁斎という人は、テクスト(言語)が我々に襲いかかってくるときの力と、正確に意味を伝達しようとしたときの限界を、どちらも強く自覚していたように思う。自身の創作においても、また、古典の解釈においても。まるで文学者みたいに。
「後書」に、著者が天理図書館の古義堂文庫で、初めて『童子問』の稿本を開き、縦横に加えられた訂正補筆の跡を見て呆然としたことが記されている。さりげない筆致から著者の深い感銘が伝わってくるようで、時代を超えて学者が学者に出会うというのはこういうものか、と印象深い挿話であった。
なお、巻末の「著者略歴」に子安宣邦氏のホームページのURLが載っている。アクセスしてみたら、造りも内容もなかなかいい。ニフティだけど、ご本人がやっているのかなあ、お弟子さんかなあ。学者のホームページのお手本みたいだと思った。推奨。
http://homepage1.nifty.com/koyasu/index.html